ヒト白血病細胞において、フィラデルフィア染色体の人工的な生成に成功

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白血病の治療に新たな方向性

山梨大学医学部小児科講座の玉井望雅臨床助教、犬飼岳史教授、北海道大学病院検査・輸血部の藤澤真一臨床検査副技師長と豊嶋崇徳部長、ワシントン大学医学部発生生物学部門の神元健児研究員、同じくワシントン大学医学部、腎臓内科の大町紘平研究員、広島大学原爆放射線医科学研究所の仲一仁准教授、そして国立成育医療研究センター・ゲノム医療研究部の要匡部長らで構成する研究グループは、白血病治療につながる大きな研究成果を発表しました。

この研究グループは、多くの研究機関、大学が参加している研究グループですが、それぞれの得意な分野、そして技術を結集して、今回の大きな発見につなげました。

この研究成果は、「Creation of Philadelphia chromosome by CRISPR/Cas9-mediated double cleavages on BCR and ABL1 genes as a model for initial event in leukemogenesis」というタイトルの論文として、Cancer Gene Therapyという専門誌に発表されています。

 

ヒトのがんは、遺伝子変異などに代表される“染色体の異常”によって起きるものが少なくありません。

この中で、白血病の細胞に見られるフィラデルフィア染色体は、ヒトのがんにおいて初めて同定された染色体異常であり、様々な研究が行われてきました。

今回の研究では、研究グループは人工的にフィラデルフィア染色体を作成しようと試み、これを成功させました。

この研究成果によって、人工的にフィラデルフィア染色体を作成してそのメカニズムをさらに詳細に解析することが可能になります。

白血病の治療方法

白血病は、血液のがんとも呼ばれ、遺伝子異常(遺伝子変異、染色体異常を含む広い意味での異常)を起こした造血細胞が骨髄で増殖し、正常な造血を阻害してしまう疾患です。

この遺伝子異常を起こした造血細胞は骨髄内のみでなく、血液中にも侵入します。

正常な造血細胞の増殖が阻害されるため、感染症、出血症状、貧血などの症状が出やすくなるだけでなく、骨髄から血液中に侵入した白血病細胞が様々な臓器に浸潤するために、臓器異常も誘導する事もあります。

 

白血病の治療は、抗がん剤、化学療法が現在の基本です。

また、骨髄移植、臍帯血移植という造血幹細胞移植療法を行う場合もあります。

しかし、骨髄移植、臍帯血移植は過酷な治療のため、治療そのものが死亡原因になる治療関連死が少なくありません。

そのため、白血病の治療は慎重に行われ、診断後にすぐ移植治療を行うのではなく、まずは抗がん剤による治療が行われます。

その後の経過を考慮して移植治療が検討されます。

 

造血幹細胞移植は、大量の抗がん剤と放射線によって白血病細胞を含む病的細胞を一気に死滅させます。

しかしこの処置によって正常な造血細胞も死滅するため、患者は造血能力を完全に失います。

そのため、患者に健康な人からの造血幹細胞を移植して健康な造血システムを再構築する

わけですが、他人の造血幹細胞のため、拒否反応のリスクがあります。

それを避けるため、HLA型の一致した健康人からの造血幹細胞を使うのですが、それでも造血幹細胞がうまく定着しないことも少なくありません。

 

また、抗がん剤治療、放射線の処置は、かなり身体に負担をかける治療のために、体力に問題のある患者、高齢者に行うと、この段階で体が耐えられなくなる場合もあります。

こうした問題があるため、現在行われている白血病治療から、患者の身体への負担をなるべく軽くするための治療方法が模索されています。

フィラデルフィア染色体とは

こうした白血病のうち、慢性骨髄性白血病と、一部の急性リンパ性白血病に見られる染色体の異常がフィラデルフィア染色体です。

22番染色体と9番染色体の間で配列部分が入れ替わる、転座という現象が起こることによって誘導される染色体異常です。

この結果、遺伝子の一部が融合してしまうことによって異常なタンパク質が生産されてしまい、このタンパク質によって造血幹細胞が無制限に増殖されてしまいます。

その結果、白血病となるわけですが、このフィラデルフィア染色体の厄介なところは、染色体異常を起こしているフィラデルフィア染色体にさらに点突然変異が入ることによって、薬剤に対する耐性が出てしまうリスクがあるところです。

