この記事の概要
  • 2019年8月末、世界初のiPS細胞から作成した角膜細胞の移植手術が行われた
  • SEAM法という新しい培養方法で、角膜の細胞を誘導する事に成功
  • SEAM法によって分化誘導した細胞を凍結ストックしておき、必要に応じて冷凍状態から復活させて使う方法が現在考えられている

角膜は視力障害や失明に関わる大切な組織です。

今回は、幹細胞を使った角膜治療に関して、解説します。

1. iPS細胞由来の角膜細胞を移植

2019年8月末、大阪大学医学部脳神経感覚器外科学眼科学の西田幸二教授は記者会見を開き、iPS細胞から作成した眼の角膜細胞を移植した世界初の手術について説明を行いました。この再生治療は、研究に着手してから13年かけて基礎的な研究で足場を固め、ついに行われた手術でした。

患者は40代女性、角膜上皮幹細胞疲弊症によって両目の視力がほとんどない状態でした。左目に移植した角膜は機能し、新聞や本が読める状態まで視力が回復しました。

今後、1年間かけて安全性と有効性を確認し、さらに手術例を重ねる予定です。この時点で、4例を予定しており、これらで安全性と有効性が確認できれば、保険医療として適切かどうかを評価する治験段階に進むことができます。

研究グループは、最短で2024年あたりには一般的な治療に発展させることを目標としています。

角膜は、眼に光を取り入れる役割があり、眼球を構成する組織、器官の中では最も外界に近い部分に位置します。また、光を屈折させて水晶体と共にピントを合わせる機能も持っています。角膜表面は、常に液体、つまり涙で覆われており、これによって乾燥と細菌の侵入を防いでいます。

移植手術を受けた患者の角膜上皮幹細胞疲弊症は、角膜輪部が傷害を受け、角膜上皮幹細胞が消失する疾患です。結膜の上皮部分が角膜内に侵入し、角膜表面が血管を持った結膜組織によって覆われてしまいます。角膜は血管を持たずに透過性を確保しており、必要な物質は涙などから吸収しています。コンタクトレンズの酸素透過性が重要視されるのはこれが理由です。

結膜組織に覆われた角膜は、眼球の癒着、角膜混濁が起こり、視力障害、失明という重篤な結果となります。この場合、角膜の移植が必要となりますが、これまでの角膜の移植には様々なハードル、問題点がありました。

2. 角膜移植の問題点

角膜移植に使う角膜は、ドナーからの提供を受ける必要があります。しかし、誰での角膜でも移植に使えるというわけではありません。ドナーの適応基準というものが決められており、以下の人が角膜のドナーとなる事は基本的にできません。

  • 原因不明の死亡 … 原因不明の死亡によってなくなった方は、生前に臓器移植の意志を示していたとしても角膜のドナーになる事はできません。
  • 全身性の活動性感染症 … ウイルス、細菌などが全身に感染する可能性がある感染症の場合はドナーになる事ができません。

その他、HIV抗体などが陽性、眼内悪性腫瘍、白血病、重症急性呼吸器症候群などの場合もドナーになる事ができません

またクロイツフェルト・ヤコブ病、またはその疑いがある場合もドナーになる事ができません。クロイツフェルト・ヤコブ病には検査方法がないので、感染の疑いがある場合はドナーになる事はできませんが、具体的にどういう事かというと、感染する可能性のある国に一定期間滞在していた人はドナーになれないということになります。

例を挙げると、イギリスに1980年から2004年までの間に、1ヶ月以上滞在(1980年から1996年までの間に1ヶ月間)または6ヶ月以上滞在(1997年から2004年までの間に6ヶ月以上滞在)した場合は、ドナーになる事が不可能です。

臓器移植のドナーはそれほど多くありません。それに加え、ドナーとなるためには様々な制約があります。角膜移植の場合、おおよそ、年間2万の角膜が日本国内では必要とされていますが、移植数は年間約1500例にとどまっています。そのため、移植する角膜は常に不足している状態であり、手術の順番を待って待機状態にある患者が非常に多いのが現実です。

