この記事の概要
  • 1950年代にはシリコンジェル、パラフィンなどを皮下に注入する豊胸手術が行われていた
  • 幹細胞を使った技術が開発される以前は、脂肪注入法が中心だったが、定着率が原因で脂肪幹細胞の注入が始まった
  • 脂肪幹細胞の注入は、BMIが17以上、体脂肪率は20%以上、体重が42kg以上が目安とされている

女性の乳房についての手術の名前で「豊胸手術」という言葉は一般的に浸透しています。こういった乳房の手術は、「大きくする」という観点では「豊胸手術」と言われています。この豊胸手術のノウハウは、他の乳房の手術にも重要です。

豊胸手術の技術は、乳がんなどによる乳房除去後に行われる「乳房再建術」の進歩に貢献しています。また一方で、乳房再建技術での技術進歩が、新たな豊胸手術方法の開発にも貢献しているという側面もあります。豊胸手術、乳房再建技術のどちらも近年は脂肪幹細胞を使った技術が開発されており、幹細胞を使った医療の1つとして注目されています。この記事では、豊胸手術と乳房再建技術のうち、豊胸手術に焦点を当てて解説します。

1. 美容整形における豊胸手術

豊胸手術は、健常な乳房に豊胸術を施し、サイズアップ、見栄えの良い形への整形を指します。美容整形手術の中で豊胸手術の占める割合は多く、アメリカでは美容整形手術の件数においては豊胸手術が約40万件と最多となっています。ブラジル、中国も同様に多くの人が豊胸手術を受けており、それぞれ約15万人、10万人が受けたとされています。日本においては1万数千件で、美容整形目的の手術は全てが自由診療となり、保険の適用外になっています。

1950年代にはすでにこの豊胸術は行われていました。主に、シリコンジェル、パラフィンなどを皮下に注入する方法でしたが、乳房の組織細胞がネクローシス(壊死)するなどの後遺症が多発しました。そのため1960年代に入って、シリコン製の袋にシリンコンジェルを詰めたもの、また生理食塩水を詰めた袋が使われるようになりました。

しかし、これらは経年劣化によって袋が破損し、乳房の変形、または内容物の漏出による健康被害が起き、1990年代には臨床試験以外のシリコンバック使用はアメリカで禁止されています。その後、生理食塩水に高分子ポリーマーを配合したハイドロジェルパックが作られましたが、やはり経年劣化による健康被害の可能性は排除できず、使用が禁止されています。

現在は、技術進歩によって信頼性の高いものが開発されてはいますが、現時点ではこういったバッグ系を使った豊胸手術はアメリカにおいては18歳未満(生理食塩水バッグ)、22歳未満(シリコンバッグ)では禁止されています。ただし例外として、何らかの疾患、傷害による乳房再建術においては使用が認められる場合があります。

現在は脂肪移植による施術が主流になっています。脂肪を注入することにより脂肪移植は、1980年代から行われていますが、初期はシリコンバッグなどの使用と比べると豊胸効果が不十分である、また注入した脂肪の石灰化によって乳がん診断が困難になるなどの理由から、専門家から批判されていました。最近では移植方法、乳がん検査双方の発達により、乳がん診断ができなくなるというケースはほとんどなくなっています。

2. 幹細胞を使った豊胸手術

豊胸手術に用いられる技術は、人工物(シリコン、ウレタンなど)を用いた方法から、組織移植といった方法まで何種類かあります。ここでは、「組織移植」「幹細胞を使った治療」に焦点を当てて解説します。

幹細胞を使った技術が開発される以前は、脂肪注入法が主に使われていました。この方法は、自分の腹部などから脂肪吸引し、その脂肪を乳房に注入するという方法です。切開が必要なく、自分の細胞を使うことから、簡便にできる、拒否反応のリスクが少ないとされています。しかし、この脂肪注入は、組織の石灰化、脂肪細胞の壊死を引き起こす場合があります。その場合、乳房の一部が「硬結化」するという状況になります。

