この記事の概要
  • 糖鎖とは、グルコース、ガラクトースなどが複雑に結合して連なり、鎖状になっている物質
  • 生殖幹細胞、腸管細胞、造血幹細胞、神経幹細胞など、それぞれの組織に存在する組織幹細胞は、自己複製する一方で分化した細胞を産み出す
  • 糖鎖がシグナルを制御し、幹細胞の分化や維持に作用していることはわかってきており、研究が進んでいる

未だ未解明なことが多い糖鎖は、まだまだ未知の機能がいくつもあると考えられています。

しかし、糖鎖の存在によって解明された現象も多く、今や大きな研究分野となっています。

この記事では、糖鎖とは一体なにか?幹細胞との関係について解説します。

1. 糖鎖とは

糖鎖とは、糖、つまりグルコース、ガラクトースなどが複雑に結合して連なり、鎖状になっている物質です。

この糖鎖は、タンパク質や脂質と結合して、糖タンパク質、糖脂質になります。これらを総称して、複合糖質と呼ばれることもあり、その場合は糖タンパク質、糖脂質だけでなく、プロ艇御グリカンも含みます。

糖鎖がこれら、タンパク質、脂質に結合すると、安定化、水分を含んで組織、細胞を保護するなどの機能を持ちます。

また、細胞表面の糖鎖は、細胞相互に情報を伝達するために重要な役割を果たしています。白血球、がん細胞が細胞に接着するとき、細菌、ウイルスが細胞に接着するときなど、この糖鎖が利用されることがあります。そのため、細菌は宿主の細胞表面の糖鎖と結合するためのレクチンという物質を持っています。

糖鎖の研究は歴史が浅く、まだまだ未知の機能がいくつもあると考えられています。糖鎖の存在によって解明された現象も多く、今や大きな研究分野となっています。

遺伝子、タンパク質などが遺伝子工学の技術を利用して合成できるのに比べると、糖鎖は純粋な化学合成に頼らざるを得ないので、実験サンプルとしての確保が難しく、この理由は糖鎖の研究が他の分野に比べて難しい原因となっています。

2. 糖鎖と幹細胞

生殖幹細胞、腸管細胞、造血幹細胞、神経幹細胞など、それぞれの組織に存在する組織幹細胞は、自己複製する一方で分化した細胞を産み出します。

このことで幹細胞を維持しながら分化細胞を供給していますが、幹細胞自身を維持するためには、維持に適した微小環境が必要です。

微小環境とは、がん細胞の塊内の環境のことです。がん細胞塊は、がん細胞だけで構成されているわけではなく、繊維芽細胞などの関連細胞が混じっており、多数の種類の細胞が含まれています。

こういった状態のがん細胞塊を微小環境と呼びます。またこういった環境を「ニッチ」と呼ぶこともあり、がん細胞塊の中にはがんの幹細胞も混じっていることから、幹細胞ニッチと言われることもあります。

がん細胞以外の健常細胞でもこうした環境が必要な事から、幹細胞ニッチという言葉を使います。中には、ニッチ状態が通常、または強い位置にいる幹細胞は組織の幹細胞として幹細胞を生み続け、ニッチ状態が弱い位置にいる幹細胞はその組織を構成する細胞に分化するということもあります。

このニッチから幹細胞へのシグナル伝達に、糖鎖が重要な役割を果たしていることがショウジョウバエの研究で明らかになっています。

また、ES細胞、iPS細胞の表面マーカーとして使われている分子の多くは糖鎖です。糖鎖は「細胞の顔」という呼ばれ方をすることもあり、細胞の特徴をその分布によって表しています。

これらは質量分析法などで、細胞表面に存在することが明らかになっていますが、こうした解析が可能になったはつい最近のことであり、これら糖鎖の機能についての研究はまだ歴史が浅く、ごく一部しか明らかになっていません。現在、糖鎖プロファイリングという最先端の糖鎖解析技術が開発され、研究が進められています。

糖鎖は細胞の特徴を表すマーカーですが、代表的なものには肝臓細胞のがんに見られるAFP-L3、消化器系のがんに見られるCA19-9が挙げられます。幹細胞も糖鎖マーカーによって未分化状態が検出でき、代表的なものを挙げますと、SSEA-1(マウスES細胞、iPS細胞のみで、ヒトでは未確認)、SSEA-3, SSEA-4、SSEA-5、TRA-1から60抗原、TRA-181抗原(ヒトES細胞、iPS細胞)です。

