眼病再生医療、20年越しに実用化成功。府立医科大チームの細胞シートを国が承認

目次

1. 幹細胞はどれくらい眼病治療に貢献できるか?

眼に関する疾患は、視力の大幅な低下、そして視覚を失ってしまうものが少なくないため、長い間治療方法の開発が大きな課題でした。

角膜上皮幹細胞疲弊症は、次々と生まれ変わる角膜上皮細胞のもとになる角膜上皮幹細胞に異常が起こり、角膜上皮の細胞への分化ができなくなる疾患です。

これによって角膜上皮細胞の供給が不十分、または供給されなくなってしまいます。

角膜は視覚で重要な働きをする部分で、眼の内部に光を入れる役割、つまり「窓」の役割を持っています。

5つの層から構築されている複雑な構造で、その層の最も表にあるのが角膜上皮です。

角膜上皮は非常に新陳代謝が活発な部分であり、なおかつ最も表層にあるためにダメージを受ける頻度が多く、新しい角膜上皮の供給は視覚の維持に必須です。

この角膜上皮の供給を担っているのが角膜上皮幹細胞であるため、角膜上皮幹細胞疲弊症が発症すると、角膜上皮の細胞の交換ができず、結膜の細胞が角膜に侵入し、視力障害を起こします。

 

この疾患は、先天性のものと、後天性の場合があります。

後天的なものの場合は、薬品などによる外傷、別の疾患が原因であり、先天性のものと共に重度の状態になると難治性眼表面疾患となり、まぶたと眼球の癒着が起きてしまいます。

現在、国内の患者数は年間約100人と推定されています。

2. 角膜上皮幹細胞疲弊症の新しい治療へ

京都府立医科大の研究チームは、この角膜上皮幹細胞疲弊症の治療のために細胞シートを開発していましたが、ついに再生医療等製品として厚生労働省から製造販売の認可を受けました。

この研究は、これまでの治療から大きく進歩した治療方法として期待されています。

 

チームは、京都府立医科大学眼科学教室の外園千恵教授を中心とした研究チームです。

この研究で使われる細胞シートは、角膜の治療にはよく使われる手法です。

細胞シートは、iPS細胞を使ったものなどが開発されていますが、この研究チームは、患者自身の細胞由来の羊膜を使う方法を開発しました。

患者の細胞を培養し、直径が約2 cmほどの円形に作成した細胞シートを作って移植します。

 

この大元の細胞は、患者の口内にある粘膜細胞を使います。

この場合、細胞採取は容易であるので非侵襲性の細胞採取が可能、つまり患者に身体的な負担をほとんどかけずに原材料の細胞を採取ができます。

作製された細胞シートは、手術で眼の癒着部分をはがして病変組織を除去後、適した部分に縫合されます。

この縫合した直後でも視力の回復がある程度期待でき、眼表面が安定すると、角膜移植に移行することもできますし、治療用コンタクトレンズの装着も可能になります。

 

細胞シートに羊膜を使う、というアイデアは様々な利点を生み出します。

この利点についての解説は後にしますが、まずは細胞シートの作製方法を詳しく見てみましょう。

まず、患者の口内から口腔粘膜を採取、その中に含まれている口腔粘膜上皮細胞を取り出します。

この口腔粘膜上皮細胞は角膜上皮細胞と性質が似ている細胞です。

口腔粘膜上皮細胞は、羊膜基質上で培養されます。

 

羊膜とは、脊椎動物一般の胎仔と羊水を包んでいる膜の1つで、膜の分類としては胚膜とされています。

同じような役割を持つ膜には漿膜がありますが、直接胎仔を包んでいるのは羊膜です。

 

3,茨の道だった研究開発

この細胞シートの開発は、臨床研究開始から約20年を必要としました。

現在のチームリーダーである外園教授の恩師である先代の教授時代から始まった研究であり、基礎的な研究を含めると約50年間を費やしました。

前臨床研究の開始は2002年で、その後7年間継続されましたが、当時は再生医療に関する法律が十分整備されていなかったために、書類上の手続きが膨大な量となってしまいました。

