ベニクラゲが「不老不死の生物」と呼ばれる理由とは?

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不老不死のベニクラゲ

クラゲの一種であるベニクラゲは「不老不死」と説明されることが多い生物です。

なぜベニクラゲが不老不死なのかを理解するためには、まずクラゲの生活環を理解する必要があります。

 

クラゲは有性生殖で子孫を残すため、受精卵から発生が開始されます。

受精卵は海中を漂って孵化し、プラヌラ幼生となって海中浮遊を続けます。

プラヌラ幼生は浮遊している間に、ポリプという段階に成長しますが、ポリプになると海中浮遊をやめ、海中の岩などに付着して固着生活を始めます。

 

岩などに固着したポリプは成長を続け、ストロビラという段階に成長します。

そしてストロビラから花びらが離れるように、海中を浮遊する部分が現れますが、これが後にクラゲとなるエフィラ幼生です。

エフィラ幼生はこの後、稚クラゲを経て成体のクラゲとなります。

一般的に、生殖を終えたクラゲは、オス、メス共に役割を終えて死にますが、ベニクラゲは有性生殖を終えても死ぬことはありません。

 

ベニクラゲとはどんなクラゲなのでしょうか。

ベニクラゲは、日本には少なくとも三種類が生息していると考えられており、世界の温帯から熱帯の広い海域に分布しています。

大きさは、直径4ミリメートルから10ミリメートルと、かなり小さなクラゲです。

クラゲは体が透けて見える、つまり透過性があるものが多いのですが、ベニクラゲも同様で、透過性のある体を持っています。

透けて見える赤色のものは消化管で、黄色に見える個体も存在します。

成熟すると数百本の触手を持つようになり、この触手の内側に眼点があります。

 

クラゲの受精卵は海中を漂うのが基本ですが、ベニクラゲの中には口柄上で発生する種も確認されており、孵化してプラヌラ幼生になると初めて浮遊を開始する個体も存在します。

通常のクラゲはこの後に岩などに固着しますが、ベニクラゲは複数個体で群体を作って固着します。

群体で固着したベニクラゲのポリプは、岩などの表面にヒドロ根を拡げ、時にヒドロ茎を立て、先端にヒドロ花を咲かせます。

 

ポリプはこの後、幼クラゲとなるクラゲ芽を形成します。

幼クラゲとなるためには、水温20℃で25日から30日、20℃では18日から22日です。

幼クラゲは成体クラゲとなり有性生殖を行いますが、他のクラゲと異なる点は、有性生殖を終えた個体はポリプに戻るということです。

 

ポリプに戻った個体は、再びヒドロ根を拡げるなどの成長を開始します。

つまり、ベニクラゲは常に自分のクローンを生産しているということになります。

 

ベニクラゲは、クラゲとして海中を浮遊している段階では有性生活を送っていますが、ポリプの段階は無性生活です。

つまり、有性生殖を終えたベニクラゲは、ポリプになって再び無性生活に戻るのです。

これを繰り返すことが「不老不死」と言われる所以です。

ベニクラゲの不老不死を解明するために

スペインのオビエド大学の研究チームは、このベニクラゲのゲノム(DNA)の解読に成功したことを発表しました。

研究グループは解読しただけでなく、不老不死でないベニクラゲの種と、不老不死のベニクラゲの種とでゲノムを比較しました。

 

この比較で、不老不死のベニクラゲには、DNA複製、DNA修復、テロメア維持、幹細胞集団の行進に関与する分子、さいぼうかんコミュニケーション分子、酸化的細胞環境への抵抗性を持つ分子、これらの遺伝子が2倍存在することがわかりました。

 

さらに、細胞が分裂する度に徐々に短くなり、寿命に深く関わっているテロメアが短くなることを防ぐ機能も持っていることがわかりました。

 

不老不死とは?老化とは?

