1. 乳房再建の重要性と技術の発展

乳がんなどによる乳房除去は、術後、また治療完了後の患者の生活の質(QOL)に大きく影響します。

乳房はできる限り残す方向で治療計画を立てますが、どうしても除去しなくてはならないケースは少なくありません。

近年になって、乳房除去後に乳房を再建する医療技術が進歩しています。

以前ですと、シリコンジェル、パラフィンなどを皮下に注入する方法から始まり、シリコンジェルを詰めた袋を使う、または生理食塩水を詰めたものを使う、高分子ポリマーを使うなどが行われていました。

しかしこの方法ですと、細胞の壊死、素材の経年劣化による健康被害が相次ぎ、製品によっては使用が禁じられているものもあります。

そこで最近は、幹細胞を使った乳房再建術が発展しています。

これは、美容整形の豊胸手術の技術を応用するなどして、豊胸と乳房再建が共に発展してきたことが要因です。

美容整形では、脂肪注入法が行われていました。

しかしこの方法ですと、組織の石灰化、脂肪細胞の壊死を引き起こし、乳房の一部が「硬結化(固く、しこりのようになること)」を引き起こすことがあります。

この症状が起きると、しこりによって乳がんと診断されたり、乳房に凹凸ができてしまったりします。

脂肪細胞を注入する時は脂肪吸引によって得られた脂肪を注入しますが、その中には寿命が尽きかけている脂肪細胞、死んだ脂肪細胞の破片などが混じります。

これらは細胞外に周囲の細胞に影響を与える物質を分泌したり、それらそのものが石灰化したりすることで、健康にも外見にも悪影響を与えます。

 

この原因は、注入した細胞がもともとの人体組織に定着しなかったことが原因です。

この定着率の改善が、豊胸・乳房再建のカギとなるのですが、近年になって幹細胞によって解決する例が増えています。

 

2. CAL法

CAL法とは、Cell-Assisted Lipotransferの略で、日本語に訳すと脂肪幹細胞加脂肪移植法です。

この方法は、東京大学形成外科学講師(当時)の吉村浩太郎博士(現:自治医科大学形成外科教授)によって2006年に開発された方法です。

2015年には第3種再生医療等の治療の認可を受けており、現在までに多数の治療例があります。

最近になって、このCAL法を発展させた、Step-CAL法がセルポートクリニック横浜の辻直子院長によって開発されており、発展がめざましい医療技術になっています。

3. CAL法のメカニズム

皮下脂肪から脂肪細胞群を採取すると、その中には脂肪幹細胞が含まれます。このまま乳房再建のために注入することもできるのですが、先に述べたように様々な理由で定着せずに乳房再建がうまくいかないケースが多々あります。

うまくいかない場合、乳房にしこりなどの固い部分ができてしまったり、でこぼこが出てきたりするので、整形を行う必要、または注入した脂肪を除去する治療が必要になります。

 

注入した細胞が定着すれば、乳房再建がスムーズに行えるのですが、細胞はなかなか定着することが難しいため、思うような治療ができないケースが多発しました。

そこで、脂肪細胞中の脂肪幹細胞を取り出し、注入する細胞群の中の脂肪幹細胞の割合を増やしてみたところ、定着率が良くなることが発見されました。

この方法を応用して開発されたものがCAL法です。

 

CAL法の基本は、脂肪細胞を注入して乳房再建を行う治療方法ですが、脂肪細胞中に、脂肪幹細胞を加え、細胞集団中の脂肪幹細胞の割合を増加させて注入します。

このCAL法ですと、注入した細胞の定着率が高く、治療で目指した大きさ、またはそれに近いサイズに乳房を再現することができます。

 

さらに、シリコンなどを使ったインプラントと比べると乳房本体の形状と柔らかさが回復できるという報告があります。

これは、シリコンなどの人工物ではなく、人間の身体を構成している細胞を使っているので、本来の乳房の状態に非常に近い形で再建できるためです。

 

