ヒト多能性幹細胞から手足の元である肢芽間葉系細胞の誘導・拡大培養に成功

目次

1. 幹細胞から特定の細胞を作る時の困難さ

現在、ES細胞iPS細胞に代表されるヒト多能性幹細胞を人工的に分化誘導し、目的の細胞を作る研究は、多くの研究機関で行われています。

この研究で、大きな課題となるのが目的となる最終分化細胞への分化誘導効率の低さと、細胞性質の不安定性です。

生体内で起きていることを人工的に再現することは容易ではなく、研究で様々なメカニズムが明らかとなっていても、それを再現しようとするとなかなか上手くいかないという現象は、幹細胞の分化誘導に限らず、多くの生命科学の研究で見られる現象です。

今回、宝田剛志教授、山田大祐助教、高尾知佳助教、そして尾崎敏文教授、中田英二講師らで構成される岡山大学学術研究院医歯薬学域医学系の研究グループは、この課題を解決するための1つの研究成果を発表しました。

この研究は、岡山大学大学院を中心として、東京大学大学院工学系研究科と医学系研究科京都大学ウイルス・再生医科学研究所・iPS細胞研究所、岡山理科大学フロンティア理工学研究所が参加した大きな研究グループによって行われました。

研究グループは、ヒト多能性幹細胞から最終分化細胞に分化する過程の中間部分にある細胞群に着目しました。

つまり、幹細胞から一気に最終分化細胞を考えるのではなく、まずは中間地点に存在する細胞、一般的に前駆細胞と呼ばれている細胞群に着目しました。

幹細胞から前駆細胞に到達した時点で、最終分化細胞への分化能力を維持したまま拡大培養する技術を確立できれば、幹細胞の分化誘導で問題になっている分化誘導効率の改善に大きな貢献をします。

2. ヒトの四肢を研究対象とする

研究グループは、研究対象として運動器であるヒトの四肢、つまり両手、両脚を選びました。

四肢は、ひざ関節軟骨の損傷、骨欠損、腱靱帯損傷などを対象とした再生医療分野、さらに疾患対象の創薬において、骨系統系遺伝性疾患患者由来iPS細胞を利用する際に重要な研究対象となります。

四肢がどう作られるかについては、多くの動物種で基本的なメカニズムは共通です。

受精卵以降の肺形成過程で一時的に出現する肢芽から発生します。

側板中胚葉に由来する肢芽間葉系細胞によって肢芽は形成されていますが、この肢芽間葉系細胞は、軟骨細胞、骨芽細胞、腱・靱帯細胞、真皮繊維芽細胞などへの分化能力を持っています。

これらの細胞は、最終的に四肢骨格を構成する細胞で、同じ場所で働く細胞です。

研究グループは、ヒトの骨格形成メカニズムの解明と、運動器の再生医療、さらにはiPS細胞を利用した疾患モデリング研究への応用を視野に入れ、ヒト多能性幹細胞(ES細胞、iPS細胞)から肢芽間葉系細胞を誘導するメカニズムから着手しました。

研究に着手した時点では、ヒト多能性幹細胞から側板中胚葉を誘導する方法については確立されていました。

しかし側板中胚葉から肢芽間葉系細胞を誘導する技術と、それを拡大培養する技術は確立されていませんでした。

つまり、ヒト多能性幹細胞 → 側板中胚葉 → 肢芽間葉系細胞 → 軟骨細胞、骨芽細胞、腱・靱帯細胞、真皮繊維芽細胞という3つのステップのうち、最初のステップ1つのみが確立されているにすぎませんでした。

研究グループは、2つめのステップ、つまり側板中胚葉から肢芽間葉系細胞を分化誘導する技術をまず確立し、これを拡大培養する技術に発展させることを最初の目的として研究に着手しました。

3. 分化誘導条件の探索

まず、肢芽間葉系細胞か、それとも他の種類の細胞化の判別をつけなければなりません。

研究グループは肢芽間葉系細胞にはPaired related homeobox 1(PRRX1)というタンパク質が特異的に発現しており、この実験系で出現する他の細胞には発現していないことに着目しました。

