間葉系幹細胞、ヒューマンライフコードやPuRECが臨床開発を実施中

目次

1. 間葉系幹細胞とは?

ヒトの身体を作る過程で、細胞は大まかに内胚葉、中胚葉、外胚葉の3つに分かれます。

このうち、中胚葉性組織を間葉と呼び、これらから由来する体性幹細胞を間葉系幹細胞(MSC:Mesenchymal stem cell)といいます。

間葉系幹細胞は、間葉系に属する細胞への分化能力を持ちますが、再生医療においては非常に便利な幹細胞として認識されています。

この間葉系幹細胞のうち、骨髄に存在するものを骨髄間質細胞(骨髄間葉系幹細胞)と呼ぶ場合があり、骨髄間質細胞は、間葉系に属する細胞、骨細胞、心筋細胞、軟骨細胞、腱細胞、脂肪細胞など、非常に多様な細胞に分化することができます。

ここ最近の研究で、この骨髄間質細胞は、外胚葉由来のグリア細胞、内胚葉由来の肝臓細胞などの中胚葉性でない組織、細胞に分化することもできることが明らかになっています。

間葉系幹細胞は、再生医療においては非常に重要かつ便利な幹細胞で、免疫調節機能、抗炎症機能などの多様な機能を持っています。

このため、様々な疾患の治療に使うための研究が進められており、新型コロナ感染症(COVID-19)に感染した時の治療に使えるのではないかと研究が始まっています。

実際、間葉系幹細胞由来の製品は、すでに実用化されているものもあります。

多くの企業が間葉系幹細胞由来の製品開発をしていますが、ここでは臨床開発に力を入れているヒューマンライフコードとPuRECについて解説します。

2. ヒューマンライフコード、PuRECとはどういう企業か?

ヒューマンライフコードは、2017年に設立された細胞医療に特化された企業です。

名古屋大学医学部発のベンチャー企業であり、名古屋大学大学院医学研究科老年科学研究室にヒューマンライフコード応用細胞医療学講座を持っています。

再生医療等製品及び医療機器の研究開発・製造・販売を事業内容としており、名古屋大学医学部の他にも、東京大学医科学研究所、関西医科大学付属病院といったアカデミア機関と連携しています。

ヒューマンライフコードでは、臍帯由来間葉系幹細胞を主力にして、急性移植片対宿主病、急性呼吸窮迫症候群、血球貪食症候群、急性放射線障害、新生児慢性肺疾患、サルコベニアをターゲットの疾患としています。

PuRECは、島根大学医学部発のベンチャー企業で、取締役兼CSOには、島根大学医学部生命科学講座教授の松崎有未博士が就いています。

設立は2016年で、国立研究開発法人日本医療研究機構(AMED)の研究助成などによって業績を挙げています。

PuRECでは、純度の高い間葉系幹細胞を作ることを主にして、高純度間葉系幹細胞の開発に力を入れています。

高純度幹細胞によって、以下に挙げる事柄を実現可能にすることが、PuRECの目的です。

  1. 増殖性:身分化生を損なわずに自己増殖する能力
  2. 分化能:多様な細胞に分化誘導されるための能力
  3. 遊走性:体内を循環した際に、適切な場所に移動、生着する能力
  4. 用途:骨疾患、免疫疾患、慢性的な炎症性疾患の治癒に有用である事
  5. 移植方法:従来の局所移入だけでなく全身性移入が可能

ここで、着目すべきは5の移植方法と3の遊走性です。

移植方法の全身性移入は、静脈注射、点滴などで行われる方法で、注入された幹細胞は血流に乗って全身を循環し、目的の場所に生着します。

この治療方法は、3に示された幹細胞の遊走性が必須です。

例えば、幹細胞からある程度分化誘導して前駆細胞の状態で注入した場合、その前駆細胞が本来自分がいるべき場所に向かって生着しようとするかどうかが移植成功のカギになります。

3. なぜ間葉系幹細胞なのか?

