この記事の概要
  • 歯髄幹細胞は、間葉系幹細胞に分類される
  • 歯髄幹細胞は、拒絶反応が起きづらく、採取しやすい
  • 歯髄幹細胞の研究開発が進めば、幹細胞バンクが実用的になる可能性がある

歯髄とは、歯医者で言われる「歯の神経」に相当する場所です。歯は、歯髄を象牙質が覆い、その外側をエナメル質が覆っています。歯髄がある場所は、歯髄腔と呼ばれています。

その歯髄には幹細胞が存在し、採取の手軽さなどから治療への活用に向けて研究が進んでいます。

この記事では、そんな歯髄幹細胞について解説します。

1. 歯髄での幹細胞の役割

歯髄は、疎繊維性結合組織という組織に分類されます。繊維がまばらで少ない組織ということです。繊維性組織は、コラーゲンから生成される膠原繊維が多い場合は密性結合組織と呼ばれ、少ない場合は疎性結合組織と呼ばれます。つまり、歯髄はコラーゲンが少ない組織といえます。

歯髄は、最表層から象牙芽細胞層、細胞期博層、細胞稠密層(さいぼうちゅうみつそう)、歯髄中心部の4つパーツに大別できます。

歯髄幹細胞の役割は、自己複製をしながら、象牙芽細胞と繊維芽細胞を作り出す事です。象牙芽細胞は歯の象牙質が形成され、繊維芽細胞からは歯髄そのものの組織が形成されます。象牙芽細胞、または繊維芽細胞が必要になると、歯髄幹細胞が2つに分裂し、1つが歯髄幹細胞、1つが象牙芽細胞または繊維芽細胞になります。

臨床的には、歯の摩耗や、歯の削れが刺激となって象牙質の一部が形成される事は知られていました。このような形成を利用して歯科医は古くから治療を行ってきています。これらは、幹細胞という概念がない時代から、歯髄幹細胞の作用を利用して治療を行ったことになります。

歯髄幹細胞は、間葉系幹細胞に分類される幹細胞です。間葉系幹細胞は、骨髄、脂肪、歯根膜、歯髄から採取できます。幹細胞の採取という観点では、骨髄、皮下脂肪からの採取は身体への負荷が伴います。しかし、歯髄幹細胞の場合は、抜歯された歯から採取するため身体への負荷がありません。

歯を抜く、ということは身体に負荷がかかるのではないのか?という疑問を持つ方がいらっしゃるかも知れませんが、いやでも歯が抜けるときが人間にはあります。それは、乳歯が抜けるときです。

乳歯から採取できる間葉系幹細胞は、永久歯から採取する間葉系幹細胞と比べると増殖能力が高く、歯科医院で抜歯しなかった乳歯、つまり自然に脱落した乳歯からでも歯髄幹細胞が採取可能の場合があります。つまり、採取が比較的容易な幹細胞なのです。

大ざっぱな計算ですと、日本中の歯科医院で抜歯される乳歯は、1年間で約20万本です。この本数は、ある観点において非常に重要な数字です。それは、「拒絶反応」についてです。

自分の細胞ではなく、他人の細胞を移植すると、それを異物と認識して攻撃反応が起こります。これはヒト白血球抗原(HLA: Human lymphocyte antigen)の違いによるものです。HLAが自分と一致する確率は、数百から数万人に1人と言われています。

日本中で抜かれている乳歯を集めると、1年間で65種類のHLAタイプが揃う事になります。計算上、65種類あれば、細胞移植が必要な患者の約90%がカバーできると考えられています。

自家細胞移植による治療で拒絶反応を抑制することは、有効な治療手段とされていますが、困難なケースも多いので、こうした同種移植は最近注目されています。ただそのためには、幹細胞を採取する個体が多くないと、多様な型をそろえる事ができません。こういった観点からは、歯髄幹細胞は非常にやりやすい細胞と言えます。

2. 歯髄幹細胞を用いた歯の治療

歯髄幹細胞は、まずは歯の治療に応用する研究から行われています。虫歯が進行した際に、「歯の神経を抜く」つまり歯髄を除去する治療は根管治療として一般的に行われています。

この歯髄を抜いてしまった歯は、割れやすくなるなど脆くなってしまいます。もし歯髄が再生できるのであれば、健康なときの歯に近いレベルまで治療する事ができるかもしれません。