さらに、角膜を移植した後、それほど長く保たないことも問題です。角膜移植後は、いったん視力は回復しますが、他人から移植し角膜のために拒絶反応が1年くらいで起こり、移植した角膜が剥がれてしまう例が多数あります。

従来の角膜移植の問題点をまとめると、1. ドナーの少なさによる移植用角膜の確保が難しい、2. 角膜を移植しても、視力の回復状態が短期間で終わってしまう可能性が高い、の2点になります。ドナーの不足については、他の臓器と同様に、疾患を抱えている患者に比べてドナー登録をする人数が少ないことと、ドナー自体が疾患に罹るなどが、ドナーの適格基準に抵触してしまうことがある、これらによって多数を確保するのは難しいと考えられています。

視力の回復状態が短い期間で終わってしまうのは、生体拒否反応、または拒絶反応によるものですが、これも他の臓器移植でも問題点、リスクとなっている部分です。つまり、角膜移植が持っている問題点は、そのまま臓器移植が持っている問題でもあるのです。そして、他の臓器でそれらの問題をクリアするために、iPS細胞、ES細胞、自己間葉系幹細胞に希望を見出すのと同様に、角膜移植も幹細胞を使った再生治療に希望を見出そうとしています。

3. iPS細胞を使った角膜移植

iPS細胞を使って作成した角膜移植の場合、サルを使った実験などでは拒絶反応が起きにくいことが明らかになっています。既存の方法では、約1年を目途に問題が生じて、回復した視力が再度悪くなってしまう可能性が高かったのですが、iPS細胞から作成した角膜の場合は、それよりも長い期間機能することが期待されています。

iPS細胞を使う場合、準備されるiPS細胞は、HLA(Human Leukocyte Antigen=ヒト白血球抗原)がホモのドナーの細胞から作成したiPS細胞です。HLAは拒否反応において重要な役割を持つ分子ですが、HLAがホモの場合、日本人の9割をカバーする、つまりHLAホモの細胞に対しては、日本人の9割が拒否反応の可能性が低いとされています。

HLAホモドナー由来のiPS細胞を使って角膜移植に必要な細胞を誘導しますが、これまでは眼の内部、後ろ側に位置する網膜や網膜色素上皮を誘導する事はできていました。しかし、角膜、水晶体など、前側に位置する組織は再現が難しく、できていませんでした。しかし、西田教授らのグループは、SEAM法という新しい培養方法で、角膜の細胞を誘導する事に成功しました。

この方法は、2次元培養法を応用し、同心円状の帯状構造を作ることで、組織体を作る方法です。中心から3層目の帯から採取した前駆細胞を単離し、誘導をかけると角膜上皮組織細胞が誘導される事を発見し、この技術で角膜上皮細胞のシートを作ることに成功しました。この方法で作成したシートの移植を動物実験で試したところ、その動物の視力が回復したことから、角膜移植に有効であると判断されて今回使用されました。

さらにこの技術は大きな可能性を持っています。今回は角膜移植を大きく進歩させるために役立ちましたが、この技術をさらに研究し、発展させていけば、眼球全体の人工的な作成も可能かもしれません。

現在考えられている方法は、SEAM法によって分化誘導した細胞を凍結ストックしておき、必要に応じて冷凍状態から復活させて使う方法です。まず、冷凍状態の細胞を解凍し、37℃で培養します。細胞が安定したところで、角膜シートを20℃で作成して、手術で使う角膜シートを準備するという方法です。

この方法であれば、ドナーの出現を待ち、数年間の待機をすることなく角膜移植を受けることができます。さらに、拒絶反応の可能性が少ないため、ドナーからの角膜移植と比べて、生着すればかなりの長期間、視力が買う服した状態で生活することができます。iPS細胞由来の角膜シートを移植した場合、長期間であればどのようなことが起こるのかは現在行われている臨床試験の結果を待たなければなりませんが、理論的にはリスクが大きく減じられており、革新的な効果が見込めると考えられています。

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