産学連携とAIで新プロジェクトスタート
次世代型ヒト乳歯歯髄幹細胞(SHED)の臨床応用拡大に向けた研究開発が、産学連携による新たな枠組みとして本格的に始動しました。
2024年、AI創薬支援分野の先端企業である株式会社FRONTEOと、再生医療分野においてSHEDの研究開発および事業化を推進している株式会社S-Quatreは、次世代型(機能強化型)SHEDを対象とした新規適応症探索のための共創プロジェクトの開始を発表しました。
本プロジェクトでは、S-Quatreが独自技術により機能強化を図ったSHEDを研究対象とし、FRONTEOが提供するAI創薬支援サービス「Drug Discovery AI Factory(DDAIF)」を活用することで、従来の探索手法では見出しにくかった疾患領域を含め、幅広い適応可能性を体系的に検討していきます。
FRONTEOは、自然言語処理AI「KIBIT」を中核に据えた独自の解析基盤を有し、疾患関連遺伝子ネットワーク解析、標的分子候補の抽出、ならびに膨大な学術文献や公開データを横断的に解析することで仮説を構築するAI創薬支援のリーディングカンパニーです。
「DDAIF」は、これらの技術と創薬分野に精通した専門家の知見を組み合わせ、研究者の意思決定を支援する実践的なプラットフォームとして活用されています。
一方、S-Quatreは、ヒト乳歯由来歯髄幹細胞であるSHEDを中核技術とし、細胞機能強化技術の開発、細胞品質管理体制の確立、ならびに臨床応用に向けた適応症拡大研究を推進しています。
SHEDは、ドナーが小児であるため細胞老化が極めて少なく、増殖能が高いとともに、神経・骨形成および免疫調節に関与する因子の分泌能に優れる点が特徴です。
これらの特性により、従来の間葉系幹細胞、ES細胞、iPS細胞とは異なる独自の生物学的価値を有する細胞ソースとして、再生医療および細胞治療分野における新たな可能性が期待されています。
本共創プロジェクトは、S-Quatreの細胞技術とFRONTEOのAI解析プラットフォームを融合させることで、SHEDの未開拓な疾患適応領域を科学的根拠に基づき探索・仮説化し、将来的な新規治療法創出につなげていくことを目的としています。
次世代型ヒト乳歯歯髄幹細胞(SHED)とは何か
今回のニュースの中心となっているのが、「次世代型ヒト乳歯歯髄幹細胞(SHED: Stem cells from Human Exfoliated Deciduous teeth)」です。
SHEDとは、乳歯の内部に存在する歯髄組織から分離される幹細胞であり、いわゆる「間葉系幹細胞(MSC: Mesenchymal stem cell)」の一種に分類されます。
従来、歯髄幹細胞としては永久歯由来のDPSC(Dental Pulp Stem Cells)が主に研究対象となってきましたが、近年は乳歯由来のSHEDが別の特性を持つ細胞集団として注目されるようになりました。
SHEDの最大の特徴は、その由来年齢の若さにあります。乳歯のドナーとなるのは学童期の子どもであり、細胞自体がまだ発生学的に未熟で活性の高い状態にあるため、成体組織由来の幹細胞と比較して、増殖能が非常に高く、分化多様性にも富むとされています。
増殖能が高いということは、同一ドナー由来の細胞から大量の細胞製剤を製造しやすいことを意味し、これは実用的な細胞治療を進めるうえで重要な要素になります。
さらにSHEDは、神経系、骨系、血管系などへの分化潜在能が高いことが報告されており、神経成長因子(NGF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、骨形成因子(BMP)、血管新生を促進するVEGFなど、多様な成長因子、サイトカインを産生できる点が特徴的です。
これらの因子群により、SHEDは単に「組織に置き換わる細胞」として働くだけでなく、周囲の組織再生を促進するパラクライン効果(傍分泌効果)を通じて治癒を加速させると考えられています。
FRONTEOとS-Quatreの企業的役割
本プロジェクトでは、S-Quatre社が次世代型SHEDの開発主体、FRONTEO社がAIによる適応症探索支援を担う役割分担となっています。
S-Quatreは、再生医療・細胞治療にフォーカスしたバイオ企業で、歯髄幹細胞などを用いた治療法の研究・開発を進めている企業です。
幹細胞バンク事業や細胞製剤化のノウハウを蓄積していることが特徴で、安全性や品質管理を担保しつつ、臨床応用を目指した研究体制を構築していると考えられます。
一方のFRONTEOは、法律・医薬・知財などの自然言語処理AI分野で実績を積んできた企業であり、独自AI「KIBIT」を核として、近年は創薬支援AI事業を積極的に拡張しています。
特に「Drug Discovery AI Factory(DDAIF)」は、膨大な論文、特許、臨床研究データ、データベース情報の自然言語解析を行い、疾患と遺伝子、分子標的、細胞機能などの関連性をネットワーク構造として整理・可視化し、研究仮説を導出する支援プラットフォームです。
創薬においてAIを用いる最大の意義は、探索空間の拡張とバイアス低減にあります。研究者は絶えず限られた仮説空間で研究を進めがちであり、これまでの知見に基づく「見慣れた疾患領域」や「実績ある標的」に集中する傾向があります。
しかしAIは、既存の常識的枠組みを超えて文献全体を俯瞰的に解析できるため、人間研究者が思いつきにくい新しい疾患領域やメカニズム仮説の提示が可能となります。