 

さらに、対象患者が先に述べましたように年間約100人です。

非常に深刻な疾患ですが、対象とする患者数が多くないと判断され、企業の協力を得るためには大きな困難を伴いました。

そのため、資金難で何度か研究が中断し、順調な研究開発ではありませんでした。

2017年にようやく医師主導治験を開始することができ、通算で101人の患者データを集め、眼表面の癒着を軽減する効果を確認し、2022年になって国内製造販売の認可を得ました。

そして開発の途中で協力を申し出た神戸医療都市推進機構がこの細胞シートを製造し、再生医療ベンチャー企業である、ひろさきLIが販売を行います。

 

京都府立医科大学の所在地である京都市、販売を担当するひろさきLIの所在地である青森県弘前市は、共に桜の名所として知られているため、この細胞シートは「サクラシー」という名前で販売されます。

 

この製品が参入したことによって、角膜上皮幹細胞疲弊症に使われる再生医療等製品は3つめになります。

今回、製造販売を認可された細胞シートは、これまでの細胞シートと比べて強度が大きく上がっています。

これは羊膜を使うという点が功を奏しています。

また、応用範囲もこれまでの細胞シートと比べて広くなっており、他の疾患にも利用が可能と考えられ、この応用については今後さらに研究が進むと思われます。

4. 地方再生の助けとなるか

そしてこの細胞シート、「サクラシー」の製造販売ですが、開発は京都の大学、製造は神戸、つまり再生医療の研究開発が盛んな関西の組織が行っています。

しかし、販売は遠く離れた本州最北端の青森県、その弘前市に所在する企業が行います。

どのようなつながりでこの3つの組織が連携しているのでしょうか。

 

ひろさきLIの事業内容の柱は、コラーゲン加工技術をベースに自家細胞培養による再生医療等製品の開発です。

設立は2015年、弘前市の町田アンド町田商会の出資によって設立されました。

町田アンド町田商会は、サカエ調剤薬局などの薬局業務を中心とする株式会社町田と、農薬・肥料の販売を行っていた町田商会が統合された会社です。

地方では、その地域の薬局チェーンとして比較的資金力を持つ会社が存在することが多く、ひろさきLIの設立にはその典型的な会社である町田アンド町田商会が関わっています。

 

ひろさきLIは設立直後に神戸医療産業都市推進機構(当時の名称は先端医療振興財団、FBRI)との共同研究契約を締結しています。

ほぼ同じ時期に、神戸市に神戸事業所を治験製品開発拠点として、東京都千代田区に東京事務所を臨床開発拠点として設置し、その1年後、2016年には、神戸医療産業都市推進機構と新しい共同研究契約を締結しています。

この2016年に締結した共同研究契約、開発番号TR9こそが今回の細胞シートの研究開発です。

現在、ひろさきLIは、神戸医療産業都市推進機構、京都府立医科大学だけでなく、神戸大学医学部、弘前大学医学部とも連携しています。

 

地方の経済が疲弊している現状で、最近になってこうした医療ベンチャー系の企業が地方にも生まれるようになってきています。

これは、幹細胞関連の産業が日本の新しい産業の1つとして認知されつつある事が理由の1つとして挙げられます。

 

若い世代の流出に悩む地方ですが、ある種の若い世代は逆に地方に入ってくるという現象があります。

それは、各県に設置されている医学部に入学する人達です。

さらに、薬学部を卒業して薬剤師になる若い世代のかなりの割合が「自分の実家のある都道府県に戻る」という現象もあります。

 

つまり、地方では医療系の若い世代はある程度流入することが計算できるため、地方で医療系の産業を立ち上げた場合に、人材の不足が他業種と比べて程度が軽いと言えます。

実際に、医師の国家試験だけでなく、薬剤師の国家試験の問題にも幹細胞に関する設問が出題されるため、学生時代に幹細胞について深く学ぶ人材は増えてきています。

幹細胞についての研究知見は、大きく報道されて目立っているだけでなくこのように地方の産業構造を変革し、地方再生のきっかけとなり得るものも増えています。

 

 

 

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