幹細胞の事例|アメリカの最新事例

目次

1. アメリカの幹細胞研究最新事情

アメリカでの幹細胞研究、幹細胞を使った再生医療の最新情報を、研究と治療に分けて解説します。アメリカは研究大国であり、世界の最先端を走っていると言っても過言ではないのですが、幹細胞を使った再生医療の研究は、日本を意識した展開になっています。

まず、再生医療の範囲と定義ですが、学術誌Natureでは、以下のように定めています。

Regenerative medicine includes the generation and use of therapeutic stem cells, tissue engineering and the production of artificial organs.
(再生医療には、治療用幹細胞の作製と使用、組織工学、そして人工臓器の構築が含まれまれている)。

Natureと同様に、権威のある学術誌、Lancetではこう定義しています。

(Lancet Commission: Stem Cells and Regenerative Medicine より)

Gene therapy is not an exclusive domain of regenerative medicine.(遺伝子治療は、再生医療の独占的な領域ではない)

When these implants contain patient or donor cells, tissue engineering could be considered a special form of cell therapy.(移植に、患者、またはドナーの細胞が含まれている場合、組織工学的には細胞を使った特別な治療法であると見なされる)

The terms “cell or gene therapy” have entered common language(細胞治療、遺伝子治療という言葉は共通語となっている)

最新の技術について英語の表現を日本語で理解しやすい文章にするのは簡単ではありませんが、要約するとNatureは再生医療の定義を説明しています。

そしてLancetでは、再生医療の範囲が、今まで行われてきている治療法(遺伝子治療)も包括してきているということを説明し、これらの治療が一般化しつつあると述べています。

再生医療のどこに力を入れているのか?は、その研究にどれだけの額が投資されているのかが1つのものさしになります。これでアメリカの状況を見ると、投資額の順に、「心血管」、「糖尿病、消化器疾患、腎臓病」、「神経」、「筋骨格、皮膚」、「がん」、「眼」、「歯、頭部」となっています。

また、2014年の時点と2018年を比べると、再生医療については資金投資額が微増、幹細胞については再生医療よりも増額されている状況です。

そして、2007年と2017年の投資金額を比較すると、この10年間で基盤構築から臨床研究支援にシフトしつつある事がわかります。2007年時点では、インフラ整備、研究対象・ツールの探索、そして教育(学生の教育に加え、政策決定、研究に関わる人材への教育)が大きな比率を占めているのですが、2017年には橋渡し研究、臨床研究への投資が大きくなっています。

これは、「基盤構築と人材教育が上手くいったために臨床にシフトすることができた」と解釈することができるので、アメリカの再生医療研究は大局的に見ると上手くいっていると判断できます。

大きなポイントは、2007年の時点で教育に多額の投資を行ったことです。大学などでの教育、そして、政策決定をする行政官僚への教育、情報を国民に提供するマスコミの人材への教育がこれに含まれます。

日本では、行政を主導する人間が幹細胞の理解がほとんどなく、報道関係者に至っては素人同然という状況を考えますと、研究・技術・医療の進歩には多方面の分野における人材教育が重要であることがよくわかります。

そして研究内部の具体的な特徴としては、胚性幹細胞の研究よりも、iPS細胞などの幹細胞に投入される資金が多くなっています。これは、受精している胚を犠牲にして作製する胚性幹細胞に対する違和感であったり、拒否反応がアメリカでは大きいからではないかと予想されます。

カトリック、プロテスタント、またはその他の宗派を含む、キリスト教徒が非常に多い国ですので、そういった国民感情を考慮して、幹細胞の方が受け入れられやすいと判断しているのではないかと推測されます。

そして、2018年に多額の資金を投入する研究テーマに選ばれたものを一部紹介すると、

  • UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の遺伝子改変T細胞とペムブロリズマブによるNSCLCのための併用療法開発
  • スタンフォード大学の自家iPS細胞由来の平滑筋細胞を用いた尿失禁の治療法の概念実証のための研究開発。
  • マックスバイオファーマ社のオキシステロールによって骨の幹細胞を刺激し骨粗鬆症の骨破壊を阻止する研究。
  • オークランド小児病院研究所のβヘモグロビン症に対する早期の幹細胞治療介入のための非侵襲的出生前検査の開発。

カリフォルニア大学アーバイン校の形態・機能的に統合された幹細胞由来オルガノイドシートの変性網膜モデル開発。

これらはいずれも大きな研究資金が投入されています。

2. アメリカの幹細胞医療の最新事情と事例

研究や技術をビジネスにつなげるということについては、現在はアメリカと中国が非常に進んでいます。しかし、この2カ国は、逆の流れでビジネスにつなげています。

中国は、やや技術先行型で、幹細胞などの技術を使って次々とビジネスが生まれています。その状態は、“無秩序”の印象がどうしても拭えないものであり、多くの問題も発生しています。

一方、アメリカは研究大国である側面と共に、訴訟大国でもあります。もし何らかの問題が発生すると、被害者は躊躇なく訴訟を行い、大きな賠償金が発生することは珍しくありません。そのため、まずは規制、安全性の基準が決められ、それに合わせた技術、治療がビジネスとなる流れになっています。

そのため、アメリカでは研究を進めつつ、創薬の応用に向けて安全性基準の確立、評価方法の確立、製造方法の標準化、分化プロトコルの高度化に力が入れられており、大きな研究分野となりつつあります。

さらにアメリカの再生医療を加速させるものの1つに、「ブレイクスルー・セラピー」に分類される最先端・先進医療の承認を迅速化させる動きがあります。これはミシガン州選出の下院議員が強く押し進めている政策です。

この動きには、先に述べた「各分野(政策決定者、マスコミなど)の人材も教育する」というアメリカの政策が実を結んだ結果です。

日本が薬事法を改正した動きに合わせて、条件と期限を鎖貯めた中で早期承認制度を作り、日本に後れを取らずにビジネス化していくというアメリカの医師を具現化した動きと考えられています。

ビジネスにおいては、世界的に中国とアメリカが進んでいるのですが、「安定化したビジネス」という面においては中国はやや後れを取っています。

制度化よりも先にビジネス化が進み、多少のリスクは犯しても経済効率を優先する中国の動きは、大きな問題が出てくると一気に停滞する可能性が高く、安全性などの基準が曖昧な現状では、中国国内でビジネスとして成立しても、国際市場では大きな割合を占めることができません。

これを考えると、再生医療の国際市場においては、アメリカ、日本、欧州の三つ巴と解釈することができます。特に、日本とアメリカは太平洋を挟んで激烈な競争を繰り広げています。研究の最新事情で、大きな資金が投入されている研究の多くはカリフォルニア州などの西海岸で行われており、まさに太平洋を挟んだ競争ということができます。

ただし、日本とアメリカでは再生医療で力を入れる分野が今後異なってくるのではないかと予想されています。それは、日本、アメリカそれぞれで問題となっている健康問題には違いがあるので、両国ともまずは自国内の健康問題解消に力を入れるのではないかと考えられるからです。

先に述べましたように、アメリカで研究開発投資金額が最も多いのは心血管についての研究です。肥満傾向が日本よりも強いアメリカでは、循環器、心臓関連の治療方法を進めることが自国民の利益につながるという動きがあるのかもしれません。研究資金には税金も投入されるので、まずは納税者の利益、つまり自国民の利益を最優先し、国内で問題となっている疾患克服のための研究を進めるのではないかと考えられています。

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