多発性硬化症とは、神経の通り道に炎症が起こる病気
多発性硬化症は、脳、脊髄、視神経などの中枢神経に炎症が起こり、神経を包むミエリンという膜が壊される病気です。ミエリンは電線を覆うカバーのような役割を持ち、ここが傷つくと、視力障害、しびれ、筋力低下、ふらつき、排尿障害などが起こることがあります。難病情報センターでは、時間的・空間的に病変が多発する炎症性脱髄疾患と説明されています。
発症の仕組みはまだ完全には解明されていません。ただし、病巣にはリンパ球やマクロファージが入り込んでおり、自己免疫の仕組みを介した炎症によって脱髄が起こると考えられています。遺伝要因や環境因子の関与も指摘されていますが、ひとつの原因で説明できる病気ではありません。
MSは若年成人に多く、平均発病年齢は30歳前後、女性に多いことも知られています。令和6年度末時点の特定医療費受給者証所持者数は、「多発性硬化症/視神経脊髄炎」として25,203人です。制度上は視神経脊髄炎も同じ指定難病番号13に含まれますが、本記事では多発性硬化症に焦点を当てて解説します。
標準治療は、再発を抑え生活機能を守るために進化してきた
多発性硬化症の治療は、大きく急性増悪期の治療、再発予防・進行抑制の治療、対症療法、リハビリテーションに分かれます。急性増悪期には、炎症を早く抑える目的でステロイド大量点滴静注療法が行われます。十分な改善が得られない場合などには、血漿浄化療法が検討されることもあります。
再発予防と進行抑制には、疾患修飾薬と呼ばれる薬剤が使われます。日本で認可されている薬剤として、インターフェロンβ、フィンゴリモド、ナタリズマブ、グラチラマー酢酸塩、フマル酸ジメチル、シポニモド、オファツムマブが難病情報センターに記載されています。これらは症状を一時的に抑えるだけでなく、再発頻度やMRIで見える病変活動性、身体障害の進行を抑えることを目的とした治療です。
一方で、治療効果は患者さんごとに異なります。MIST試験の背景では、疾患修飾薬を用いても、NEDAと呼ばれる「再発・進行・新規または拡大MRI病変がない状態」は、2年後で30〜50%、4年後で約18%と記載されています。標準治療は大きく進歩してきましたが、再発を完全に避けられるわけではなく、長期的な病勢管理が重要です。
既存治療の限界は、進行型と治療抵抗例に表れやすい
多発性硬化症では、再発と寛解を繰り返す再発寛解型から始まるケースが多い一方で、時間の経過とともに障害が残りやすくなることがあります。再発を抑える治療が効いていても、神経の損傷や脳萎縮、歩行機能の低下が進むケースでは、患者さん本人の生活に大きな影響が出ます。
疾患修飾薬には、それぞれ感染症、肝機能障害、リンパ球減少、注射部位反応、PMLなどのリスクがあります。特にナタリズマブに関連するPMLについては、PMDAの重篤副作用疾患別対応マニュアルでも注意喚起されています。薬剤選択では、効果だけでなく、妊娠・授乳、仕事、通院頻度、感染症リスクなどを含めた総合判断が必要です。
このような背景から、既存治療で十分に抑えられない高活動性の再発型MSや、進行型MSに対して、新しい治療戦略が研究されています。その一つが幹細胞治療です。ただし、幹細胞治療は標準治療の代わりに安易に選ぶものではなく、現在の治療でどこまで病勢が抑えられているかを見極めたうえで、研究段階の選択肢として慎重に扱う必要があります。
幹細胞治療が注目される理由は、免疫の再構築と細胞間メッセージにある
多発性硬化症で最も研究が進んでいる幹細胞治療の一つが、自家造血幹細胞移植です。これは、患者さん自身の造血幹細胞を採取し、強い免疫抑制治療のあとに戻すことで、自己免疫の偏りを持つ免疫系を作り直すことを狙う治療です。JAMAに掲載されたMIST試験では、高活動性の再発寛解型MSに対して、疾患修飾薬との比較が行われました。
もう一つの研究領域が、間葉系幹細胞です。MSCは、神経に直接置き換わるというより、炎症の場で免疫反応を調整し、神経保護や修復を支える物質を出す可能性が研究されています。近年は、MSCが放出するエクソソームにも注目が集まっています。エクソソームは小さな袋状の構造で、タンパク質や核酸を運び、細胞どうしの情報伝達に関わるとされています。
ここで重要になるのが、mRNAとmiRNAです。mRNAは、タンパク質を作るための設計図のような分子です。miRNAは、そのmRNAの働きを調整し、炎症性サイトカインなどの産生に影響することがあります。多発性硬化症では、miRNAの発現異常やエクソソームを介した情報伝達が、免疫反応やミエリン修復に関わる可能性が研究されています。ただし、mRNAやmiRNAを使った幹細胞治療が臨床で確立したわけではなく、現時点では主に前臨床・探索的研究の段階です。
臨床試験では、有望な結果と慎重に見るべき結果が並んでいる
自家造血幹細胞移植については、MIST試験が重要な臨床データです。この試験では、110例の再発寛解型MS患者が、自家造血幹細胞移植群と疾患修飾薬群に分けられました。疾患進行は移植群で3例、疾患修飾薬群で34例と報告され、移植群で進行までの時間が有意に延長しました。死亡例はなく、移植群で非造血器系グレード4毒性は確認されなかったとされています。
