この記事の概要
  • マウスによる実験で「分化という面では加齢は解消されないが、遺伝子発現パターンは若齢に近くなる、つまり若返る」という結果を得た
  • 実験の結果「加齢による細胞の性質にはDNAメチル化が大きく関与している」という可能性が明らかとなった

アンチエイジング、という言葉が使われるようになってしばらく経ちます。このアンチエイジングとは、「抗加齢」または「抗老化」を意味します。実際の年齢に逆らうことは非常に難しく、身体は年齢と共に老化していきます。この衰えを緩やかにすること、実年齢よりも若い身体を「保つ」こと、これがアンチエイジングの本質です。「若返る」という表現は、その時の使われ方で意味が多少変わりますが、アンチエイジングが若返りそのものを正確に示しているわけではありません。では、生命科学の分野で「若返る」という現象はあるのでしょうか?

1. 細胞レベルの若返りはできるのか?

1997年、イギリスのロズリン研究所で、世界初のクローン哺乳動物が作られました。6歳のメスのヒツジからクローンされ、「ドリー」と名付けられたこのヒツジは、細胞の分裂回数に関与するテロメアが6歳相当の長さしかないことが発表されています。染色体の両端にあるテロメアは、一般的に細胞分裂を繰り返すと徐々に短くなっていく事がわかっています。つまり、テロメアの長さによって細胞の老化が推測できるというわけです。

しかしその後の研究で、他の動物種から作られたクローンではテロメアの長さがリセットされており、クローン動物は年齢相当のテロメア基準の年齢を持っていることがわかりました。倫理的な問題をちょっと脇に置いて想像すると、あるヒトからクローン人間を作製して、そのヒトのコピーを作ると、テロメア基準での年齢はリセット、ある意味で若返ることができるということになります。

当然、そういったことは倫理的には許されません。では、細胞レベルでの若返りをする方法はないのでしょうか?このことについて、東京大学医科学研究所幹細胞分子医学分野のグループが、千葉大、九州大の研究グループとの共同研究で論文を発表しています。

2. 造血幹細胞と加齢

血球系細胞の全ては造血幹細胞から分化します。造血幹細胞は骨髄に存在していますが、骨髄内には骨髄ニッチと呼ばれる場所があり、造血幹細胞はその骨髄ニッチに存在しています。ニッチとはこの場合、「環境要因」を意味しています。つまりは、骨髄内には細胞の分布などである特徴を持つ、他とは異なる環境要因を持つ場所が存在し、それを骨髄ニッチと呼んでいるわけです。研究グループは、この環境の変化が老化と共に起こり、その結果造血幹細胞関連の老化が起こるのではないかと仮説を立てました

造血幹細胞は血液に細胞を供給する役割を担っており、生命活動の維持には必須の幹細胞です。しかし、個体が加齢するに従って、造血幹細胞は内因性、外因性の要因によってストレスにさらされ、質的な変化と量的な変化が引き起こされます。造血幹細胞が中心となっている造血システムの機能低下は個体にとっては重大な問題であり、生命活動が維持できるかできないかを左右する問題となります。しかし、この造血幹細胞の加齢に伴う変化の分子メカニズムの詳細は現在もわかっていません。

3. 若齢環境で加齢造血幹細胞は若返るか?

研究グループは、加齢した造血幹細胞を若齢の骨髄ニッチに移植した場合、加齢造血幹細胞が若返るのではないか、と考えました。この研究が可能となったのは、マウスへの造血幹細胞移植に新しい技法が確立されたためです。

従来の方法ですと、骨髄移植の際には、放射線照射などの前処置を行ってから移植していました。しかし、こういった前処置をせずにそのまま大量の造血幹細胞をマウスに移植する方法が確立されました。無処置移植ですと、移植される側の骨髄ニッチを正常に維持したままで、提供者の造血幹細胞を移植することが可能になります。この研究で説明すると、若齢の骨髄ニッチを持つマウスは、加齢造血幹細胞を移植する前に放射線処置を行い、自分の骨髄ニッチを解消してから新しい(この場合は加齢造血幹細胞)造血幹細胞を移植していました。つまり、加齢造血幹細胞を含んだ骨髄ニッチが若齢のマウスに移植されることになってしまっていたのです。