FRONTEOは、単なるデータ解析業者ではなく、AIの解析結果を創薬専門スタッフが読み解き、実験検証に耐えうる仮説として再構築する点に強みを持っています。そのため、本プロジェクトにおいても、「AIが疾患候補を提示→研究者が実装可能な検証プランに落とし込む→S-Quatreが非臨床評価を行う」という実践的な研究スキームが想定されます。
Drug Discovery AI Factory(DDAIF)の役割と仕組み
DDAIFは、単なるデータマイニングツールではなく、自然言語処理を基盤とした仮説構築支援プラットフォームです。
具体的には、膨大な医学・薬学・生物学文献群、特許・学会抄録などをAIが自動的に読み込み、「遺伝子Aは疾患Xに関与」「細胞機能Bは炎症反応に寄与」「成長因子Cは神経再生を促進」といった情報を構造化してネットワーク化します。その上で、標的分子と細胞機能の間をつなぐ経路を解析し、「この細胞がこのサイトカインを産生するなら、疾患Yにも効果が及ぶ可能性がある」といった新タイプの疾患適応候補仮説を提示します。
今回のSHEDプロジェクトにおいては、以下のようなプロセスが想定されます。
第一に、SHEDが持つ既知のバイオロジカル特性、すなわち神経再生促進、炎症抑制、血管新生促進などに関わる分子シグナルを網羅的に整理します。
第二に、それらの分子ネットワークが関与する疾患群を機械的に照合し、既存の想定適応症(例:脳梗塞後遺症、脊髄損傷など)以外に効果が及ぶ可能性のある疾患を広く列挙します。
第三に、それら候補の中から、臨床的意義、市場性、治療ニーズ、製剤実装の現実性などを勘案し、S-Quatre側が実験検証に進める優先順位付けを行うという流れです。
この枠組みにより、研究初期段階でありがちな「手探り型の試行錯誤」を減らし、系統的かつ効率的に適応症探索を進めることが可能になります。
また、「細胞治療×AI」という新しい組み合わせにより、従来のターゲット分子創薬とは全く異なる価値創出モデルを提示している点が、本プロジェクトの特徴です。
再生医療におけるAI共創モデルの意義
今回のプロジェクトは、単に一つの細胞治療品目の適応拡張を目指すだけでなく、再生医療全体における研究開発モデルそのものを更新する可能性を持っています。
従来の再生医療研究は、基礎研究者の発想や個別専門領域の経験に強く依存しており、適応症探索は「臨床医のニーズ」や「既存文献の延長線」に基づいて進められてきました。
このやり方では、科学的に意味はあっても、探索の範囲が想定以上に狭くなりがちでした。
AI創薬支援の導入は、この限界を打破する手段となります。
AIは、研究者が読み切れない数万、数十万件の文献や特許情報を瞬時に処理し、分野横断的な新規関連性を提示できます。
これにより、「まったく想定していなかった疾患との関係性」や、「異分野研究から導かれる新たな応用ヒント」が見いだされます。
また、AIが仮説生成を担当し、人間研究者が評価と実証を担当する共創モデルは、研究効率の飛躍的向上にも寄与します。
これまで数年単位で進めていた探索研究を、仮説生成フェーズだけで見れば数週間から数か月で完了できる可能性が出てきます。
これは、開発コストの削減はもちろん、アンメットメディカルニーズへの迅速な対応にもつながります。
再生医療とAIは、それぞれ「実証に時間がかかる分野」「仮説生成に強い分野」であり、その組み合わせは極めて補完的です。本プロジェクトは、日本発のこの新しい共同開発モデルを示す、象徴的な事例として位置づけられます。
本プロジェクトがもたらす将来展望
今回の取り組みが成功すれば、SHEDを基盤とした細胞治療は、特定疾患向けのニッチ製剤ではなく、多疾患横断型プラットフォーム治療として発展する可能性があります。
これは、細胞製剤を単一適応症ごとに開発する従来型の医薬品モデルとは異なり、「同じ細胞種を複数疾患に応用する」ことで、製造基盤を共通化しながら適応症を水平展開していくという新たなビジネスモデルを意味します。
また、乳歯という倫理的・社会的ハードルの低い細胞ソースを基盤とすることは、一般市民の再生医療に対する受容性を高める効果も期待されます。
ES細胞のような倫理問題を内包せず、iPS細胞のように作製コスト・品質管理の難易度が極端に高いわけでもないSHEDは、「一般化可能な再生医療」の中核技術となり得ます。
さらに、このプロジェクトが成功事例となれば、FRONTEOのAI創薬支援モデルは再生医療分野全体へ横展開され、ほかの幹細胞治療品や遺伝子治療技術との共創も進む可能性があります。
ひいては、日本国内におけるAI×再生医療の技術集積が進み、国際競争力向上につながるでしょう。
このプロジェクトは、一企業同士の共同研究という枠を超え、再生医療の探索研究手法そのものを革新する第一歩と評価できます。
乳歯歯髄幹細胞というユニークな素材、AI創薬支援という先端技術、それらを橋渡しする実験・臨床基盤の融合によって、日本発の新たな細胞治療プラットフォームが形成される可能性が模索され始めています。
参考文献・参考サイト
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https://stemcellres.biomedcentral.com/articles/10.1186/s13287-023-03357-w (SpringerLink)
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