この記事の概要
  • 幹細胞ニッチとは、幹細胞がその性質を維持するために必要な環境(微小環境)
  • 造血幹細胞ニッチは、さらに骨芽細胞性ニッチと血管性ニッチに分類される

幹細胞が生体内で機能を維持するために必要なのが幹細胞ニッチです。

本記事では、幹細胞ニッチとは何か?について詳しく解説します。

1. 幹細胞ニッチとは

幹細胞ニッチとは「幹細胞がその性質を維持するために必要な環境(微小環境)」です。人工的に幹細胞を培養すると、増殖能力が低下する現象が見られます。体内に存在するときにはそのような能力減少は見られないのですが、外で培養するとほぼ全ての細胞の増殖能力は程度の違いはありますが低下してしまいます。

そのため、おそらく体内には幹細胞の増殖能力を維持するための環境が整っているに違いない、と考え、幹細胞ニッチという言葉が使われるようになりました。ニッチという言葉はあちこちで使われます。もしかすると知っているニッチの意味が幹細胞ニッチという言葉の意味と合致しないという方もいらっしゃるかもしれません。

2. ニッチとは

ニュース、またはその解説でもっともニッチという言葉が使われるシチュエーションは、ビジネスにおけるニッチでしょう。ビジネスにおいてニッチは、大企業がターゲットとしない小さな市場や、潜在的ニーズは存在するが、現時点でビジネスの対象として認識されていない分野を意味します。つまり「隙間」を意味します。

起業がもてはやされるような時代になり、このニッチからビジネスを始め、大きくしていく手法が採られる例が多くなったため、「隙間」という意味でのニッチを耳にすることが多くなっています。

生物学におけるニッチとは、生態学的な地位のことです。例えば「渓流で虫や小魚を捕食するというニッチは、イワナ、ヤマメなどが占めている」という使い方をします。こういった食物連鎖以外でも、住んでいる場所(洞穴、崖など)によってもニッチという言葉を使います。ある種が利用する(エサ、住処など)、あるまとまった範囲を示すときに使います。

生物学でのニッチという意味は、だいぶ幹細胞ニッチに近くなっています。幹細胞ニッチのニッチは、「細胞が存在している環境」を示すので、「幹細胞が自分の能力維持のために利用するあるまとまった範囲(場所)」という意味になります。この場所を生命科学の分野では「微小環境」と呼びます。

微小環境という概念は、1960年代に提唱され、「ニッチ」という言葉が使われ始めたのは1978年、造血幹細胞についての研究からです。

3. 微小環境とは

分子生物学、生命科学で微小環境ということが注目されたのは、まずはがん細胞の研究においてです。

体内のがんは、がん化した細胞の増殖によって細胞塊を作ることによって形成されます。現在の検査技術では、がん細胞を単細胞レベルで発見するのは困難であり、ほとんどの場合、がん細胞がある程度増殖してがん細胞塊を形成した状態になると検査で発見されます

このがん細胞の塊はがん細胞の増殖によって形成されますが、がん細胞のみで形成されているわけではありません。肝臓がんであれば、健常な肝臓の細胞が細胞塊に混じることもあります。また、多くのがん細胞塊では繊維芽細胞ががん細胞の中に紛れ込んでいます。

他にも、マクロファージに代表される免疫細胞ががん細胞塊内に浸潤することがあります。そしてがん細胞塊が成長すると、細胞塊中央部の細胞に酸素、栄養を供給するための血管が作られます。この血管細胞もがん細胞塊に紛れ込んでいます。このように、がん細胞の塊の中には様々ながん細胞以外の細胞を含んでがん細胞が増殖する環境を作り上げています。

これをがんの微小環境と呼びます。がん細胞とそれ以外の細胞の相互作用によって、がん細胞は影響の供給を受けたり、細胞間相互作用によって転移、浸潤などの悪性化を促進していると考えられています。