幹細胞マーカーの場合は、「この細胞は未分化である」そして、「未分化の細胞表面に存在する糖鎖」ということになります。現在は、未分化細胞表面に発現する糖鎖を検出するためのレクチンが発見され、このレクチンに結合することによってES細胞、iPS細胞の迅速な分類が可能になりつつあります。

これまでは、幹細胞表面の糖鎖タンパク質特異的な抗体を使って研究巣津するのが一般的でしたが、このレクチンシステムを使えば、簡便、かつ迅速に判断できます。また、このレクチン自体を大腸菌で大量生産できるため、抗体に比べてコストが低く抑えることができることも利点と言えます。

さらにES細胞、iPS細胞だけでなく、間葉系幹細胞の表面にある糖鎖マーカーの検出にも使用可能である事がわかっており、広く幹細胞全般に使えるのではないかと期待されています。

3. 糖鎖は幹細胞を制御するのか

幹細胞表面に存在する糖鎖によって、未分化状態である事が確認でき、幹細胞である事が特定できることはすでにわかっていますが、この糖鎖は他にも幹細胞の機能などに関与しているのでしょうか?

先ほども書きましたが、糖鎖の研究の歴史はそれほど深くないため、いまだに不明のことが多いのが事実です。しかし、糖鎖がシグナルを制御し、幹細胞の分化や維持に作用していることはわかってきています。現在はその経路の詳細を明らかにする研究が盛んに行われています。

細胞で使われるタンパク質の中で、糖鎖によって修飾を受けた糖鎖タンパクはかなりの割合を占めています。糖鎖をタンパク質に付加するために必要な糖転移酵素は、200種類を越えるとされています。そのほとんどは細胞の小胞体、ゴルジ体に存在しています。

この糖転移酵素によって糖鎖は敏感に細胞の状態を感知し、その状態をタンパク質の修飾などで迅速に反映することが、細胞のマーカーとして広く用いられる要因です。哺乳類の多能性幹細胞は、様々な分化状態(発生状態)に対応する必要があり、それぞれの状態で細胞表面に提示する糖鎖タンパク質も変わってきます。

マウスとヒトでそのマーカーが異なるように、動物種によっても異なることから、厳密な判断ができる糖鎖をマーカーとして使うことは、安全性、また確実性を求める医療においてはうってつけのマーカーと言えますが、この幹細胞の発生状態、分化状態をコントロールする糖鎖タンパク質の機能を特定することによって、幹細胞の培養による分化誘導がさらに効率化ができるのではないかと考えられています。

また、現時点では分化することが不可能な組織、器官の細胞へも、糖鎖タンパク質の機能を解析することで分化させるヒントが得られるのではないかと期待されています。現在わかっているだけでも、糖鎖タンパク質が関与するシグナル経路は、

  • Wnt経路:発生など、多くの生命現象に関与する重要な経路です。体を形成するシステムを研究する際に発見されましたが、現在では生体防御にも重要な役割を果たすことがわかっています。
  • BMP経路:Bone Morphogenetic Protein(骨形成タンパク質)経路は、骨の形成に関与して発見されたが、その後の研究でさらに多くの生命現象に関与することが明らかとなっています。
  • FGF経路:Fibroblast Growth Factor(繊維芽細胞増殖因子)は、血管新生などに大きな働きをする分子であり、血管の形成が必要なシチュエーションである胎児の発生、創傷の治癒には不可欠な分子です。
  • Notch経路:いくつかの分野でほぼ同時に機能が解析された分子、経路です。昆虫の体を形成する研究で、体を作るために不可欠な分子であり、この経路が活性化しないと昆虫の体が不完全になる事がわかっています。先に挙げたWntと共同でいくつもの生命現象を制御しています。

ここに挙げた経路は生命現象において非常に重要な経路ばかりですが、この他にもがん細胞の制御、またがんの制圧に重要と思われる経路にも糖鎖タンパク質が関与していることが明らかになっています。

今後の研究によっては、幹細胞の効率的な利用、低コストで再生医療を受けることができるなどという患者に有利になる事柄に糖鎖タンパク質は関与してくることが考えられます。

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