この記事の概要
  • ジーンテクノサイエンス他、様々な企業が大学、研究機関と共に歯髄幹細胞の研究に力をいれている
  • 歯髄幹細胞は、抜歯された歯から採取できるため、提供者(ドナー)にかかる負担が少なく、特に口唇口蓋裂の治療方法開発がすすんでいる
  • 企業とアカデミア、つまり大学、公的研究機関の共同研究は、平成中期以降かなりの勢いで増加している

歯髄幹細胞は、採取のしやすさや分裂能力の高さから、企業と大学や公的研究機関が共同研究をすすめています。

この記事では、歯髄幹細胞の共同研究について解説していきます。

 

1. 歯髄幹細胞とは

歯は、外側をエナメル質が包み、その内側に象牙質、そしてその内側、最も内部に歯髄があります。この歯髄には神経が存在しています。歯医者の治療で「神経を抜く」というのは、この歯髄を除去するステップを含んでいます。歯髄幹細胞とは、この歯髄部に存在する幹細胞です。

そもそも、歯、または歯の周辺には何種類かの幹細胞が存在します。この説明をする前に歯について解説します。

20歳を過ぎると、歯は歯根の先まで形成された「完成された歯」となります。しかし、10代のうちは個人差はありますが、歯根の先まで形成された歯でない場合があります。これを「未完成の歯」と呼びます。

これをふまえた上で、歯、または歯の周辺から採取できる幹細胞には以下のものがあります。

  • 歯髄幹細胞:完成された歯の歯髄部から採取できる幹細胞。
  • 歯根膜幹細胞:完成された歯の歯根周辺に付着している歯根膜から採取できる幹細胞。
  • 歯小のう幹細胞:未完成の歯の周辺に付着している軟組織から得られる幹細胞。
  • 歯乳頭幹細胞:未完成の歯が形成している途中、歯根先端に存在する幹細胞。
  • 乳歯幹細胞:幼児の抜けた乳歯の歯髄から採取できる幹細胞。

これらの幹細胞のうち、最もよく使われ、研究、技術開発が行われているのは歯髄幹細胞です。

歯髄幹細胞の詳しい記事はこちらです。

2. ジーンテクノサイエンスの研究・技術開発

この歯髄幹細胞は、採取のしやすさ、分裂能力、増殖能力からいくつかの企業が力を入れ始めています。その研究は企業独自で行っているものと、大学、研究機関などと共同研究を行っているもの、様々です。

その中で、北海道大学遺伝子病制御研究所で行われた免疫関連タンパク質の機能研究からスタートした大学発のベンチャー企業であるジーンテクノサイエンスは歯髄幹細胞に力を入れている企業です。

この企業は大学発ベンチャーですが、2016年にノーリツ鋼機が111億円で買収して子会社化しています。写真店向け機器で成長したノーリツ鋼機は、デジタルカメラの普及によって写真店などの市場が縮小することを見越して、医療、ヘルスケアにシフトしています。

ジーンテクノサイエンスは現在、3本の大きな柱で経営をしています。第一の柱はバイオシミラーです。バイオシミラーとは、先発バイオ医薬品の特許が切れた後に発売されるバイオ医薬品で、類似バイオ医薬品とも言われます。これには細胞培養技術が必要であり、ジーンテクノサイエンスはこれによって高度な細胞培養技術を得ることができています。

バイオシミラーで提携した製薬会社は、富士製薬工業、東亜製薬、伊藤忠ケミカルフロンティア、三和化学研究所、持田製薬、千寿製薬と、かなり多岐にわたっています。さらに、長春長生生物科技責任公司といった中国系企業との提携も行っています。

そして、特定の疾患原因分子を標的にする、分子標的治療薬が第二の柱です。この分子標的治療薬は、効果が高く、副作用の少ないがん治療薬として医療現場からのニーズが高い薬です。免疫関連タンパク質の機能研究を得意とするジーンテクノサイエンスは、抗体の仕組みを使った創薬で注目されています。

そして第三の柱が再生医療技術です。ジーンテクノサイエンスは、2019年にセルテクノロジー社を買収しました。セルテクノロジー社は、歯髄幹細胞を活用して再生医療事業を行っている会社です。

3. 歯髄幹細胞を使った再生医療

歯髄幹細胞はこの記事の最初で説明しましたが、もう少し詳しく解説します。

歯髄から採取できる幹細胞で、抜歯された歯から採取できるため、提供者(ドナー)にかかる負担が少なくて済みます。そして、神経堤細胞由来の幹細胞の特性を持っているため、神経細胞だけでなく、骨、軟骨に分化しやすいという性質を持っています。

