重度の糖尿病性足潰瘍の幹細胞治療
重症化した糖尿病性足潰瘍では皮膚移植などが検討されます。
しかし移植した皮膚が必ずしも生着するとは限らず、足を切断せざるを得ないケースも少なくありません。
そんな糖尿病性足潰瘍の新しい治療法を開発すべく、患者の体内に細胞シート作成用のデバイスを埋め込み、患者自身の細胞で創傷部に貼付するシート(バイオシート)を作る技術の研究が進んでおり、現在、医師主導治験が進行中です。
多能性幹細胞集積器(BSM1)を皮膚の下に埋植することによってバイオシートを得ます。
これによって糖尿病性足潰瘍の添付治療を行うことを目標とし、その安全性と有効性を評価する試験が、「単一群探索的試験」として行われています。
具体的には、既存治療が奏効しない、または最適でないと考えられる、あるいは創閉鎖のために創外かつ中枢側に健常組織の追加切除が必要と見込まれる糖尿病性足潰瘍を対象とし、治験機器(バイオシートメーカー「BSM1」)の患者への皮下埋植によって多能性幹細胞が集積したバイオシートを作製し、それを用いた貼付による潰瘍創傷治療を行い、それぞれの安全性と有効性を確認するための試験です。
糖尿病性足潰瘍とは?
まず、糖尿病は、高血糖(血液中の血糖濃度が異常に高い状態)が持続する慢性的な状態です。
通常、食べ物を消化して得られるブドウ糖(血糖)は、インスリンと呼ばれるホルモンによって細胞に取り込まれ、エネルギー源として利用されます。
糖尿病では、このインスリンが不足しているか、または体がインスリンを効果的に利用できなくなっています。
糖尿病は主に以下の2つのタイプに分類されます。
タイプ1糖尿病(1型糖尿病): 免疫系が体内のインスリン産生を担う膵臓のβ細胞を攻撃し、インスリンの分泌が不足する状態です。
通常、若い年齢で発症し、インスリン注射が必要な場合が多いです。
タイプ2糖尿病(2型糖尿病): 体が十分な量のインスリンを生成しているにもかかわらず、それを効果的に利用できなくなっている状態です。
このタイプは、成人期に発症することが一般的であり、生活習慣の要因(肥満、運動不足、食生活など)が関与しています。
糖尿病は、高血糖が多くの臓器や組織にダメージを与えるため、心血管疾患、腎疾患、視覚障害、神経障害などの合併症を引き起こす可能性があります。そのため、早期の診断と適切な管理が非常に重要です。管理には、適切な食事療法、運動、血糖値のモニタリング、必要に応じた薬物療法などが含まれます。
1型、2型共に血糖値が高い値となるため、どちらのケースでも糖尿病性足潰瘍は起こり得ます。
糖尿病性足潰瘍は、糖尿病患者に見られる合併症の一つです。
これは、糖尿病による長期間の高血糖が神経障害や血管障害を引き起こし、足の感覚や血液循環が損なわれることで起こります。
結果として、足の傷や損傷が早く治癒せず、潰瘍(複数の皮膚層が損傷された傷)が形成されます。
これらの潰瘍はしばしば感染症の危険をはらみます。
この潰瘍をきっかけとする感染症が起こると、重篤な合併症や足の切断の必要性を引き起こす可能性があります。
したがって、糖尿病患者は足の健康に特に注意を払う必要があります。
糖尿病性足潰瘍の症状をケース別に分けると以下のようになります。
・傷や損傷の存在: 足の底や側面に傷や損傷が見られる場合があります。
これらの損傷は、感覚神経障害や血管障害によって引き起こされることがあります。
・潰瘍の形成: 傷や損傷が治癒せず、潰瘍(皮膚の表面が開いた傷)が形成されることがあります。
これらの潰瘍は、通常、浅い傷から深い傷までさまざまです。
・痛みや痛みの不足: 潰瘍があるにもかかわらず、痛みや不快感が軽減されることがあります。
これは、糖尿病性神経障害による感覚の欠如によるもので、症状が改善したということではありません。
・感染の兆候: 潰瘍が感染すると、赤み、腫れ、熱感、悪臭、排膿(膿の排出)などの兆候が現れる場合があります。
・壊死組織の形成: 潰瘍が放置されると、周囲の組織が壊死し、黒色の組織(壊死組織)が形成されることがあります。
・感染による全身の症状: 感染が進行すると、発熱、悪寒、倦怠感などの全身的な症状が現れることがあります。
全身性の症状を伴うと、それは直ちに生命に危機を及ぼすことが多く、注意が必要な症状です。
この感染による全身の症状にまで進行することを防止するための治療が「多能性幹細胞集積器(BSM1)を皮膚の下に埋植することによって得られたバイオシートによる糖尿病性足潰瘍の添付治療」です。
多能性幹細胞集積器(BSM1)とは?
