- 血管形成には、胎生期の中胚葉から分化して血管内皮細胞が作られる「脈管形成」と、すでに存在している血管から新しい血管が伸長する「血管新生」がある
- 大阪大学によりCD157という遺伝子が、細胞分裂活性の高い血管内皮細胞で発現していることが発見された
- 血管内皮細胞の移植、再生が治療として行うことができるようになれば、虚血部位の治療に大きな貢献をするだけでなく、死因の多くを占める血管系、循環器系の疾患の治療、予防に多大な貢献をすると予想されている
血管はいくつかの層でできており、最も内部、血液と直接触れる場所に配置されているのが血管内皮細胞です。血管内皮細胞は、血液中から外に出る物質、また血管中に入ってくる物質を調節する重要な役割を持っている細胞であり、心臓周辺、肝臓などの太い血管から、各組織に張り巡らされた毛細血管まで、全ての血管に存在しています。
この記事では、血管内皮細胞の発見から可能性までを解説します。
1. 血管内皮細胞とは
出入りを調節する物質の中には、酸素、グルコースなども含まれており、細胞機能の維持には血管内皮細胞の調節機能は欠かすことのできないものとなっています。また、血中の生理活性物質の産生、フィルター機能などの役割も持っています。
血管形成には、胎生期の中胚葉から分化して血管内皮細胞が作られるという「脈管形成」と、すでに存在している血管から新しい血管が伸長する「血管新生」があります。生体での血管形成は、血管新生によるもののみと考えられてきましたが、骨髄に血管内皮前駆細胞(EPC: Endothelial Progenitor Cells)と呼ばれる細胞が発見されたことで、それまで考えられていたことと異なる現象が存在すると考えられ、一気に研究が盛んになりました。
血管は意外と損傷を受けやすく、頻繁に再生を必要します。しかし、血管内皮細胞が障害が起きた時にどのように修復されるのか、また維持されているのかについては不明な点が多く、骨髄に血管内皮前駆細胞と呼ばれる細胞が存在し、血管の修復が必要な領域まで運ばれ、その箇所で血管内皮細胞に分化して血管の修復に機能していると予想されてきました。しかし、この血管内皮前駆細胞は、血管形成に貢献するという報告と、貢献しない報告が存在します。これは血管内皮前駆細胞には2つのタイプがあり、そのうち1つは血管形成に関与する物質の分泌、もう1つは血管を構築する細胞であり、どちらの細胞を実験に用いたかによって結果が異なるからではないかと考えられています。
2. 血管内皮幹細胞の発見
血管内皮前駆細胞は、あくまで「前駆細胞」であり、その元となる血管内皮幹細胞の存在は多くの研究者によって予想されていました。大阪大学微生物学研究所、環境応答部門情報伝達分野の高倉伸幸教授らのグループは、血管を長期にわたって維持、構築するための細胞、つまり血管内皮幹細胞は血管壁の中に存在するのではないかと仮説を立てました。血管壁は、2次元構造(平面構造)をとる上皮系細胞と、3次元構造(立体構造、または積層構造)をとる間葉系細胞によって構成されています。つまり、血管内皮幹細胞は血流にのって流れ、必要なところで停止するのではなく、血管構造内に予め準備されている、という仮説です。
この仮説を証明するために、研究グループは、幹細胞を同定する方法の1つであるSide population法という方法を用いて解析を行いました。幹細胞は薬剤を排出する能力が通常細胞よりも高く、核、染色体に結合して発色する化合物を加えると、通常細胞では核や染色体にその化合物が結合して発色する一方で、幹細胞での発色は、化合物を排出してしまうために発色が弱くなるか、発色しません。
さらに、研究チームはこの研究に先立って、血管を構成するごく一部の血管内皮細胞の細胞分裂活性が高く、大量の血管内皮細胞を産生していることを明らかにしています。この研究結果を使い、まずは肝臓の血管から細胞分裂活性が高い血管内皮細胞を抽出し、通常の血管内皮細胞と活性の高い血管内皮細胞で遺伝子の発現パターンを網羅的に、つまり、遺伝子全ての発現パターンについて比較しました。
その結果、CD157という遺伝子が、細胞分裂活性の高い血管内皮細胞で発現していることを発見しました。CD157とは、糖鎖を多く持つグリコシル-ホスファチジルイノシトール結合型膜タンパク質です。つまり、細胞膜上に存在しているタンパク質です。このCD157が発現している血管内皮細胞、つまりCD157陽性血管内皮細胞は、全身の太い血管の内項に存在している事が明かになっています。