ただし、この結果だけで、すべてのMS患者さんに適した治療とはいえません。MIST試験は高活動性の再発寛解型MSを対象としており、進行型MSや病勢が落ち着いた患者さんにそのまま当てはめることはできません。現在は、BEAT-MSという第III相試験で、AHSCTと最良利用可能治療を比較する研究が進められています。
MSC関連では、進行型MSに対するMSC由来神経前駆細胞の第II相試験が報告されています。54例を対象にした試験では、主要評価項目であるEDSS Plus改善はMSC-NP群33%、生理食塩水群37%で差がありませんでした。一方、歩行補助を要する一部の患者群では歩行指標の探索的改善が報告されました。これは期待を示す一方で、主要評価項目が達成されなかった点も同時に確認すべき結果です。
期待される効果は大きいが、未確定の部分も多い
幹細胞治療に期待されているのは、再発や炎症を抑えること、免疫バランスを整えること、神経保護や修復を支えることです。自家造血幹細胞移植では、免疫系を再構築するという考え方が中心です。MSCやMSC由来エクソソームでは、炎症性細胞の働きを調整し、ミクログリアやT細胞、マクロファージの反応を変える可能性が研究されています。
一方で、残された課題も多くあります。自家造血幹細胞移植は身体への負担が大きく、強い免疫抑制を伴うため、感染症や合併症への厳密な管理が必要です。MSC治療では、細胞の由来、投与経路、投与量、投与回数、対象となる病型が研究ごとに異なり、結果を比較しにくいという問題があります。
mRNAやmiRNAを含むエクソソーム研究も、分子レベルでは重要な手がかりを示しています。しかし、どのmRNA経路やmiRNAを調整すれば、どの患者さんで臨床的な改善につながるのかは、まだ確定していません。したがって、現時点では「治療効果が期待される研究領域」と「標準治療として使える段階」を分けて理解することが大切です。
本記事で紹介する幹細胞治療の多くは現在研究段階にあり、すべての患者さんに同様の効果が確認されているわけではありません。実際の治療選択にあたっては、必ず主治医にご相談ください。
未来展望は、標準治療を土台に研究を積み重ねることから始まる
多発性硬化症の治療は、疾患修飾薬の登場によって大きく変わりました。再発を減らし、MRI病変を抑え、障害の進行を遅らせるという考え方が治療の中心になっています。現在はさらに、患者さんごとの病勢や生活背景に合わせて、より早く、より適切に治療を選ぶ時代に進んでいます。
幹細胞治療は、その流れの中で研究されている新しい選択肢です。自家造血幹細胞移植は、治療抵抗性で高活動性の再発型MSに対し、国際的な臨床試験で検証が進んでいます。MSCやエクソソーム、miRNA研究は、進行型MSの神経保護や修復という難しい課題に向き合う研究として注目されています。
国内でも、慶應義塾大学の神経難病iPS細胞研究センターが、多発性硬化症などの神経免疫疾患を対象に、患者由来iPS細胞の樹立や神経細胞・グリア細胞への分化誘導を進める計画を示しています。iPS細胞は、現時点でMSへの移植治療として確立しているわけではありませんが、病態解明や創薬研究の土台として重要な役割を持つ可能性があります。
患者さんにとって大切なのは、希望を持ちながら、未確立の治療を過大評価しないことです。まずは主治医と標準治療を継続し、研究段階の治療については、臨床試験の段階、対象患者、安全性、費用、国内承認状況を一つずつ確認することが、将来の選択肢を冷静に考える第一歩になります。
[出典]
- 難病情報センター:多発性硬化症/視神経脊髄炎(指定難病13)
- 厚生労働省:令和8年4月時点の指定難病一覧
- 難病情報センター:令和6年度末 特定医療費(指定難病)受給者証所持者数
- 日本神経学会:多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドライン2023
- PMDA:新再生医療等製品の承認品目一覧
- ClinicalTrials.gov:NCT00273364、NCT04047628、NCT03355365
- Burt RK et al. JAMA. 2019. DOI: 10.1001/jama.2018.18743
- Harris VK et al. Stem Cell Research & Therapy. 2024. DOI: 10.1186/s13287-024-03765-6
- Tahmasebi F et al. Cellular and Molecular Neurobiology. 2024. DOI: 10.1007/s10571-024-01478-1
- Islam MA et al. Journal of Clinical Medicine. 2023. DOI: 10.3390/jcm12196311
- Kråkenes T et al. International Journal of Molecular Sciences. 2024. DOI: 10.3390/ijms251910292


