産総研とU-Factor、幹細胞培養上清液を用いた共同研究を開始

目次

1. 民官による培養上清液の研究

東京都千代田区に本社を置く株式会社 U-Factorと、国立研究開発法人産業技術総合研究所が、共同で幹細胞の培養上清液の解析を開始することが発表されました。

U-Factorは、名古屋大学発の生命科学系ベンチャー企業であり、2020年に設立されました。

代表取締役の井島英博氏は、国会議員政策担当秘書として、再生医療等安全性確保法に関与した経歴を持っています。

さらに取締役を名古屋大学名誉教授の上田実博士が務めています。

上田実博士は、皮膚、骨の再生医療研究の権威と知られ、幹細胞の分泌するサイトカインが組織再生に重要であることを発見しました。

このサイトカインの発見は、非常に大きな影響を幹細胞研究、また幹細胞のビジネスに与えました。

幹細胞を人工的に培養する時、細胞の成長、増殖に必要な成分が含まれている培養液を使って培養します。

一般的に細胞は、人工的に細胞する時には培養液中の成分を取り入れて成長、増殖をしますが、細胞から排出される成分も存在します。

もし、周囲に何らかの影響を与える細胞であれば、周囲の細胞にシグナルを与える成分、物質を分泌するため、培養液中に排出される細胞の成分は、老廃物を排出する場合も当然ありますが、細胞を理解する上で重要な成分も含まれます。

上田博士が発見したサイトカインは、幹細胞から分泌され周囲の細胞に影響を与える分子です。

つまり、幹細胞を培養した培養液にはサイトカインが含まれており、このサイトカインを培養液ごと別の細胞に与えれば、与えられた細胞は何らかの影響、例えば分化誘導などが起こります。

細胞を培養している時、細胞は培養皿の底に付着、つまり張り付いています。

培養液はその上を浸していますが、この培養液を回収すれば、底に付着している細胞が混ざっていない培養液が回収されます。

この培養液を培養上清、幹細胞を培養した培養液を、幹細胞培養上清と呼び、現在様々な利用が考えられています。

上田博士はこの流れの大元を構築した研究者であり、日本学術会議議長賞などを受賞し、日本初の再生医療ベンチャー企業であるジャパン・ティッシュ・エンジニアリングの総説にも関わっています。

そしてこのU-Factorと共同で研究を進める産業技術総合研究所は、国立研究開発法人で、経済産業省の管轄にあります。

以前の通産省(通商産業省)時代の工業技術院管轄下にあった、産業技術融合領域研究所、計量研究所、機械技術研究所、物質工学工業技術研究所、生命工学工業技術研究所、地質調査所、電子技術総合研究所、資源環境技術総合研究所、そして札幌、仙台、名古屋、和泉、高松、東広島、鳥栖の地域センターが合併して巨大な組織となったのが産業技術総合研究所です。

幹細胞の研究は、基礎研究を統括する文部科学省、医療につながる研究を統括する厚生労働省以外にも、経済産業省が関与しており、経済産業省は比較的ダイレクトに実用されるような事柄の研究を押し進める傾向にあります。