不老不死とは、通常では時間の経過に伴って発生する老化現象が発生しない、または発生してもそれは一時的なもので、若返ることで老化を防いでいる状態です。

老化による死を免れた個体、細胞の形質を「不死化した形質」と呼びます。

 

老化する動物で不老不死を実現するためには、加齢、または疾患によって起こる老化現象を取り除く必要があります。

意外と知られていない事実ですが、動物以外の多細胞生物には、加齢によって活動が衰退する老化、寿命という現象は認められていません。

高等動物に老化という現象が比較的多く見られるため、老化という現象は生物の必然というわけではなく、進化の過程で獲得した形質の一つではないかと考えられています。

 

例えばクラゲ、イソギンチャクなどの腔腸動物や、プラナリア、コウガイビルなどの扁形動物には老化現象が存在せず、明確な寿命が確認されていません。

一方で、ゾウリムシ、酵母では老化に似た現象が見られています。

 

こうした見方では、不老不死という言葉がベニクラゲを表現するのに適当な言葉かどうかは微妙です。

形式的にはベニクラゲは若返りを繰り返して不老不死を保っているということになりますが、老化現象の分子メカニズムが明らかになってくるにしたがって、ベニクラゲの生活環は、これまでの言葉で表現しきれないのではないかと考えられています。

ただし、現時点ではより正確に表現する言葉が従来の「不老不死」という言葉しかないために、この言葉で表現されているのが現状です。

実際は、ベニクラゲは若返りを繰り返しているために結果として不老不死になっている、というのが正確なところではないかと予想されています。

ベニクラゲの不老不死のシステムをヒトに応用できるか?

とはいえ、ベニクラゲの生活環がかなり特異なものであることには間違いありません。

いくつかのポイントでは、幹細胞研究で解明された現象が見られています。

 

ベニクラゲは、幹細胞の集団を常に体内に保持しており、若返りの際にはこの幹細胞の活動を使っていると予想されています。

現時点では、ベニクラゲの若返り時に分子メカニズムがどう動いているのかについて詳細が解析しきれていません。

ベニクラゲ体内の幹細胞が、成体の生殖行動後にどのような動きをするのかを経時的に解析すれば、若返りにおいて幹細胞の果たす役割が明らかになるでしょう。

 

ヒトの老化現象は、全身性のものと、体のある部分に起こるものと大きくわけて2つ存在します。

老化に関与する疾患はいくつか特定されていますが、それには活性酸素が関与しています。

ベニクラゲはこうした現象に対する抵抗手段として、酸化細胞環境への対応能力を持っています。

ヒトの場合はベニクラゲほどの対応能力を持っていないため、老化と共に起こる活性酸素の活動によって、動脈硬化、糖尿病合併症、白内障、アルツハイマー病、パーキンソン病、虚血・再灌流障害が起こるリスクが大きくなります。

 

分化した体細胞が老化に伴う細胞環境に抵抗すれば、老化に伴う身体現象を軽減することができます。

しかしそれだけでは不十分であることはすでに分子的に解析されています。

細胞の染色体にはテロメアという部分があり、細胞が分裂する度にテロメアが短くなり、その長さがあるレベルよりも短くなると細胞の寿命であると考えられています。

例えば、酸化環境に抵抗することによって活性酸素による老化を防げたとしても、細胞分裂する度にテロメアが短くなるために染色体レベルの老化は止めることができません。

 

このテロメアについては、ベニクラゲの細胞ではテロメアを伸長させるメカニズムをもっていると今回の研究チームは明らかにしています。

テロメアを伸長させるためにはテロメアーゼという酵素が必要ですが、このテロメアーゼを持っている代表的な細胞はがん細胞です。

がん細胞はテロメアーゼを持っているために、無限に増殖が可能であり、その無限増殖によって体内にがん細胞塊を形成してヒトの健康を害します。

 

しかしベニクラゲでは、健常細胞であってもテロメアが短くなることを防ぐことができます。

これらのメカニズムが、ベニクラゲの体内の幹細胞集団とどのようにリンクして若返りを行っているのかについては、先に挙げたヒトの老化に伴ってリスクが上昇する疾患対策、特に予防医学の面において大きな貢献をすると予想されています。

 

研究チームが発表した今回の内容は、現象論的な部分に焦点を当てたものです。

今後、この研究成果で見つかった部分を突破口として、多くの研究が推進されると考えられます。

 

 

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