 

フィラデルフィア染色体の人工作成

こういったフィラデルフィア染色体がもつ問題から、フィラデルフィア染色体自体を研究することによって、白血病の治療方法が新たに開発されるかも知れないという期待は以前からありました。

しかし、フィラデルフィア染色体を使うためには、フィラデルフィア染色体を持つ白血病細胞が必要です。

 

研究グループは、このフィラデルフィア染色体を人工的に作成する方法を確立し、正常な染色体からフィラデルフィア染色体を作成して研究に用いようと考えました。

彼らが着目した方法は、ここ数年で多用されるようになったゲノム編集技術です。

 

ゲノム編集技術とは、2012年にCRISPR/Cas9の開発によって可能となった、「遺伝子上の任意の部分を切断する」を利用した遺伝子改変技術で、2020年のノーベル化学賞受賞の対象となった技術です。

 

この技術を使って研究グループは、

  1. フィラデルフィア染色体の人工生成に成功
  2. フィラデルフィア染色体を持つ、p210および、p190BCR::ABL1陽性白血病細胞株を人工的に樹立することに成功

この2つの研究業績を挙げました。

 

この研究によって、p190BCR::ABL1陽性白血病細胞株を入手する必要が無く、研究室で作成して研究を始めることが可能となりました。

さらに、この作成メカニズムには白血病発症メカニズムと重複する部分がおそらく含まれているため、ある種の白血病の発症メカニズムを特定する研究が可能となります。

白血病治療の発展

白血病には、遺伝子の変異タイプによって様々なタイプの白血病が含まれています。

それぞれに症状が異なる場合もありますが、同じような症状でも遺伝子変異の場所が似通っている場合もあります。

 

遺伝子変異を原因とする疾患の厄介なところは、ほぼ遺伝子変異の種類と症状はリンクしているのですが、中にはAという遺伝子変異と、Bという遺伝子変異では症状がほぼ同じになってしまうため、遺伝子治療を行う際のターゲットを決定するには詳細な解析が必要となるというところです。

 

人工的にフィラデルフィア染色体を生成、そしてフィラデルフィア染色体を持つ白血病細胞を実験室で作れるようになるということは、こうした解析に参加する研究チームを増やすという効果があります。

iPS細胞を分化誘導して疾患モデル細胞を作るという試みは、多くの疾患研究で行われています。

今回の異常染色体を人工的に作成する技術と、iPS細胞からの分化誘導技術を融合させると、様々なタイプが確認されている白血病細胞を人工的に作れるようになります。

これは、疾患解析のために必要な実験材料を研究室内で供給することを可能にします。

 

患者から採取した白血球細胞を待つことなく、自前で作成して研究できるということは、研究効率の面から見ると、飛躍的な進歩と言えます。

そしてゲノム編集技術を使うことによって、様々なタイプの白血病細胞株を樹立することに道筋ができたということも、今後の白血病の治療方法研究に大きく役立つでしょう。

 

多種多様な白血病

白血病という名前で括られてはいますが、性質が骨髄系の細胞かリンパ球の細胞化によって骨髄性白血病、リンパ性白血病に大きく分類されます。

さらに、急性骨髄性白血病、慢性骨髄性白血病、急性リンパ性白血病、慢性リンパ性白血病の4つに分けられますが、これで終わりではありません。

 

B細胞全リンパ球性白血病、ヘアリーセル白血病、リンパ腫白血病化、形質細胞白血病、T細胞顆粒リンパ球性白血病、T細胞全リンパ球性白血病、成人T細胞白血病/リンパ腫、セザリー症候群など様々な分類がなされています。

 

さらに非定型慢性骨髄性白血病、慢性好中球性白血病など、類縁の白血病も存在し、これらに加えて遺伝子変異パターンで名付けられている白血病も多数存在します。

遺伝子変異の場所がはっきりしている白血病は多いのですが、これまではその遺伝子型を持つ白血病細胞を入手するには、患者から提供されるのを待つ、または細胞ストックを持つ研究機関を頼るしかありませんでしたが、この研究成果によって、人工的に作るという供給効率が良い方法を確立するための道筋ができ、今後の発展に大きな期待が寄せられています。

 

 

 

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