POEMS症候群とは?幹細胞治療による新たな治療方法の確立について

目次

1. POEMS症候群とは

POEMS症候群とは、末梢神経障害、手足のむくみ、色素沈着、剛毛、血管腫といった皮膚の症状、胸水、腹水など、全身に様々な症状が出る疾患です。日本ではクロウ・深瀬症候群(Crow-Fukase症候群)と呼ばれていますが、欧米ではPOEMS症候群と呼ばれています。

POEMSとは、主な症状の頭文字を取ったもので、Polyneuropathy(多発性神経炎)、Organomegaly(臓器腫大)、Endocrinopathy(内分泌障害)関与するタンパク質であるM-protein、そしてSkin changes(皮膚症状)の、P、O、E、M、Sから名付けられました。

他に、高月病とも呼ばれています。

現在日本での患者数は、推定300人から400人とされている希少疾病で、従来療法であるステロイド療法、MP療法、放射線療法、そして細菌ではサリドマイド療法、末梢血幹細胞の移植療法が導入されています。

この幹細胞移植などの新規治療方法によって予後が改善しつつあります。

この疾患は免疫グロブリンを産生する形質細胞の異常と、この異常な形質細胞増殖に伴って産生されるタンパク質、血管内皮細胞増殖因子(VEGF:Vascular Epithelial Growth Factor)が疾患の発症に関わっていると推測されています。

2. POEMS症候群に新しい知見

千葉大学医学部附属病院、東京大学医科学研究所附属幹細胞治療研究センター、東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻などから成る研究グループは、POEMS症候群患者由来の骨髄形質細胞の遺伝子発現を、シングルセルRNAシークエンスによって解析しました。

シングルセルRNAシークエンスは、遺伝子発現を1つの細胞ごとに解析する方法で、研究グループはこの解析をもとに患者骨髄中のPOEMSクローンの同定に成功しました。

このPOEMSクローンを詳細に解析した結果、研究グループは細胞表面のCD19、MHCクラスIIの発現が低下していることがわかりました。

この結果を使って、全形質細胞からPOEMSクローンだけを単離することが理論的に可能ですが、研究グループはこの単離方法の確立もこの研究において成功しています。

まず、今回の研究のポイントを挙げます。

  1. 形質細胞(注3)由来の稀少な腫瘍性疾患であるPOEMS症候群における、腫瘍性形質細胞(POEMSクローン)を、世界で初めて同定しました。
  2. POEMSクローンは、正常形質細胞と比較して細胞表面のCD19および、MHCクラスIIの発現が有意に低下しており、この特徴を用いて全形質細胞からPOEMSクローンを分離する方法を確立しました。
  3. POEMSクローンの同定法の確立により、治療効果判定への応用や、病態解明を目的としたさらなる研究の発展が期待されます。

さらに、この研究の理解には、実験手法などで専門的かつ最新の用語の意味を知る必要があります。

シングルセルRNAシークエンス

これは、細胞1個のRNA発現状態を解析する技術です。これまでのRNAシークエンスは、数千から数万個の細胞からRNAを抽出することで解析をしていましたが、このシングルセルRNAシークエンスは、1個の細胞内の遺伝子発現状況をデータとして取得することが可能です。

MHCクラスII

免疫関連細胞のB細胞、抗原提示細胞の細胞表面に存在するタンパク質です。

このタンパク質は、ヘルパーT細胞が抗原を認識するために必要なタンパク質の複合体です。

ヒトにおいては、MHCクラスIIはヒト白血球型抗原遺伝子複合体(HLA)によってコードされており、造血幹細胞などの移植時に見られる拒絶反応に関わっています。

免疫グロブリンレパトア

この記事では後半に出てきますが、形質細胞が産生する抗体、つまり免疫グロブリンをコードする遺伝子の配列、またはアミノ酸の配列を指します。

1つの形質細胞は、基本的に1種類の抗体のみを産生し、特異的な抗原に反応するようになっています。

それぞれの形質細胞は、別々の抗体を生産するため、細胞によってこの配列は大きく異なります。

しかし、腫瘍性の形質細胞は、同じ形質細胞を起源としているため、同一の免疫グロブリンレパトアを持っています。

この性質を利用すると、腫瘍性形質細胞と正常形質細胞をシングルセルRNAシークエンスを使って解析するとデータに明確な違いが現れるため、このデータから2つの細胞を区別することが可能になります。