この治療に使う多能性幹細胞集積器(BSM1)とはどんなものなのでしょうか。
多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells、iPSCs)集積器は、大規模なiPSCsの生産を可能にする装置です。
これらの装置は、培養皿や培養ボトルなどの培養容器を自動化し、制御された環境下でiPSCsの増殖を実現します。
多能性幹細胞は、通常、成体の体細胞からプログラミングされた方法で作成されます。
これには、特定の遺伝子の導入や化学物質の処理などが用いられます。
そして、これらのiPSCsは、幹細胞の特性を持ち、様々な種類の細胞に分化する能力を有します。
iPSCs集積器は、以下に挙げる機能、特徴の一部、または全てを持ちます。
まずは培養の自動化です。
iPSCsの培養過程を自動化することで、作業効率を向上させ、大量のiPSCsを迅速かつ効率的に生産することが可能となります。
次に、制御された環境です。
iPSCsの増殖や分化は、厳密に制御された環境下で行われる必要があるため、集積器は、温度、湿度、気体濃度、培地交換などのパラメータを制御し、安定した培養環境を提供します。
医療に用いるためには、細胞は多い方が良いのですが、そうなると培養環境が高密度化します。
iPSCsの集積器は、多くの培養容器を同時に扱うことができるため、高密度でのiPSCsの培養が可能です。
これにより、大量のiPSCsを限られたスペースで生産することができます。
そして人体に使うために品質管理は重要です。
集積器は、培養条件や細胞の状態を監視し、品質が確保されたiPSCsの生産をサポートします。
iPSCs集積器の製作には幹細胞培養の専門的な知識や技術、そして高度な設備とプランが必要であり、以下のステップで作成されます。
まずは設計です。
iPSCs集積器の設計段階では、システムの機能、構造、制御方法などを決定します。
これには、自動化された培養プロセスの機能や要件の分析が含まれます。
また、集積器の大きさ、形状、培養容器の配置なども考慮されます。
設計でプランが具体化したら次は部品の調達です。
これには、自動化装置、液体取り扱い装置、培養容器、センサー、コントロールシステムなどが含まれます。
部品の調達後に組み立てが開始され、機械部分の組み立て、電気配線、センサーの取り付けなどが含まれ、次のプログラミングのステップに進みます。
集積器の動作を制御するためには専用のソフトウェア開発が必要です。
培養条件の制御、データ収集、センサーのフィードバック制御などを組み込んだプログラムを開発し、iPSCs集積器に組み込みます。
最後に完成したiPSCs集積器をテストし、動作の確認と最適化を行います。
テストでは、培養細胞の成長や分化の観察、システムの安定性や効率性の評価などが行われます。
そして実際に運用しますが、保守も行わなければなりません。
iPSCs集積器を運用するためのトレーニング、必要に応じた定期的な保守点検やメンテナンスがこれに含まれます。
これらを実用化するための試験が現在行われています。
糖尿病性足潰瘍では、かなりの確率で足の切断を選択せざるを得ない状況が多かったのですが、この治療方法によってそれを改善する目途が立ちつつあり、今後の糖尿病患者のQOL(生活の質)の維持に大きな貢献をすると期待されています。