犬の臼歯を使った研究では、歯髄を露出させて歯髄幹細胞を移植すると、移植後6週間ほどで象牙質ができています。また、歯周病の進行抑制には歯髄幹細胞を含む、間葉系幹細胞の移植が有効である事もわかっています。歯周病によって「歯槽骨」と呼ばれる歯の根を支える骨は破壊されてしまいますが、この間葉系幹細胞の移植によって、歯槽骨の破壊が有意に抑制されました。

また、細胞治療という方向ですと、歯髄幹細胞のような間葉系幹細胞は多様な成長因子を分泌するので、これを利用した治療が考えられています。移植した間葉系幹細胞が分泌するこれらの成長因子が、本来存在する間葉系幹細胞を刺激して、組織が再生するケースもあります。

この治療法は、炎症性の疾患に効果があると考えられています。炎症による疾患は、疾患の多くを占める事から、この細胞治療は大きな期待が寄せられています。

3. 歯髄幹細胞の応用

さらに歯髄幹細胞は、脊髄損傷の治療に対しても大きな期待が寄せられています。動物実験においては、脊髄損傷直後に歯髄幹細胞を損傷部位に直接投与すると、運動機能の一部が、悪化抑制されました。

脊髄損傷した直後に患者から、歯髄幹細胞を採取して培養して増殖させ、患部に投与できれば、運動機能の悪化抑制、改善が期待できます。脊髄損傷から2週間は急性期、それ以降は慢性期とされています。

慢性期になると、炎症の範囲の拡大、組織の破壊も進行し、幹細胞による治療の効果が期待できなくなります。例えば、脊髄損傷が起きた時点で間葉系幹細胞を採取し、2週間ほど培養して点滴で患者の体内に戻すという治験は現在行われています。

この場合、培養によって細胞を増やさなければなりません。歯髄幹細胞の採取は、身体への負荷が低いのですが、一気に多くの細胞採取は期待できません。しかし歯髄幹細胞の長所は、負荷が低い、かつ多くの人から集めやすいので、様々なタイプの型を準備できる事です。

予めそれらの細胞を増殖させて保存しておき、脊髄損傷が起きたらすぐに点滴によって投与すれば、2週間の培養期間を挟んで投与するよりも治療効果が期待できます。

4. 歯髄幹細胞の大きな利点

歯髄幹細胞は他の幹細胞と比べて大きな利点があります。それは先に述べたように、歯髄幹細胞の採取がやりやすい、という点が最初に挙げられます。

骨髄液の採取などの場合は提供者に大きな身体的負担、入院などの時間的負担を与えます。しかし歯髄幹細胞の採取は、抜けた乳歯から採取ができますし、永久歯を抜歯したときにも採取ができます。つまり侵襲性が低く、提供者にその意志があれば、容易に採取できるという事です。

そして自家移植できない場合でも、拒絶反応を避けやすい、が次に挙げられます。最初の点で、歯髄幹細胞は集めやすい事を挙げました。これはつまり、多くの人から歯髄幹細胞を集めるという事です。ドナーの人数が増えれば、HLAが一致する確率も高くなります。

このHLAの違いが拒絶反応の原因ですので、おなじ型のHLAが提供者である歯髄幹細胞を使えば、拒絶反応を抑制する事ができます。

5. まとめ

歯髄幹細胞は、必要なときに集めるのではなく、予め多くの人から集めておき、培養して増殖できます。この増殖した歯髄幹細胞を保存し、ドナーのHLAをデータベースに登録しておきます。こうしておけば、幹細胞が必要な患者が出た場合、その患者のHLAを調べ、適合した歯髄幹細胞を使って治療すれば、脊髄損傷のケースなどでは、すぐに治療ができ、効果が期待できます。幹細胞バンク、と呼ぶものができるとすれば、歯髄幹細胞を使った幹細胞バンクはかなり実用的なバンクになる可能性があります

歯髄幹細胞は、治療において2つの面を持っています。1つ目は歯科治療における、従来の治療方法に使われていた材料を歯髄幹細胞に置き換えることができるという面です。歯髄を除去した歯は劣化を免れませんが、歯髄幹細胞を用いた治療を行う事で、その劣化を防ぐ事ができます。

2つ目は、再生医療における、これまでに治療方法がなかった医療について治療方法を開発するという点です。これはiPS細胞、ES細胞と共に、今後分化誘導の方法などを開発し、ターゲットとなる細胞に分化させる方法の開発が必要です。

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