再生医療と遺伝子治療、一体で実用化推進。iPS細胞「一本足打法」から二刀流で競争力強化

目次

1.先端を走る日本の再生医療

京都大学の山中伸弥教授によるiPS細胞作成によって、日本は再生医療においてアメリカと共に世界の最先端に立つことになりました。

再生医療分野において重要な論文が日本から多く発表され、再生医療分野は日本の新しい得意分野として地盤を固めつつあります。

しかし一方で、科学全般における日本の世界的地位は年々低下しています。

論文発表数、博士号取得者は減り続け、「科学技術において日本はすでに二流国」という声も現場から聞こえてきます。

 

この原因は、財務省、文部科学省が主導した「選択と集中政策」の失敗によるものです。

資金を投入して効率的に結果を得るために、財務省と文部科学省は「結果が出そうな研究テーマ、または結果を出した研究テーマ」に集中的に資金を投入しました。

資金の投入先の選択は競争で決定され、審査員がそのテーマに資金を投入するかどうかを決定していましたが、その結果「審査員が理解できる、わかりやすく結果が見える研究」に資金が集中してしまいました。

その結果、全く新しいものを産み出す芽を摘んでしまい、研究者も研究資金獲得のために結果が出そうなテーマを選ぶ傾向が顕著になりました。

 

それに拍車をかけたのが、研究者に適用された任期制です。

3年、5年の任期の間に業績を挙げることができなければ、次に移籍ができずに研究者を廃業しなければならないという状況になったため、研究者は短期間で結果が得られるテーマを選ぶようになってしまいました。

 

さらに、国からの大学への資金的な締め付け、膨大な事務作業を必要とする報告義務などを課したため、大学内の研究者が研究する時間が確保しにくくなっているという状態が10年以上続き、日本の科学技術を支えてきた大学が疲弊してしまいました。

 

その結果、iPS細胞の作成という大きな結果を出した日本は、アメリカと並んでいるとはいえ、なかなか再生医療分野で突き抜けることができなくなっています。

これは、ある分野で世界のトップに立つためには、その分野だけでなく他の分野との連携が必要不可欠ということを国が理解せずに選択と集中政策を行ってしまった結果です。

2. 間に合うか?再生医療分野と他分野の連携を国が後押し

文部科学省は2023年度から、iPS細胞などを使う再生医療分野と、疾患の原因となる遺伝子を改変する遺伝子治療分野の研究を一体的に推進する方針を固めました。

iPS細胞研究を軸として他分野との連携を図り、今までの10年間で約1100億円を投じてきたiPS細胞研究の後継として先端医療分野の国際競争力を高めることがこの政策の狙いです。

計画は5年をかけて実施する予定で、来年度当初予算の概算要求に関連事業費として120億円程度を盛り込む予定です。

 

この計画では、再生医療と遺伝子治療の融合研究を進める中核拠点を設け、融合研究を実施します。

融合研究の一つの例としては、まず、遺伝子が原因の疾患を持つ患者の皮膚などからiPS細胞を作成し、ゲノム編集で疾患の原因となる遺伝子を修正後、遺伝子を修正された細胞を人工的に増殖させ、増えた細胞を患者体内に戻すという治療方法開発です。

こういった再生医療と遺伝子治療を融合させた治療方法の開発を通じて、この中核拠点と他の研究機関、産業界との連携を図ります。

 

そして大学教育で問題となっている、若手研究の育成もこのプロジェクトで強化する予定です。

韓国などで大学院の博士課程に進学し、博士号を取得する人は年々増加している一方で、先進国では日本だけが進学者が減少し、博士号取得者が年々減少しています。

 

これは、iPS細胞、再生医療などの高いレベルの研究を引き継ぐ人材が将来不足するリスクをはらんでいます。

実際、再生医療分野以外の分野では、20年後には研究、高等教育に関わる人材不足によって日本の研究能力は先進国の最後尾になると予測している人もいます。

その予兆として、この10年で企業がトップジャーナルに発表する論文が激変しており、10年間の経営方針が日本企業の技術力、開発力を骨抜きにしてしまったという意見もあります。

この打開策の一環として、再生医療に関わる分野、今回の場合は遺伝子の分野で積極的に若手研究者を育成していくという方針は、ある程度の成功を収めれば、他の分野にも波及する可能性があります。

3. iPS細胞偏重主義がどれだけ修正されるか?