これを利用し、PRRX1の遺伝子発現が上昇していれば、顕微鏡下でわかる様に形質を転換したヒトiPS細胞(PRRX1レポーターiPS細胞)を作製しました。

まず、PRRX1レポーターiPS細胞を側板中胚葉へと既存の技術で誘導した後、様々な培養条件を設定し、肢芽間葉系細胞に効率よく分化誘導する条件を探索しました。

もし肢芽間葉系細胞に分化すれば、iPS細胞に組み込まれたPRRX1レポーターによって細胞が蛍光発色するため、顕微鏡で観察すればすぐに判別できます。

そしてこの条件探索の結果、95 %以上の細胞がPRRX1陽性、つまり肢芽間葉系細胞に分化したことを示す分化誘導条件を見出しました。

次は、このPRRX1の発現レベルが高く維持されたまま、肢芽間葉系細胞を継続拡大培養する技術の開発が必要です。

その結果、安定的に肢芽間葉系細胞を増殖させることに成功し、研究グループは、この安定的に増殖する肢芽間葉系細胞を、Expandable肢芽間葉系細胞(ExpLBM:Expandable Limb bud mesenchymal cells)と名付けました。

ExpLBMは性質として、高い軟骨細胞分化能力と硝子軟骨組織形成能力を持ち、免疫不全ラットの軟骨欠損部位に移植すると、ヒト由来の軟骨組織として再生することが確認されています。

この時、マーカーとして使っていたPRRX1の発現が高ければ高いほど、軟骨細胞分化誘導能力が高いことが証明されています。

この結果を応用し、PRRX1の発現量と相関性を示す分子、細胞の表面抗原を探索して、ExpLBMの軟骨への分化誘導能力を保証する分子を同定しました。

軟骨組織への分化能力は、CDというグループの分子と相関性があり、CD90、CD140Bが陽性、CD82が陰性の時に誘導能力が高いことが明らかになっています。

これは、ExpLBMの品質管理においては重要なマーカーとなる情報で、これらの情報を使ってストックしているExpLBM、または治療に使おうとしているExpLBMの品質保証が可能となります。

4. ExpLBMを使った疾患モデルと創薬スクリーニング

ExpLBMは大量培養が可能という利点を持つため、研究グループはこの特性を活かしてExpLBMを利用した疾患モデリングと、創薬スクリーニングの方法を開発しました。

疾患モデルとして使われたのは、II型コラーゲン異常症で、四肢の骨格形成異常を来す骨系統遺伝性疾患の一つです。
COL2A1遺伝子の変異によってこの疾患が起こることがわかっており、II型コラーゲン異常症の患者からiPS細胞を作製し、そのiPS細胞からExpLBMを研究グループは樹立することに成功しました。

樹立した細胞は、先に明らかとなったマーカー分子、CD90、CD140B、CD82をチェックして品質を確認した後、細胞ストックとして保存されています。

この細胞を解析すると、II型コラーゲン異常症の患者では、健常人由来のiPS細胞由来のExpLBMと比べて、軟骨細胞の分化能力が著しく抑制されていることがわかりました。

さらに、電子顕微鏡での観察の結果、軟骨組織体で、細胞内小胞体の配向が乱れているという知見も得られています。

そして最後に、患者由来のExpLBMを使って、薬となる候補化合物の添加によって細胞がどうなるのかを解析するシステムを開発しています。

このシステムは、軟骨分化の指標を使って、画像解析ソフトによって細胞の情報を一括で数値化できるシステムで、化合物の影響を簡易的、かつ大量に解析することが可能なシステム(ハイスループットスクリーニングシステム)です。

研究グループはこのシステムを構築後、大量の種類の化合物を使ってこのシステムで軟骨への分化能力を解析し、患者由来のExpLBMで、軟骨分化能力を改善する化合物をいくつか発見しています。

この研究はいくつものブレイクスルーを含んでいます。

まず、再現性の高い実験系、分化誘導系の開発に成功したことです。

ある研究室ではこの方法で分化誘導に成功しているが、別の研究室では分化誘導されない、という例は多く、これは我々人間が気づかない培養条件の違いによるものと考えられています。

再現性の高い実験系は「寛容性がある」と表現されることがありますが、これは多少の環境の違いに影響されずに一定の結果を出すことができる優れた実験系に対しての表現です。

そして、疾患モデル、創薬スクリーニングシステムの構築までの道筋を明確に示したことです。

この研究成果の内容は1本の論文で発表されたものですが、内容的には数本の論文にしてもよいくらいのレベルです。

1本の論文で、細胞株の樹立から、疾患に対する薬の候補となる化合物の特定までを1本の論文にまとめたことで、今後の幹細胞研究に大きな影響を与える研究成果となりました。

目次