4. これまでのPOEMS症候群の研究

POEMS症候群は、多発性骨髄腫と同じく、形質細胞性腫瘍に分類され、比較的レアな腫瘍性疾患とされてきました。

末梢神経障害、肝脾腫、内分泌異常、皮膚病変など、全身のさまざまな部位に症状を引き起こすことが特徴であり、病態については不明な点が多く、治療方法も限られた方法しかありませんでした。

POEMS症候群では、他の形質細胞性腫瘍と比べると、腫瘍性の形質細胞数が極めてく少なく、形質細胞性腫瘍で用いられている研究手法では、POEMS症候群での腫瘍性形質細胞、つまりPOEMSクローンの性質を評価し、その性質に従ってPOEMSクローンを特定することがほぼ不可能でした。

これがPOEMS症候群の病態解明が進まない大きな原因であり、何らかのマーカーでPOEMSクローンを同定する方法の確立が望まれていました。

5. 詳細な研究内容について

この研究では、シングルセルRNAシークエンスデータをもとにして免疫グロブリンレパトア解析を行いました。

その結果、同じ免疫グロブリンレパトアを持っている腫瘍性形質細胞、POEMS症候群における重要な細胞の同定に世界で初めて成功しました。

これまでの研究者が予測したとおり、POEMSクローンの数は、全形質細胞中のごく一部に限られており、多発性骨髄腫、そして多発性骨髄腫の前駆病変とされる単クローン性免疫グロブリン血症よりも明らかに少ないことが確認されました。

そして正常細胞と比較すると、タンパク質の合成経路の遺伝子発現が上昇しており、盛んにタンパク質である免疫グロブリンの合成が盛んに行われていることが示唆されました。

POEMS症候群では、クローン由来、つまり異常な細胞由来の免疫グロブリンが様々な症状の原因になっていることが予想されており、限られた数の腫瘍細胞でも、上昇したタンパク質合成経路の大量生産によって免疫グロブリンが次々と産生され、その結果多彩な全身症状を引き起こしていることが示唆されました。

そして先に述べたように、細胞表面のCD19とMHCクラスIIの発現が低下していることが確認され、これに従ってCD19が陰性を示すHLA-DR陰性形質細胞を患者の骨髄から分離すると、純粋なPOEMSクローンを回収することができます。

これは、世界で初めて細胞表面のマーカーを用いてPOEMSクローンを同定する方法の確立ということになります。

一方で、POEMS症候群の腫瘍マーカーとして使われている血管内皮細胞増殖因子の遺伝子発現レベルは、POEMSクローンと正常細胞ではほぼ同じで、血管内皮細胞増殖因子の生産は、形質細胞以外の細胞が生産している可能性が高いことが明らかとなりました。

6. 幹細胞治療による新たな治療方法の確立は?

疾患の原因となる細胞が多数派ではなく少数派であること、そしてその少数の疾患原因細胞が大量のタンパク質を合成することによって疾患を引き起こすことはそれほど多く見られていませんでした。

白血病の場合は、いったん放射線治療などで異常な細胞を体内から取り除き、健康な造血幹細胞を移植するという方法が採用されています。

それでは、このPOEMS症候群では、異常な形質細胞を何らかの形で取り除き、幹細胞の移植によって体内の形質細胞を正常化するという治療の流れが可能でしょうか?
この治療方法の確立には、まだ多くの謎がPOEMS症候群には残されており、すぐに確立というわけにはいかないでしょう。

しかし、治療方法を確立する上で必須である疾患原因となるPOEMSクローンの入手方法の確立によって、今後POEMSクローンの解析が可能となりました。

今回用いられたシングルセルRNAシークエンスなどの最新技術によってさらに解析が進めば、治療方法開発の糸口が見えてくるものと考えられます。

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