前駆細胞とは?役割や幹細胞との違いを解説

目次

1. 前駆細胞とは

生物の身体の中で、「分化をする」細胞は幹細胞だけではありません。前駆細胞(Progenitor cell)という細胞も分化する能力を持っています。

 

それでは、前駆細胞と幹細胞はどう違うのでしょうか?

前駆細胞は、現段階では明確な定義がされていませんが、前駆細胞と幹細胞を説明する時には、以下のようなポイントが重要です。

  • 幹細胞は未分化状態であり、様々な刺激、条件によって分化を開始する。
  • 分化を開始した幹細胞は、一気に分化を進めて目的の細胞への分化するのではない。
  • 幹細胞はいったん前駆細胞に分化し、その前駆細胞が目的の細胞に分化をする。
  • つまり、前駆細胞は最終分化細胞へ分化するための直前の細胞である。
  • 以上のことから、幹細胞と最終分化細胞の間に存在するのが前駆細胞ということが言える。

このことから、前駆細胞は分化完了細胞直前の細胞なので、何にでも分化ができるというわけでなく、分化の方向は決まっています。

ところが、幹細胞の中にも、全能性を持たずにある方向にしか分化できない幹細胞が存在し、そのことが幹細胞と前駆細胞の境界線をさらにややこしくしています。

 

たとえば、胚性幹細胞が多能性を持つのに対して、成体幹細胞は分化能にある程度の制限がかかっています。

成体幹細胞の代表例として皮下脂肪内に含まれている脂肪幹細胞がありますが、この脂肪幹細胞は人為的な加工をしない限り、心筋細胞などには分化ができません。

そのため、こういった成体幹細胞と前駆細胞は何が違うのか?という議論になると、境界線が曖昧となっているのが現状です。

成体幹細胞、前駆細胞共に、多能性は持たず、オリゴポテント(少能性)として認識されているので、同じものとして扱う場合もあり、多くの成体幹細胞は前駆細胞として扱うべきという意見もあります。

 

とはいえ、幹細胞から最終分化細胞にいたる過程で出現する前駆細胞は、正確には成体幹細胞とは異なるという意見がやや多くなっています。

しかも前駆細胞は自己複製能に制限がかかっているため、前駆細胞と比べて自己複製能の制限が緩い成体幹細胞はやはり違うものであると考えられます。

 

2. 前駆細胞の役割

前駆細胞は、傷ついた細胞、古くなった細胞を迅速に交換する役割を持っています。

細胞に問題が生じた時に、幹細胞から分化させるよりも、常時最終分化細胞の一歩手前である前駆細胞を準備しておくことによって迅速な細胞交換が可能になります。

前駆細胞の中には血流などによって全身に輸送されているものもあり、こういった前駆細胞は常時体内を血流と共に巡回して、必要性が生じた時にすぐに目的の細胞に分化して補修を行います。

 

また、再生医療においても前駆細胞は注目されています。

幹細胞は、その分化能の高さから、移植しても組織などに定着が難しい時があります。

この理由は、その組織にとって幹細胞は将来自分たちと同じ細胞にする分化する能力があるとはいえ、分化前の段階では性質などが異なりすぎているため、どうしても定着しない、排除するという方向に働いてしまう傾向があるためです。

乳房の再建などで使われている脂肪幹細胞は、完全な幹細胞、つまり多能性を持つ幹細胞とは異なり、脂肪系の細胞にのみ分化する幹細胞です。

そのため、乳房再建の際には脂肪幹細胞を多量に加えて移植することによって定着を促し、乳房を再建することができます。

 

前駆細胞は、この脂肪幹細胞と同じ理屈で、将来的に自分たちと同じ細胞に分化する運命が細胞の性質などに表れてきているため、移植した時に定着率が高くなることが期待できます。

細胞移植が必要な治療の時に、幹細胞を人工的に分化誘導して前駆細胞の段階まで分化させておき、ある程度の分化方向性が決定されているが、まだ分化においては柔軟性がある状態にして移植させるという手法は近年使われ始めています。

