血液がん遺伝子を網羅解析 診断や病状予測で活用へ

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「血液のがん」の治療に役立つシステム

血液のがんとは、血液細胞ががん化して起こる疾患です。

血液細胞の中でがん化する細胞と言えば、白血球をまずは思いつく人が多いと思いますが、白血球という呼び名は、血液中の免疫細胞である、単球・マクロファージ、リンパ球、好中球、好塩基球、好酸球をまとめて呼ぶときの言葉です。

この5つの細胞のどれかが、または複数ががん化すると白血病と呼ばれる疾患になります。

5つの細胞を包括する呼び名のため、一口に白血病と言っても多くのタイプがあります。

血液のがん、という括りですと、200種類以上のタイプが特定されており、現在は10万人あたり年間45人が発症し、20歳未満のがん患者では4割から5割を占めています。

 

血液細胞のがん化の原因は、その細胞の遺伝子に異常が起こると言われていますが、どの遺伝子に異常が生じているかによって症状が異なり、病名も多岐にわたります。

現在の診断法では、症状などから予測して、関連がありそうな遺伝子を一つずつ調べる必要があるため、正確な診断には時間がかかります。

 

胃がん、大腸がんなどの固形がんでは、疾患に関与すると予想される多数の遺伝子を一気に調べる方法がすでに開発され、保険適用されています。

血液のがんでも、この診断方法の確立が望まれていましたが、現在までに確立した方法がありませんでした。

 

今回、国立がん研究センターと大塚製薬を中心とした研究チームは、血液のがんである白血病、リンパ腫に関わる452個の遺伝子をまとめて開発する方法を開発し、現在は薬事承認に向けた申請を準備しています。

どんな診断方法か?

研究チームは、日本血液学会の指針に基づいて、血液がんと関連する452個の遺伝子を選択し、176人の患者の遺伝子と正常な細胞の遺伝子を比べ、異常が起きている場所を探索しました。

この探索によって患者176人の82 %で使えると予想される異常が発見され、さらに58 %で病状の予測の参考になりそうな異常が見つかりました。

 

この方法は、移植の可否に大きな力を発揮します。

急性骨髄白血病では、疾患・症状の状況によって造血幹細胞移植の必要性が異なります。

造血幹細胞移植は患者に大きな負担を強いることとなるため、白血病なら何でも移植するということは避けなければなりません。

正確に現時点での疾患のリスクを評価して移植の可否を判断し、必要のない移植を避けなければなりません。

 

さらにこの遺伝子の解析から、遺伝子の異常に適した既存薬が存在する患者はわずか12 %でした。

これは開発されている治療薬が少ないことが原因ですが、この診断方法のデータを使って、既存の薬、または臨床試験中の薬の評価がしやすくなれば、創薬にかかる労力を軽減し、薬を完成させるまでの時間を短縮することができます。

遺伝子パネル検査とは?

この検査方法は、「血液がんを対象とする遺伝子パネル検査」という名前で開発が進められています。

176名の血液がん患者から188検体を採取して検証したところ、

  • 97 %の確率で遺伝子異常を検出できる。
  • 検出頻度の低い遺伝子異常もこの方法であれば検出が可能である。
  • 染色体数が異なる生殖細胞系列の異常も検出が可能である。
  • 診断時点、そして予後予測段階の2つの時点での有用性が高い。

以上のことが明らかとなりました。

 

遺伝子の解析技術の進歩によって、がんの原因である遺伝子変異と、抗がん剤のマッチングがより正確にできるようになり、さまざまな研究によって効果的な治療方法が開発されつつあります。

遺伝子・ゲノム情報は個人差が存在するため、この情報をもとに最適な治療方法を選択すれば、効果の低い治療方法を避け、効果の高い最適な治療方法を優先的に実施することが可能になります。

この結果、治療成績の向上、患者の経済的・身体的負担が軽減されます。

さらにこれらは治療の効率を生むので、医療費の軽減にもつながります。

 

がん患者における多数の遺伝子変異(100種類以上)を包括的に検出できる検査を「遺伝子パネル検査」と呼びますが、この検査は2019年から保険が適用されています。

これに関連し、検査手法の拡大、リキッドバイオプシーの保険適用、遺伝子パネル検査の保険点数改善が拡がりつつあります。

 