また、CD157陽性血管内皮細胞は、生体から取り出して人工的に培養すると、大量の血管内皮細胞を作り出すこと、そして移植実験などによって、生体内で血管に障害が起こると、血管内皮細胞を作り出して血管を修復させる働きを持つ、つまり幹細胞としての働きを持つことが明らかになりました。
このCD157陽性血管内皮細胞は、マウスの血管障害部位に移植すると血管を再生させるだけでなく、その再生機能は長期にわたって保持されることがわかりました。この実験によって、血管内皮幹細胞を用いた移植方法をこの研究グループはマウスで確立することに成功しました。これは世界初であり、この技術はいずれヒトに応用が可能であると予想されています。
3. 血管内皮幹細胞の将来性
CD157陽性血管内皮細胞(現時点で血管内皮幹細胞と見なされる細胞)を利用した血管内皮幹細胞移植は、生体内の虚血部位に移植することで、新しい血管の形成、それにともなう血流の改善が期待できます。また、副産物的な効果として、障害時の臓器回復の助けとなる事も報告されています。つまり、CD157陽性血管内皮細胞を移植することによって、血管再生のみならず、臓器回復サポートも期待できるということになります。
これは実際に肝臓の障害モデルにおいて、CD157陽性血管内皮細胞移植をおこなうことによって肝臓の回復が促進されるという結果が得られており、臓器、組織修復にCD157陽性血管内皮細胞の移植が応用できると考えられます。
さらに、CD157陽性血管内皮細胞移植によって内皮細胞の置換を行い、血管内皮細胞の機能以上を改善できる可能性もあります。マウスで行われた実験では、血友病モデルマウス(血液凝固第VIII因子の異常を持つマウス)は、内皮細胞が正常な血液凝固第VIII因子を産生しないため、血友病の症状を示します。このモデルマウスに正常なCD157陽性血管内皮細胞を移植し、血管内皮の細胞を新しい内皮細胞に置き換えると、血液凝固第VIII因子の活性が回復し、血液凝固第VIII因子による止血能力が正常になります。
現段階では実験動物における研究段階ですが、血友病など、血管が関与する疾患の治療に対して、CD157陽性血管内皮細胞とその移植方法は大きな貢献をすると考えられています。
4. 他の血管内皮幹細胞
ここまでは、幹細胞の特性を持つCD157陽性血管内皮細胞について解説してきました。大阪大学のグループ以外にも、同時期にいくつかのグループが血管内皮幹細胞の性質を持つ細胞を発見しています。
肺の内皮細胞のうち、40%の内皮細胞は造血幹細胞のマーカーとして知られているc-kitという遺伝子を発現しており、この発現が見られる細胞の中には、血管内皮細胞産生能力と、血管形成能力をもつ幹細胞と見なせる細胞が含まれているという報告があります。この肺血管を使った研究では、CD133(別名Prominin-1)の発現が見られる、つまりCD133陽性血管内皮細胞が細動脈に存在しており、この細胞が血管内皮細胞の前駆細胞(可能性として幹細胞も含む)である可能性を示しています。
また、造血幹細胞マーカーや乳腺幹細胞のマーカーであるCD201(別名ERCRまたはPROCR)を発現する血管内皮細胞は全体の約4%であり、この細胞は血管内皮細胞だけでなく、周辺の組織細胞などにも分化できると報告しています。この結果から考えると、CD201血管内皮細胞は、かなり分化能力の高い幹細胞である可能性があります。
さらに、細胞同士を接着させる細胞接着分子、カドヘリン(VE-cadherin)陽性細胞に着目している研究グループもあります。このVE-cadherin陽性血管内皮細胞に対して、CD31とVEGFR2(血管内皮細胞増殖因子受容体II)を作用させることによって、血管内皮前駆細胞ができる可能性が示されています。
これらの研究は、現段階ではそれぞれ独立したものですが、今後それぞれで明らかになった事柄をリンクさせる研究が進行すると、血管内皮幹細胞の性質などがもっと詳細に明らかになっていきます。血管内皮細胞の移植、再生が治療として行うことができるようになれば、虚血部位の治療に大きな貢献をするだけでなく、死因の多くを占める血管系、循環器系の疾患の治療、予防に多大な貢献をすると予想されています。