 

前駆細胞は、幹細胞と同様に再生医療に有用な細胞と考えられ、前駆細胞までの分化誘導方法、そして前駆細胞の状態である程度の期間キープさせる(最終分化細胞に分化しない状態で移植したいため)方法などが盛んに研究されています。

 

3. 前駆細胞の例

ここでいくつか前駆細胞の例を挙げます。

  • 骨髄間質細胞と表皮基底層の細胞は、構成される細胞群のうち、約10%が前駆細胞ですが、この前駆細胞は自己再生能力と分化能力が高いために、幹細胞として分類される場合がある細胞です。
  • 芽球は、免疫応答に必要なB細胞、T細胞の前駆細胞とされています。
  • 筋肉中に存在する衛星細胞は、筋肉細胞への分化、創傷の治癒に必要とされる前駆細胞です。
  • 骨芽細胞、軟骨芽細胞に分化することのできる前駆細胞は、主に骨膜に含まれています。

そして特に重要である、盛んに研究が行われている前駆細胞が以下の3つです。

  • 1型糖尿病の治療に大きな期待を寄せられているのが膵臓の前駆細胞です。
  • 骨折、創傷治癒に重要な前駆細胞は、血管前駆細胞と血管内皮前駆細胞です。
  • 様々な脳関連研究で注目されているのが神経前駆細胞です。

この3つのうち、特に着目されているのが神経前駆細胞です。

神経前駆細胞は神経系の未分化細胞ですが、場合によっては幹細胞として分類されることもある細胞です。

大脳皮質の神経細胞には、グルタミン作動性の神経細胞が多く含まれますが、この神経細胞には未分化型前駆細胞、中間型前駆細胞、oRG前駆細胞という3種類の細胞が分化しているとされています。

つまり、1種類の最終分化型細胞に、3種類の前駆細胞が分化することができるというシステムになっています。

 

大脳は、哺乳類の脳に特徴的な部分であり、胎児期の発生研究においては、神経の未分化型前駆細胞は、神経幹細胞と同義に扱って構わないと考えられています。

つまり、未分化型前駆細胞はほぼ神経幹細胞と呼んでも差し支えないことになります。

 

一方で、中間型前駆細胞は大脳皮質の層を形成するために非常に重要な細胞であり、かつ領野形成もこの細胞の機能なくしては完了しません。

さらに、中間型前駆細胞の増殖が活発である事は、我々人類を含む霊長類の大脳皮質表面積に必須である可能性が指摘されています。

 

つまり、高度な情報交換や情報処理を行っている霊長類の大脳を形成するためには、複数の前駆細胞を使う必要がある、逆の言い方をすると、複数の神経前駆細胞を利用して我々霊長類の高度な大脳皮質が形成されているということができます。

 

一般的に、かつ大雑把な分類であると、脳室面で分裂するのが未分化型神経前駆細胞、非脳室面で分裂するのが中間型神経前駆細胞と考えられています。

 

これらの細胞の機能についてはさらなる研究が必要ですが、脳関連の疾患の治療においては、これらの前駆細胞の機能が着目されており、事故による脳障害、認知症などの治療に利用できるのではないかと考えられています。

4. 幹細胞と前駆細胞の境界線

ここまで述べてきた中にあるように、幹細胞と前駆細胞の区別は曖昧であり、混同して使われているケースもあります。

これは、研究において、「前駆細胞としておくよりも、幹細胞とした方が都合がよい」という部分があったことは否めません。

それは、研究資金調達時に、前駆細胞では資金調達の研究テーマとしてはインパクトが弱いため、最終分化形態にいたっていない、つまり現在の状態から分化が可能なので幹細胞の条件を満たしているとして幹細胞という言葉を使ってきたことは原因の1つといっていいでしょう。

とはいえ、研究が進むにつれて、名前はともかく機能が詳細にわかるようになり、再生医療においてどの細胞を使うかということが徐々に明らかになっています。

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