がん以外にも、免疫微小環境などが現在研究されています。免疫担当細胞であるT細胞については、免疫微小環境によって多少性が作られているという研究も存在します。

4.幹細胞ニッチはどのようなものか

幹細胞ニッチは、幹細胞以外の細胞も含み、周囲の細胞が産生する分子、化合物(主にサイトカイン)の刺激によって幹細胞の増殖が制御される、または分化制御されることが本質です。これは医学というよりも生物学に近い分野である、発生生物学分野で深く研究された知見です。

1つのモデルとして、幹細胞がこの幹細胞ニッチに存在している間は、近傍細胞からの刺激によって増殖が促進され、ニッチから離れると近傍細胞の影響が減少、または消失するので、分化が始まると考えられています。幹細胞は多種多様であるので、それぞれにおいてやや環境が異なりますが、おおまかなメカニズムはこの増殖促進と分化制御であると考えられています。

その中で、造血幹細胞は1978年の「ニッチ」という言葉の提唱以来、深いところまで研究されています。造血幹細胞ニッチは脊髄に存在し、骨芽細胞、洞様血管内皮細胞、繊維芽細胞、単球、脂肪細胞を含んで形成されています。

造血幹細胞ニッチは、さらに骨芽細胞性ニッチと血管性ニッチに分類されます。骨芽細胞性ニッチには、CAR細胞、破骨細胞が存在し、造血幹細胞のコントロールを行っています。造血幹細胞には骨芽細胞とCAR細胞が結合しており、分子を分泌することによって造血幹細胞の細胞周期などを調節することで増殖をコントロールしています。

また、骨芽細胞性ニッチ内では低酸素環境になっています。活性酸素によって誘導される酸化ストレスは細胞にとって大きなダメージを与えるのですが、低酸素状態ですと酸化ストレスが発生しても有酸素状態の環境と比べると弱いストレスです。細胞増殖のための細胞周期の活性化には不向きな環境ですが、そのため、細胞の数を維持するのには絶好の環境と言えます。

血管性ニッチでは、造血幹細胞にCAR細胞と類洞血管内皮細胞が結合しています。このニッチも造血幹細胞の維持、増殖を行いますが、血液細胞への分化もコントロールしています。血管性ニッチは、骨芽細胞性ニッチと比べると高酸素環境です。高酸素環境では細胞周期を止めると細胞死が誘導されやすくなります。そのため、細胞周期を活性化させておくと幹細胞の数の維持がしやすくなります。

骨芽細胞性ニッチでは、ストレスを軽減することによって細胞の寿命を維持することで肝細胞数を確保し、血管性ニッチでは細胞周期を活性化し、細胞増殖を促進させることで細胞数を維持しているのではないかと現在考えられています。

幹細胞研究の中で、ニーズが高いものの1つに毛包幹細胞の研究があります。毛髪はビジネスとしても大きな市場を持ち、そのために最先端の研究が生まれやすい分野です。毛隆起という部分は、立毛筋が毛根鞘に結合している重要な部分ですが、ここに皮膚細胞のニッチが存在している事が知られています。構成している細胞は、毛包幹細胞と色素幹細胞(メラノサイト幹細胞)です。ここでは、毛包幹細胞自身がコラーゲンを賛成して細胞外に分泌します。毛包幹細胞と色素幹細胞の増殖にはこのコラーゲンが必要とされています。

小腸と大腸の上皮に存在する腸陰窩は、エンドペプチターゼなどの酵素を分泌する重要な組織です。この部分は、通過する食物によって表面が摩耗するため、幹細胞を使って常に新しい上皮が生成されています。もし補修が間に合わない場合は、大腸がんなどの腸疾患の原因になると考えられています。腸陰窩を包む内皮の下に繊維芽細胞を中心として構成されているニッチは、上皮細胞の供給に重要な役割を果たしています。

最後に、心疾患幹細胞ニッチです。このニッチは、右心室側壁、大動脈という心臓から血液が流出する場所に見られます。心筋幹細胞と心筋前駆細胞から構成されています。

これら、幹細胞ニッチの研究は、幹細胞の人工培養において効率よい細胞増殖環境を作り出すために非常に重要な研究です。幹細胞ニッチの研究での新しい知見は、幹細胞培養に直接応用できるため、重要な研究分野とされています。

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