iPS細胞を使い免疫拒絶回避を研究
2024年3月21日〜23日に行われた第23回日本再生医療学会総会において、3月22日に「遺伝子治療と再生医療の開発・最前線」というシンポジウムが開催されました。
このシンポジウムで順天堂大学大学院医学研究科血液内科学教室・血液学講座の安藤美樹主任教授は、「子宮頸がんに対するiPSC由来次世代T細胞療法の医師主導臨床試験」と題して講演しました。
この講演は、子宮頸がんに対する、ヒトパピローマウイルス(HPV)抗原特異的キラーT細胞の開発について、ゲノム編集を活用した最新動向が発表されました。
この講演は、「iPSC-derived hypoimmunogenic tissue resident memory T cells mediate robust anti-tumor activity against cervical cancer(日本語訳:iPS細胞由来レジデントメモリーT細胞の子宮頸がんに対する強力な抗腫瘍効果)」というタイトルで、Cell系の学術雑誌「Cell Reports Medicine」のオンライン版で2023年12月12日付け(米国東部時間)で先行公開された論文をベースにしています。
この論文は、順天堂大学大学院医学研究科 血液内科学の古川芳樹大学院生、石井翠助教、安藤美樹教授、細胞療法・輸血学の安藤純教授、産婦人科学の寺尾泰久教授、およびスタンフォード大学医学部幹細胞生物学・再生医療研究所の中内啓光教授らの共同研究グループによって行われた研究成果によって書かれています。
この研究成果のポイントは、
- 健常人由来iPS細胞をゲノム編集することで、同種免疫反応を軽減したCTLの作製に成功した。
- そのiPS細胞由来CTLは豊富に組織レジデントメモリーT細胞を含むため、もとのCTLと比較して、より強力に子宮頸がんを抑制できることを発見した。
この2点です。
研究の背景
子宮頸がんは、ヒトパピローマウイルス感染が原因で発症することが知られています。
先進国ではワクチンの普及により患者数、死亡率ともに減少している中、日本ではワクチン接種が誤った報道によって遅れ、年間1万人以上の患者が新たに子宮頸がんと診断され、約3,000人が死亡するという状況になっています。
前述した報道によって国内では子宮頸がんワクチン接種率は低迷し、現在でも依然として15%以下と低迷しています。
特に20-30歳代における子宮頸がん発症数増加は特に深刻な問題です。
子宮頸がんはマザーキラーと呼ばれ、結婚、妊娠、子育て世代の若い女性の場合、その進行は極めて速く予後不良であるため、有効な新規治療法開発が求められています。
安藤教授らのグループは、2020年に子宮頸がんに対するiPSC由来HPV抗原特異的CTL(HPV-CTL)の開発に成功し、その持続的で強力な抗腫瘍効果を証明しました。
しかし、抗がん剤治療中の子宮頸がん患者血液からのCTL作製は難しく、また時間がかかり、さらに作製には高額なコストがかかることが実用化に向けた課題です。
一方で、健常人のCTLから樹立した他家iPS細胞を用いると上記の問題は解決しますが、患者免疫細胞からの同種免疫反応が起こり、抗腫瘍効果が減弱することが問題でした。
これらを背景に、研究グループはCRISPR/Cas9技術を用い、HLAクラスIをゲノム編集した健常人由来他家HPV-CTLの開発を試みました。
まず、この研究を理解するための用語を整理しましょう。
子宮頸がんの原因ウイルスとされているのは、ヒトパピローマウイルス (Human papilloma virus: HPV)です。
子宮頸がんの原因ウイルスであり、HPV感染後、多くは自然にウイルスが排除されるが排除されなかった場合、前がん状態を経て子宮頸がんを発症します。
抗原特異的細胞傷害性T細胞 (Antigen-specific cytotoxic T lymphocytes: CTL)は、免疫細胞であるTリンパ球の中でも、ウイルス抗原や腫瘍抗原を認識し、異常細胞を攻撃するリンパ球です。
この細胞、CTLをiPS細胞から人工的に作製したものが、iPS細胞由来CTL、抗原特異的CTLです。
患者のCTL のうち、HPV感染腫瘍に反応する末梢血中のHPV抗原特異性をもつCTLを使ってiPS細胞を作製後、そのiPS細胞を再びT細胞に分化させることにより、腫瘍を攻撃する若いCTLを無限に供給することが可能になります。
CRISPR/Cas9技術は比較的新しい技術で、オフターゲット作用と密接な関連があり、部位特異的ヌクレアーゼを使った簡便な遺伝子改変ツールです。
