【幹細胞の応用】幹細胞から肉、エビ、カニなどの甲殻類を生産

目次

1. 医療だけではない幹細胞の応用

iPS細胞ES細胞に代表される人工幹細胞、そして体内から採取される造血幹細胞間葉系幹細胞、これらから想像するのは「幹細胞を使った医療」です。しかしそれだけではありません。

幹細胞を農業、食糧にも応用しようとする動きが世界各地で盛んになっています。

この背景には、環境の保護と動物虐待の批判が世界的に大きな声となりつつあり、ベジタリアン、ヴィーガンが昔とは比べものにならないくらい市民権を得ていることがあります。

この中には、比較的環境保護論者が多い事は知られており、彼らは長期間にわたって動物虐待と環境被害を理由に、畜産産業に対して批判をしてきました。

一方で、世界の肉の需要は年々増加傾向にあり、この50年間で世界の食肉の生産量は4倍に増えたというデータもあります。

そうした流れに抗おうとする人々は、肉食の一般化が世界中に広がっていることに対抗しようとしてどうしても過激な運動に走るケースが増えてきます。

その解決策として、植物由来の成分を使った代替肉の開発、生産が増加しつつあります

この点に目をつけたいくつかの企業は、この流れをビジネスチャンスととらえ、実際に植物由来の代替肉でビジネスを成功させている企業もあります。

しかし、これらの製品は実際は肉ではなく、肉のように加工された植物由来製品です。

シンガポールに拠点を置く企業、シオクミーツは細胞培養によって作られた肉、幹細胞由来の肉の技術開発によって、エビ、カニなどの甲殻類製品を作ろうとしています

このアイデアは、シオクミーツの最高経営責任者兼創設者であるサンディヤ・スリラム博士と、シンガポール科学技術研究庁で幹細胞の研究を行っていたリング・カ・イー博士が出合うことによって産み出されました。

2. 幹細胞からどうやって作るのか?

幹細胞は、理論的には細胞全てを産み出すことができます。

つまり、動物由来の幹細胞をを高度に制御された培養環境で成長させることによって動物を殺すことなく食肉を作り出すことが可能です。

ウシを例にとって説明しましょう。

素晴らしい肉質をもつウシは、畜産業者にとって宝のようなものです。

現在は、こういった高品質の肉を持つウシは、繁殖によって増やし、食肉として出荷していました。

品質を維持するためには繁殖の組み合わせには注意しなければなりません。

繁殖の組み合わせによっては肉質が落ちてしまうこともあります。

以前、イギリスのロズリン研究所で、クローン羊のドリーが産み出されました。

このドリーは、あるヒツジから採取した細胞を基にして作られたヒツジであり、もともとのヒツジと全く同じ遺伝子配列を持つクローン羊です。

これを応用し、石川県の農業試験場では、高品質の肉質を持つ能登牛のクローン作成に成功しました。

しかし、これらの方法では、クローンとはいえ新しい生命を産み出すわけですので、様々な倫理的な問題が生じます。

では幹細胞を使った方法を見てみましょう。

まず、高品質の肉質を持つウシから幹細胞を採取します。

幹細胞の採取はそれほど難しいことではありません。

脂肪細胞などを採取すれば、その中には間葉系幹細胞が混じっているため、それらを単離すれば幹細胞を準備することができます。

また、幹細胞を採取できなくても、動物から採取した体細胞を形質転換してiPS細胞にすれば、人工的な幹細胞が手に入ります。

これら幹細胞を分化誘導して、食肉となる部分の組織を構築すれば、生命を奪うことなく我々人間は肉が手に入る、そして高品質の肉質を持つウシから幹細胞を構築できれば高品質の人工的な肉が入るというわけです。