欧米と日本の違いの一つとして、政策決定の場に専門家、特に博士号を持っている人間が関わる事が少ない、という事が挙げられます。

山中教授のiPS細胞作成については、多くの人がその結果のみを見ることによって大きな業績である事を理解しました。

しかし、専門家、研究に携わったことがある人間であれば、その過程でどのような事が起こっていたのかを想像することができます。

 

山中教授がiPS細胞について語るとき、かなり謙虚に語っている印象を受けた人は多いと思います。

これは、「科学で何かを成し遂げた経緯を“正直”に言葉にすると、聞き手には謙虚であるという印象を与える」ということです。

多くのアイデアが研究という形で走り出し、そのアイデアを実現させようとする人々は当然のように努力している、その中で自分の研究がうまくいったということは、自分一人の力ではないということを科学に携わった人間であれば理解できます。

 

その過程では、うまくいかなかったアイデアを持つ人からの助言、失敗した人からのアドバイスが大きく役に立つことが少なくありません。

つまり、スタート時点の裾野は広ければ広いほど、その中から成功アイデアが出てくる確率が高くなるわけです。

 

これまでは、投資するお金と戻ってくる効果、という効率的な視点で政策が行われ、その結果うまくいったiPS細胞に資金が集中し、他の分野が疲弊してつぶれかける、または潰れてしまうという現象が起こっていましたが、今回の政策でどれだけiPS細胞偏重主義から政策が脱却できるかが今後のカギになると思われます。

4. 科学は他分野で構成されるチーム戦

iPS細胞から実際に疾患を持つ患者の治療に至るまでは、多くのステップを経る必要があります。

それらのステップは、停滞するポイントであるとも言えます。

例えば、iPS細胞を使ったアルツハイマー病の治療は、比較的以前からアイデアとして研究が行われてきましたが、現時点ではまだ臨床で治療に使える段階にありません。

脳という複雑なシステムにはまだわかっていないことが多く、今までの研究知見を元に予想を立てても、その通りにいかないことが多くなってしまうのは自然なことです。

 

もし再生医療を研究する人だけで推し進めようとすれば、新しい発明品を動かすために、動かすためだけの別の発明が必要になる、という事になってしまいます。

こうした事を避けるためには、iPS細胞の研究と並行して、治療対象となる臓器、器官、この場合は脳科学者が脳のメカニズムをさらに深部まで解析して明らかにしておくことが必要になります。

 

iPS細胞を使った再生医療が構築しようとしている治療方法は、身体の様々な臓器を対象としています。

今までになかった治療方法を確立させるためには、今まで以上にその臓器の知見が必要になります。

研究を行っている段階では、iPS細胞とは関係なさそうな研究であっても、iPS細胞を使った再生治療をしようとしたときに、その研究で見つかったタンパク質が重要になる、ということが起こり得るということは研究を行っている大学院生でも容易に想像ができることなのです。

 

しかし、そういった教育を受けていない人々はなかなかそこまで想像することはできません。

iPS細胞の出現は、医療に革命的な変革をもたらしただけでなく、一般の人々の興味を“科学”に向けさせる効果もありました。

まだその効果が残っているうちに、日本の科学を立て直さなければ、日本は「iPS細胞を最初に作った国」で終わってしまう可能性があります。

その打開策となり得る今回の政策ですが、これがもう少し裾野が広がってくれることを研究者達は期待しています。

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