この硬結化は、外部から触診するとしこりの様な触感になるため、乳がんと誤診されたり、乳房に凹凸ができてしまったりする原因となります。この石灰化、脂肪細胞壊死の原因は、脂肪注入技術が行われていた初期には、吸引した脂肪をそのまま乳房に移植していたためです。脂肪吸引によって得られた脂肪には、様々な状態の細胞が含まれています。その中には、寿命が近い細胞、死にかけている細胞(一般的に脂肪細胞の寿命は1年半から3年と言われています)などが含まれているため、これらの不純物とされるものが原因で石灰化、また死んだ細胞内の物質が外に放出されることによって周囲の細胞に悪影響を与え、細胞壊死を誘導していると考えられています。

移植した脂肪がこのようになってしまう場合、または脂肪細胞が元からあった脂肪細胞などに吸収されてしまって目的の大きさに乳房がならなかった場合、「定着しなかった(注入した脂肪細胞が生き残らなかった)」と表現されます。この定着率の改善のために、様々な方法が採用されてきましたが、その中で最近注目されているのが脂肪幹細胞の注入です。

脂肪幹細胞は間葉系幹細胞に分類される幹細胞であり、身体の脂肪組織に含まれています。脂肪吸引によって得られた細胞などを遠心処理します(回転させ、重い物を下に落とし、軽い物を上に維持させることによって目的の物を回収する方法)。この方法を使って脂肪由来の幹細胞を含む脂肪細胞を抽出し、脂肪幹細胞が含まれる割合を増やしていきます。

この技術にはいくつか欠点があります。1つは、脂肪組織は大きさ、重さに個人差があり、脂肪細胞の抽出、精製を完全機械化することは難しいという点です。そのため、脂肪幹細胞を含む脂肪細胞の抽出、精製は技術が必要です(実験経験が数年ある生命科学系、医学系の大学院生でもできる人とできない人がいます)。現在では幹細胞抽出を全自動で行うセリューション、手作業で行うCAL法が使われています。セリューションが優れている、という報告はありますが、現時点では幹細胞の精製度、必要量の幹細胞を確保するためにはどのくらいの脂肪が必要かなど、データ的には曖昧な部分が多くなっています。

2つめは、脂肪幹細胞の濃度を高くするためには、より多くの脂肪を吸引しなければならない点です。基本的に自分の脂肪組織を使うので、元々身体に脂肪の少ない痩せ型の人は、十分量の脂肪吸引が期待できない場合があります。目安として、BMIが17以上、体脂肪率は20%以上、体重が42kg以上が適当であるという報告があります。いったん脂肪幹細胞を抽出し、その細胞を人工的に増殖させて注入するという方法がないわけではありませんが、豊胸に必要な細胞量まで培養するとなると、かなりのコストがかかってしまうことが予想されます。

しかし、横浜市立大学では、乳がん患者などに用いる乳房再建術において、少数の幹細胞を培養して増やし、脂肪に混入して注入するという技術を開発中である事を発表しています。脂肪幹細胞のみを注入するにはかなりのコストがかかりますが、ある程度精製して健常な脂肪細胞と少数の脂肪幹細胞になったところへ、培養して増殖させておいた脂肪幹細胞を加えて患者に注入するという方法です。

また、定着率の向上のため、脂肪幹細胞、脂肪細胞に間質血管細胞群を加え、注入した脂肪細胞が組織化する際に、同時に血管形成を促すという方法も開発中です。この方法の場合、脂肪細胞の組織化、脂肪幹細胞から分化した脂肪細胞の集合体の中に、血管が形成されやすくなります。ここで形成された血管は、もともと身体の中にある血管と結合することによって血液が流入し、酸素、栄養分が新しい脂肪細胞に行き渡りやすくなるという利点があります。これによって、注入した脂肪細胞の定着率が向上することが期待されていますが、現時点では疾患、外傷などによる乳房再建術(多くは健康保険の適用内)を目的として開発されており、豊胸手術への応用はもう少し時間がかかると考えられます。

3. 豊胸手術の過去のトラブルを脂肪幹細胞移植は解決するか?

過去の豊胸手術によるトラブルは、

  • 乳房に石灰化などによるしこりが表れる
  • 乳がん検診の時に問題が生じる(しこりの形成が原因)
  • 乳房に凹凸ができる(しこりの形成が原因)
  • 時間経過と共に乳房が萎縮する(定着率の問題)

などが挙げられます。理論的には脂肪幹細胞を用いることによってこれらはある程度解決できると考えられますが、リスクがゼロになるということではありません。豊胸手術を行う場合は、担当する医師、スタッフから説明を受けて適正に行うことが重要です。

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