再生医療においては、他者からの臓器、細胞を移植した時に見られる拒絶反応が大きな問題です。しかし、歯髄幹細胞はほとんどの人の身体から採取が可能なため、自分自身の歯髄幹細胞を使って再生治療をすることができる、つまり拒絶反応リスクを限りなく小さくできるという利点があります。

この研究事業を、ジーンテクノサイエンスは複数の企業と、大学、公的研究機関で行い、現在は7つの疾患をターゲットに研究開発を行っています。

2019年5月、ORTHOREBIRTHと共同研究開発契約を結び、口唇口蓋裂の治療方法開発を開始しました。ORTHOREBIRTHは、人工骨充填材を開発した企業で、骨再生治療に強みを持っています。

口唇口蓋裂は、神経堤細胞の異常による疾患であり、神経堤細胞由来の歯髄幹細胞はこの治療にうってつけの幹細胞です。

日本人の場合、500人から600人に1人の割合でこの疾患があらわれます。年間でおおよそ、1,500人から2,000人の患者が出現する計算になります。ORTHOREBIRTHが開発した人工骨充填材を用い、歯髄幹細胞による再生治療で、この疾患の治療方法確立を目指しています。この治療方法は理論的に実現がかなりの可能性で高いと考えられています。

今までは、口唇口蓋裂の治療は、数回の外科手術が必要でした。メスを入れる、体に負担(ある程度の高負担)をかける治療を「侵襲性が高い治療」と言いますが、歯髄幹細胞と人工骨充填材を使った治療方法は、「侵襲性が低い」、つまり「非侵襲性の治療を可能とするもの」として大きな期待をかけられています。

予定では、2021年内に非臨床試験を開始して、動物実験を行います。ただし、この治療方法は乳児が対象となるため、開発、試験にはかなりの慎重さが必要になります。

2020年3月には、腸管神経節細胞僅少症などの消化器領域に見られる希少疾患、難病を対象とした共同事業を持田製薬と共にスタートさせました。契約の内容は、ジーンテクノサイエンスが持田製薬に歯髄幹細胞を用いた再生医療等製品の国内販売権利、さらに研究、開発、使用する権利を独占的に受けるというものです。

ジーンテクノサイエンスが製造、動物実験などの非臨床試験を担当、持田製薬が治験、そして薬事申請、流通販売、市販後の安全性情報調査を担当するという分担になっています。腸管神経節細胞僅少症は、効果的な治療方法はいまだに確立されていません。

腸管神経節細胞は、歯髄幹細胞と同様に神経堤細胞由来ですので、疾患によって不足した神経堤細胞を歯髄幹細胞の投与で補うのがこの治療方法の軸です。この疾患の患者数は年間約100人ですが、類似の疾患が8つほど存在し、全ての患者数を合計すると、年間10,000人ほどの患者数となります。この治療法の確立後は、これらの疾患克服のために治療方法を最適化し、類似疾患の治療方法確立に到達できるのではないかと期待されています。

大学との共同研究では、骨関連疾患、眼関連疾患、脳性麻痺、末梢神経麻痺、脊髄損傷について共同研究を行っています。これらも歯髄幹細胞を使った治療方法確立が目標です。特に脊髄損傷については、今までに効果的な治療方法が十分確立されていないので、歯髄幹細胞を使った治療方法確立には大きな期待が寄せられています。

4. 企業とアカデミアが共同研究するということ

大学とアカデミア、つまり大学、公的研究機関の共同研究は、以前も存在していましたが、平成中期以降かなりの勢いで増加しています。

これは、ネガティブな理由においては、各大学の運営交付金が減額となり、大学の研究費を外部から取得してくる必要性に迫られたことが挙げられます。国の競争的研究資金は他の先進国と比べて多いとは言えず、研究資金取得にはほとんどの研究者が苦労しているのが現状です。こういった状況によって、アカデミアの研究者が積極的に自分の研究チームの能力を企業に売り込み、共同研究をすることによって資金を調達することが多くなっています。

そしてポジティブな理由としては、企業は新しい研究を始める時に、無理な人員拡充をする必要がなくなる、そして大学からの人材供給、企業から大学への人材供給が挙げられます。日本の大学院で研究をしている大学院生は、平均的に見れば世界でも有数の優秀さを誇ります。

もし大学院生がこの共同研究テーマに興味を持った場合、企業は人件費を使わずに研究する人材を確保できます。大学院生にとっては、企業の最前線で行われている研究に携わることによって、最先端のテーマで修士、博士の学位が取得できるため、その後の就職が有利になるという利点があります。

中には、そのまま共同研究先の企業に就職する場合も少なくありません。また、企業側の研究者がその能力を買われて、大学内に自分の研究室を持つことも多く見られます。企業とアカデミアの共同研究は日本の医療技術の今後に大きな貢献をするものとして、最近はどの大学も奨励しています。

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