まず、DNAの二本鎖切断を介して修復機構を利用することによりゲノムの特定の場所を削除、置換、挿入することが可能とされています。
しかしながら、通常の標的以外の場所で遺伝子切断が発生することがあり、それをオフターゲット作用と呼んでいます。
HLA (Human Leukocyte Antigen)は拒絶反応において重要な役割を果たします。
ヒト白血球抗原と言われる白血球型であり、免疫系で「自己」を「他者」と区別する役割を果たします。
シングルセル解析は、以前は複数の細胞を使って解析しなければならなかった研究を、1つの細胞のみを解析することを可能にすることによって医学研究を大きく発展させた実験手法です。
1つの細胞からRNA情報を取得し、個別の細胞の遺伝子発現パターンを詳細に調査する次世代シーケンシング解析を使って特定します。
研究の詳細
この研究では、健康な人から樹立したiPS細胞にゲノム編集を行うことで、そのiPS細胞から作製したヒトパピローマウイルス特異的細胞傷害性T細胞(CTL)が、患者の免疫細胞から拒絶されずに子宮頸がんを強力に抑制できることを明らかにしました。
さらに、そのiPS細胞由来CTL*3が大量の組織レジデントメモリーT細胞*4を含むために高い細胞傷害活性を持ち、難治性子宮頸がんに対して、有望な新規治療法となりうる可能性が示されました。
この研究をベースにして、研究グループは子宮頸がんを対象としたiPS細胞由来CTL療法の医師主導治験を来夏にも開始する予定です。
研究の手順は、まずHPV-CTLを健常人の末梢血より誘導後、iPS細胞を樹立します。
続いて、患者免疫細胞から攻撃されないようにするために、iPS細胞のHLAクラスⅠ抗原をゲノム編集しました。
ゲノム編集は、臨床で用いる細胞を作製するため安全面に配慮しなければならないため、オフターゲット作用が少ないCRISPR/Cas9 二段階編集法を用いています。
ゲノム編集は、第1段階でHLAクラスⅠ分子の存在に重要なB2M遺伝子をノックアウトしてHLAクラスⅠ抗原の発現を消失させます。
この処理によって患者免疫T細胞から攻撃されないようになります。
しかしこれだけでは患者NK細胞(ナチュラル・キラー細胞)はHLAクラスⅠ抗原の発現のない細胞を攻撃するため、第2段階として次に攻撃を回避できるようにいくつかのクラスⅠ分子を強制的に発現させました。
NK細胞と抑制性の結合をすることで知られるHLA-EとHLA-A24の両分子を発現させることで、NK細胞の攻撃を抑制が可能になります。
そしてゲノム編集したiPS細胞からCTLを分化誘導すると、iPS細胞由来HPV-CTLはT細胞に拒絶されず、NK細胞からの攻撃も回避できることが同種免疫反応の解析によって明らかになりました。
さらに、ゲノム編集したことで子宮頸がんに対する抗腫瘍効果が軽減しないことも明らかになり、ゲノム編集したiPS細胞由来HPV-CTLは編集の有無に関わらず、強力に子宮頸がんの増殖を有効に抑制できることが確認されました。
そしてにシングルセル解析によって、もともと同じT細胞受容体配列を持つCTLであるにも関わらず、なぜiPS細胞由来HPV-CTLでは細胞傷害活性が増強するのかも明らかになっています。
iPS細胞由来HPV-CTLは末梢血由来HPV-CTLに比較して細胞傷害活性に関する遺伝子(IFNG, PRF1, GZMB)および、組織レジデントメモリーT細胞に関係する遺伝子(ITGAE, CD69, TGFBR1)の発現レベルが有意に高く、フローサイトメトリーによる解析でも、iPS細胞由来HPV-CTLでは組織レジデントメモリーT細胞を豊富に含むことがこの理由と予想されます。
この研究は、iPS細胞技術とゲノム編集技術を用いて、健常人由来iPS細胞から患者免疫細胞の攻撃を回避できるHPV-CTLの作製に成功したことが研究成果の一つです。
さらに作製したHPV-CTLは組織レジデントメモリーT細胞を豊富に含む結果、子宮頸がんに対して強力な細胞傷害活性をもたらすことが明らかになり、本研究はHPV-CTLは子宮頸がんに対する画期的な新規治療となりうることを示唆したものとなりました。
研究グループは、重症患者にも迅速に投与できる“off-the-shelf” T細胞療法と呼ばれる治療方法を目指しています。
ゲノム編集した臨床用iPS細胞を作製し、さらに安全性を十分に確認の後、この臨床用iPS細胞を増幅して凍結保存することで、すでにマスターセルバンクを作製しています。
次の段階で始まる子宮頸がんに対する本治療の医師主導治験によって、マザーキラーである子宮頸がんの克服に向けた大きな一歩が踏み出されると期待されています。