また、この治療方法は「低侵襲である」ことも注目される1つの理由です。

シリコンインプラントなどの場合は、シリコンバッグを乳房を再建する場所に埋め込むために、切開手術が必要な場合があります。

しかし、CAL法の場合は、脂肪幹細胞を高濃度で含んだ脂肪細胞群を注入するための針の穴だけで治療を行うことができます。

このように、身体を大きく傷つけない、ダメージを与えない方法を「低侵襲」と表現しますが、CAL法はまさに身体に大きな負担をかけない治療方法と言えます。

 

そして、CAL法を発展させた治療方法が、「Step-CAL法」(段階的脂肪由来幹細胞負荷脂肪移植)と呼ばれる方法です。

CAL法を1回行うと、増やせる乳房の体積は片側100 mlから150 mlです。

Step-CAL法の場合は、このCAL法を、3ヶ月から4ヶ月の間隔で複数回行います。

段階的に行うために、Stepという名が与えられているこの方法は、1回の注入ごとに経過を観察し、乳房の形状を見ながら適した量、注入する場所を決めることができるので、時間はかかりますが、乳房再建がうまくいく確率が高い方法です。

 

目安としては、3回のStep-CAL法の治療で、おおよそCカップまで再建が可能です。

それ以上の大きさで再建を目指す場合は、Step-CAL法とインプラント法を併用して行う場合が多く見られます。

4. CAL法の応用

このCAL法は、現在は乳房の再建だけでなく、乳房の形状を整えるための治療、そして乳房以外にも使われています。

交通事故などによる骨折、頭蓋顔面手術の結果起こってしまう変形の中で、骨の修正を必要としないレベルであれば、CAL法によって元の状態に近づけることが可能です。

また、事故による傷害だけでなく、疾患による顔面への影響を修正する場合にも使用が可能です。

進行性顔面片側萎縮症と知られるロンバーグ病は、若い時期から顔面片側の真皮、皮下脂肪が萎縮してしまう疾患です。

場合によっては、骨の輪郭が浮き上がるような状態になる事もあります。

原因はわかっておらず、根治は難しい疾患ですが、顔面の変形が広範囲にわたっていた場合、CAL法によってふっくらとした顔面に改善することが可能です。

 

ロンバーグ病で見られる皮下脂肪の萎縮は、全身性エリテマトーデス、深在性エリテマトーデス、限局性表皮症などの自己免疫疾患でも見られます。

この場合も、ロンバーグ病と同様に、CAL法によって顔面をふっくらとした自然な状態改善することが可能です。

 

乳房再建は、乳がん、事故などによる乳房の損傷、除去によって必要となりますが、胸部の形態に影響を与える疾患もいくつか知られています。

 

先天性の遺伝子疾患で、胸骨、肋骨が陥没するために、胸の中央部にへこみができてしまう疾患があります。

このへこみが漏斗の様である事から、漏斗胸と言われているこの症状は、胸骨翻転術、胸骨拳上術、Nuss法という胸郭形成の手術を行いますが、程度によってはこの手術をせずに、CAL法によって解決できる場合もあります。

また、上記1つの手術行った後に、胸部の形を整えるためにCAL法を使うケースもあります。

この遺伝子疾患はおよそ1000人に1人が発症するという比較的高頻度で見られる疾患です。

 

先天性の遺伝子疾患のうち、CAL法が有効な疾患には、他にはポーランド症候群が挙げられます。

ポーランド症候群は、大胸筋、小胸筋が欠損し、手指の発育に障害が見られます。

女性がこの疾患に罹った場合は、乳房の発育が左右で異なるために、乳房の左右差が現れます。

これらの治療はすでにCAL法を使って行われて実績を挙げています。

 

こういった疾患は女性だけでなく、男性の場合も発症するケースが見られます。

男性の場合でも、CAL法によって胸部の形状を整えたり、再建することが現在では可能になっています。