間葉系幹細胞は、皮下脂肪などからの採取が可能なため、細胞採取に伴う倫理的な問題が少ない幹細胞です。

また、臍帯、歯髄などからも採取が可能であり、出産時、または抜歯時に臍帯、歯から幹細胞として採取することも可能です。

さらに間葉系幹細胞は、骨、軟骨、腱、脂肪などへの多種多様な分化能力を持つため、造血幹細胞と共に、組織幹細胞として臨床応用までの道のりが比較的短いのではないかと期待されています。

間葉系幹細胞を含む細胞群の採取から、幹細胞保分離は比較的容易な手技なので、高度な技術と専門性をもつ人材ばかりでなくても、供給組織の構築が可能です。

現在の臨床研究では、試験管内で間葉系幹細胞を軟骨や骨に分化誘導し、その後に局所に移植する方法が採用されています。

PuRECが目指す全身性移植は、このステップも容易な手技でできるようにするための開発目標です。

すでに局所移植方法を使って、バイオマテリアルの材料として広く使われている間葉系幹細胞ですが、アメリカではすでに300件以上の臨床試験が行われています。

このような治療に使われる間葉系幹細胞は、現在流通しているものをみると、ほとんどが骨髄単核細胞を採取し、2週間から3週間培養します。

この期間培養すると、繊維芽細胞様のコロニー形成細胞(CFU-F:Colony Forming Unit)が出現します。

このコロニー形成細胞を採取するという方法で間葉系幹細胞が準備されます。

しかし、この方法だと、分化能力を持っていない細胞の混入を避けることはできません。

つまり、間葉系幹細胞として何らかの容器に入っている細胞群には、分化能力を持たない細胞も混じってしまうということになります。

現時点で、この純度を100 %にするということは技術的に難易度が高く、さらにやろうとすればコストの高騰は避けられません

しかし、この混入によって製品としての細胞品質を一定に保つことが難しく、疾患の治癒レベルが供給される間葉系幹細胞のロットに依存するという状態を生み出すことになります。

さらに、混入レベルによっては幹細胞自体にも影響がある事が考えられます。

その場合、先に挙げた、増殖能力、分化能力、遊走性などに影響を与える可能性が高く、治癒レベルどころか、治療が成り立たないケースも最悪考えられます。

そのため、細胞群中の間葉系幹細胞の純度を高め、できる限り100 %に近づけるという研究は、疾患の治療品質を保証する上で非常に重要なファクターになります。

4. 間葉系幹細胞で期待される2つの企業と今後の研究展開

この記事で挙げた2つの企業は、この間葉系幹細胞の品質を上げるための研究に力を入れている企業です。

いずれも大学発のベンチャーですが、他大学との共同研究も盛んに行っており、直近では、2021年8月に、ヒューマンライフコードが東京大学医学研究所と共に、ウェルナー症候群、プロジェリア症候群という国の指定難病が含まれる疾患、早老症の治療方法開発を始めることを発表しました。

早老症は、老化の徴候が実際の年齢よりも早く全身にわたってみられる疾患です。

この中には、ウェルナー症候群をはじめとして10の疾患が含まれていますが、ウェルナー症候群は、世界の症例のうち、3分の2が日本人という、日本人に特に多い疾患です。

この疾患は、進行するに従って、老化に特徴的な疾患である、白内障、糖尿病、皮膚潰瘍、動脈硬化、サルコペニア、悪性腫瘍を発症、または合併して発症することで患者の生活の質(QOL)を低下させています。

現時点では根治させることは非常に困難で、根本的な治療方法はないという状況です。

この疾患のための創薬は、東京大学医学研究所の中西真教授らのグループが2021年に発表した老化細胞を選択的に除去するGLS1阻害剤が有望と考えられており、今回のヒューマンライフコードと東京大学医学研究所との共同研究は、幹細胞を使った研究によって創薬が加速するものとして期待されています。

間葉系幹細胞は、医療ビジネスの中においても重要視されている幹細胞です。

多くの大学が、大学発ベンチャーとしてプロジェクトを立ち上げていますが、この中で特に間葉系幹細胞を扱っているベンチャー企業は注目されています。

間葉系幹細胞供給に目途がたったベンチャー企業は、その企業が成長していくという道と、大手メーカーがそのベンチャー企業を技術ごと買い取るという道があります。

そのような動きも、今後の幹細胞医療においては見逃せない要素の1つとなっています。

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