U-Factorは、主にアルツハイマー型認知症に効果のある薬の製剤化を目指している創薬ベンチャーであり、製剤化する元になる成分を、幹細胞培養上清に求めています。

プロジェクトでは、U-Factorが乳歯髄由来の幹細胞上清の研究への提供と、研究費用の負担を担当します。

産業技術総合研究所は、提供された乳歯髄由来幹細胞上清の何を調べるのか、という研究テーマの検討、設定、そして分析などの研究実施を担当します。

2. 乳歯髄由来幹細胞とは

歯は、最も外側をエナメル質が覆い、その中に象牙質、歯髄があって歯を構築しています。

この歯は歯肉によって支えられ、我々の咀嚼などの機能に使われています。

歯髄は、歯医者での治療で「神経を抜く」という治療で除去される部位です。

この歯髄は非常に重要な場所で、虫歯でここに細菌が入り込むと激痛などの重い症状になります。

そのため、虫歯によってここに細菌が入り込んだ時には細菌と共に除去してしまいます。

しかし、非常に重要な場所ですので、歯髄を抜く、つまり神経を抜いた歯はその後に注意深くケアしないと、歯自体が長くもちません。

その歯髄の中にあるのが歯髄細胞、そしてその中には幹細胞が含まれているのです。

この歯髄幹細胞は、歯に関わる幹細胞ですが、歯の治療時に採取しようと思えば簡単に採取できる便利な幹細胞です。

しかし、そのためだけに歯を犠牲にはできないため、他の臓器のように亡くなった方からの検体に期待するか、虫歯で抜かれた歯を歯医者から収集するくらいしか方法がありません。

しかし、ヒトの歯は、必ず抜ける場合があります。

それは、乳歯から永久歯への生え替わりのステップです。

ヒトであれば、乳歯はほぼ確実に抜けるため、抜けてしまった乳歯を使って歯髄細胞から幹細胞を回収すれば、歯を提供するヒトの体に不必要な負担をかけずに幹細胞が採取できます。

U-Factorでは、この乳歯から採取した乳歯由来幹細胞を使って幹細胞培養を行い、その培養上清に含まれている成分を創薬に使おうと考えているわけです。

しかし、その成分分析、どのような成分がどのような現象に効果があるのかという研究は、研究機関のノウハウがないと、ターゲットを絞り込めずに研究コストが大きくなってしまいます。

そのため、乳歯由来幹細胞培養上清を安定供給できるU-Factorと、研究ノウハウを持っている産業技術総合研究所が協力し、研究から産業化までの流れを効率化しようという狙いがあります。

また、ターゲットが明確になり、効果が期待できる段階になると、研究を後押しする意味で、経済産業省、または文部科学省、厚生労働省管轄の競争的研究資金に応募することができるため、このことも視野に入れている可能性があります。

3. 培養上清の成分がターゲットとするものは?

培養上清に含まれている成分の研究は、何をターゲットにしているか、についてですが、まずはU-Factorが中心に据えているアルツハイマー型認知症に対して、効果のある成分が探索の中心になると思われます。

アルツハイマーは、脳内にアミロイドベータというタンパク質が蓄積され、このタンパク質の毒性によって脳内の神経細胞が破壊去れ、神経細胞数が減少することによって起こります。

減少する神経細胞への対処として、幹細胞を移植して神経細胞に分化させて細胞を補う方法、幹細胞を人工的に神経細胞の前駆細胞に分化させてから移植する方法などが考えられています。

それに加えて、幹細胞が分泌する物質、特に他の細胞の分化誘導を司る物質を使えば、移植する場合でも幹細胞を効率的に分化誘導して神経細胞の数を補える、または、アミロイドベータによる神経細胞の破壊を抑制できるかもしれない、と期待されています。

さらに、U-Factorは、アンメット・メディカル・ニーズ(Unmet Medical Needs)にも対応することを考えています。

アンメット・メディカル・ニーズとは、現時点で満たされていない医療ニーズを総称する言葉です。

例えば、いまだに有効な治療方法が確立されていない疾患についてのニーズ、これは治療方法と共に、創薬のニーズも含んでいます。

このアンメット・メディカル・ニーズは、疾患の解析が進むに従って、要求されることが細分化されています。

その結果、要求される項目自体が約20年くらい前と比べると非常に多くなっています。

増加した要求項目を満たすためには、創薬のシーズを様々なものに求め、候補を増やすことが重要です。

植物由来、動物由来、さらには細菌類が持つ物質もそういった創薬シーズの候補となっています。

その中で、上田博士の発見したサイトカインが含まれる培養上清は大きな期待が寄せられています。

なぜなら、幹細胞は培養条件、分化レベルによって分泌する成分が異なるため、様々な成分が培養上清に含まれます。

つまり、幹細胞培養上清はある意味で宝の山とも言えます。

この幹細胞上清から有用な成分を見つけるために行われるU-Factorと産業技術総合研究所の共同研究は、こういったプロジェクトのモデルとなり得る研究です。

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