3. 食品の安全性に大きな利益

シオクミーツ社は、この幹細胞由来の培養肉を使う事で、我々が受ける利益をもう1つ考えています。

それは、「食品の安全性」です。

シオクミーツ社が目指している製品は、エビ・カニなどの甲殻類の食肉です。

現在市場に出回っているエビ製品の30 %では、海老の養殖場所などについての情報が不正なものであるという調査結果があります。

エビ・カニなどの製品は、高価格に設定されている製品も多いのですが、この高価格に設定されている製品の中に、本体は低価格で販売される水準の水産物が混じっている、というわけです。

この違法の手法は古典的な手法で、日本でも食肉の産地偽装の事件が起こったりしています。

リング博士はこう述べています。

「人々は、食べているものの原産地についてはっきりとは知りません。そして、原産地がどこであるかを知らなければ、どのようにして成長させたのかも知ることはできず、最終的には健康に影響を与えるかもしれません。」

製品に○○原産と書いてあった場合、我々はそれを信じるしかありません。

また、そういったものを管理する公的な機関も、製品全てを管理することは不可能です。

同じ製品であっても、その原産地によっては健康に被害を及ぼす場合と及ぼさない場合があります。

それは、その製品の元となった動物がどのように、どういった環境で成長したかに左右されることによって起こります。

そのような場合、原産地が表記と実際は異なっていれば、「○○産であれば自分はアレルギー反応が出ない」と思って買った消費者にアレルギー反応を起こさせ、思いもかけない健康被害を与えるということも十分考えられます。

もしこれが幹細胞から作られ、食品としての加工過程が工場で行われているとすればどうでしょうか。

製品管理は工場で一元化されているため、広い海で操業している漁船を調べるよりも簡単に調査ができます。

つまり、その食品の始まりから製品の加工が完了するまでの追跡が容易になるのです。

このことで、消費者が購入する製品の透明性が担保される、とシオクミーツ社は考えています。

また、乱獲による個体数の激減ということが避けられます。

例を挙げると、中国の食生活が変動したことによって、日本の漁業は大きな影響を受けています。

以前、サンマは高級魚ではありませんでした。

しかし、中国人の食生活に魚というものが一般的に入り、普通に食べるようになったため、中国漁船が大量に出漁して獲ってしまい、個体数が激減しています。

シオクミーツ社はシンガポールの企業ですが、日本も含めたアジア諸国の食文化は、今や中国の影響なしでは考えられなくなってきています。

中国人は基本の人口が他国と比べて多いため、食生活に変化が現れれば、その対応する食品について、数千万人規模での消費者が誕生します。

天然で獲られるものであれば、数千万人の市場をターゲットとして、中国企業などが参入してくるわけですので、今までになり量を獲っていきます。

その結果、天然のものであれば個体数が一気に減り、安かったものが高く、最悪その動物種が絶滅の危機に瀕するということもあります。

人工的な食肉生産は、こういった事態にも柔軟に対処できる方法であるとシオクミーツ社は考えています。

4. 製品化までの2つの大きな問題

しかし、この幹細胞由来の食肉については、現時点で大きな2つの問題があります。

まず1つ目は、コストをどうやって下げていくか、です。

ヒトの幹細胞ではなく、経済動物の幹細胞を使うとはいえ、操作自体は幹細胞を使った操作になります。

また、結果的にヒトの体内にはいる食品ですので、衛生管理、品質管理などでは高いレベルが要求されます。

現在はまだこうした操作に必要な設備には高額な設備投資が必要であり、医療でできているのですぐに食品産業に応用が可能というわけにはいきません。

まずは、生産コストを下げるための研究、技術開発が必要です。

2つ目の問題は、消費者の意識です。

幹細胞から作られた製品、となると、その食品を摂取することに抵抗感を持つ人は少なくないと予想されています。

遺伝子組み換えによる食品に対する抵抗感のレベルではなく、もっと多くの人々が抵抗感を感じるかもしれません。

こうした人々を安心、納得させるにはどうしたらよいか?という商業戦略も重要です。

実際に、食用に耐えうるだけの製品開発にはそれほど時間がかかるわけではありません。

おそらく、幹細胞由来の製品が世間に浸透できるかどうかがこのビジネスのポイントであるとシオクミーツ社は考えています。

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