さらに、遺伝子パネル検査で最適な抗がん剤が予測されたが、その抗がん剤が保険適用されていない場合、「患者申出療養」を活用するような整備などが現在行われ、がんのゲノム医療の普及に一役買っています。

しかし、先述したように具体的にこの遺伝子パネル検査ができるのは現時点で数種類の固形がんに限られており、血液のがんではまだ実現されていませんでした。

白血病の患者・家族からの要望

白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫といった血液がんの遺伝子パネル検査手法は開発途上であり、保険の適用はなされていません。

また、造血幹細胞移植に代表されるように、治療方法の選択は慎重に行わなければならず、治療方法と症状に少しのズレがあると、その治療方法がほとんど効果を示すことなく治療が進んでいくということが起こってしまいます。

患者、そして患者の家族からは、遺伝子パネル検査開発の早期実現、血液のがんに対するゲノム医療実施を早期に、という要望が出され続けています。

 

血液のがんは、若い世代で患者が多く見られるというがんです。

そのため、これからという若い人ががんの治療で貴重な時間を失ってしまう、治療が長引いてしまうということは、患者のQOL(生活の質)だけでなく、人生を大きく左右してしまうことが多く見られます。

 

今回、研究グループが共同開発した「血液がんに対する遺伝子パネル検査」は、有用性に関する検証研究で有用性が高いという結果を得ました。

検証によって明らかになったことは先に述べましたが、さらに専門的な見地からこの検証研究の結果を見ると、

  • 骨髄液や末梢血などの生細胞だけでなく、病理検査などに用いられるホルマリン固定パラフィン包埋検体でも解析が可能である事が明らかになりました。
  • 以上の頻度が低いとされている、PVT1-SUPT3H、GATA2/MECOMもこの検査によって検出が可能です。
  • 血液がんの疾患ごとに、「血液がんの原因である可能性が高い、高頻度に検出される遺伝子異常」を見ると、急性骨髄性白血病では、KMT2A、NPM1、DNMT3A、RUNX1、TET2の遺伝子異常、急性リンパ芽球性白血病などのETV6、NOTCH1、CDKN2A/B、CREBBPというものもこれまでの研究結果を裏付ける頻度で検出されています。
  • 生殖細胞系列の遺伝子異常は6名(全体の3 %)で検出され、そのうち5名は遺伝性乳がん・卵巣がんの発症に関わるBRCA1/BRCA2異常の存在が確認され、さらにそのうち3名は確認検査でも陽性が確認されました。
  • 造血器腫瘍ゲノム検査ガイドラインに基づいて評価したところ、診断選択、治療法選択、予後の予測に有用な遺伝子異常が、それぞれ82 %、49 %、58 %の患者で検出されています。
  • 有用性が高いと考えられている遺伝子異常は、診断選択、治療法選択、予後の予測に有用の3点において、それぞれ76 %、12 %、44 %の患者に検出されており、診断、予後予測において有用である事がデータ的に明らかにされました。
  • 急性骨髄性白血病(AML)では、この遺伝子パネル検査によって、3分の1でリスク分類の変更が行われました。

これらのデータは、急性骨髄性白血病では染色体異常、遺伝子異常によってリスク分類がされており、このデータをもとに同種移植の適応が決定されることから、この遺伝子パネル検査によってより適切な治療が提供可能になることを意味しています。

そして最後に、これまで診断が困難だったフィラデルフィア染色体様急性リンパ性白血病(ALL)については、この特徴であるETV6-ABL1、ATF71P-PDGFRB融合遺伝子の検出に成功しており、発症時の白血病においてもこの遺伝子パネル検査の有用性が証明されました。

今後の展開に期待はできるのか?

医療系の研究成果においては、メディアなどに取り上げられた研究成果であっても、実用化にまでこぎ着けることができなかったものは多く存在します。

むしろ、基礎的な研究で成功されたものの10件のうち、応用・実用化段階で成功するのは1件あれば良い方である、というのが現実です。

 

今回のこの遺伝子パネル検査は、応用・実用化を睨んだ検査において良好な結果を得たことから、応用的な実現はほぼ確実と考えられます。

問題は、保険適用が承認されるまでにどのくらいの期間が必要かということです。

 

白血病に代表される血液がんの効率的な治療方法確立は、患者にとっても医療費を負担する国にとっても重要な課題です。

おそらく、早ければ2022年中か2023年に大きな動きがあり、実用化に大きく進むのではないかと予想されます。

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