新しく確立された方法ですと、若齢マウスは放射線処置がされないため、自分の骨髄ニッチは保有したまま加齢造血幹細胞の移植を受けます。加齢造血幹細胞は、放射線処置によって骨髄ニッチがなくなった環境に移植されるのではなく、若齢骨髄ニッチが維持されている環境に移植されることになります。この実験によって、移植した加齢造血幹細胞の加齢による変化が解消されれば、若齢の骨髄ニッチは加齢造血細胞の加齢進行を止めることができる、あるいは若返らせる事ができるという可能性が出てきます。

研究チームは、まず20ヶ月のマウスを準備しました。この20ヶ月マウスを「加齢マウス」として複数の個体から加齢造血幹細胞(造血前駆細胞も混入)を数万個採取しました。この細胞群を8週齢(生後8週)の若齢マウスに移植します。先の述べたように、これまでの実験だと若齢マウスを放射線処置し、若齢マウス自身の骨髄ニッチを消去するのですが、今回の実験では放射線処置せず、骨髄ニッチが存在している状態で加齢マウスの造血幹細胞を移植します。

この時、20ヶ月マウスの造血幹細胞と比較するために、10週齢マウスから採取した造血幹細胞も別の8週齢マウスに移植しました。そして移植後2ヶ月で骨髄細胞を採取し、解析を行いました。解析は、フローサイトメトリー解析、RNAシーケンス解析、DNAメチル化解析などを行っています。この実験方法によって、加齢造血幹細胞が若齢骨髄ニッチで若返るのかどうかを解析します。

4. 若齢環境でも加齢造血幹細胞の機能は改善しない、だが・・・

若齢骨髄ニッチに移植した加齢造血幹細胞は、解析の結果造血細胞を産み出す能力が改善されませんでした。また、加齢造血幹細胞の特徴である、「分化の方向性が骨髄球に偏る」という性質も改善できません。つまり、この点において、加齢造血幹細胞は、若齢ニッチにおいても加齢の性質を改善することができない、ということになります。

若返りは失敗、または不可能か、という結果ですが、細胞内の遺伝子を調べるとそうでもないことがわかっています。遺伝子の発現パターンを調べると、加齢造血幹細胞と若齢造血幹細胞の間では遺伝子発現のパターンが大きく違うのですが、若齢骨髄ニッチに移植した加齢造血幹細胞は、この遺伝子発現のパターンが若齢造血幹細胞のパターンに戻りかけていることが明らかになりました。つまり、「分化という面では加齢は解消されないが、遺伝子発現パターンは若齢に近くなる、つまり若返る」という結果になります。全ての遺伝子が若齢のパターンになるわけではありませんが、代謝関連遺伝子の多くは加齢から若齢へ若返っています。

さらに、DNAのメチル化を解析しています。DNAのメチル化は、遺伝子の発現を変動させる大きな要因の1つで、加齢と共に変化する部分が最近になって少しずつ明らかになっています。しかし、このDNAメチル化は、加齢造血幹細胞を若齢骨髄ニッチに移植しても若齢方向に変化することはありませんでした。

5. 加齢には何が作用するのか

若返らせる、という目的は果たせませんでしたが、この研究は非常に重要な結果を得ています。細胞の性質自体は若返らせることはできませんでした。しかし遺伝子発現パターンは若返らせることができています。そしてDNAメチル化は若返らせることができていません。これは、「加齢による細胞の性質にはDNAメチル化が大きく関与している」ということを示唆しています

遺伝子発現パターンはトータルで見ると若返っていますが、1つ1つの遺伝子を見ると発現が若齢のパターンになっていないものがあります。おそらくDNAのメチル化が加齢方向になっている遺伝子部分と、発現パターンが若返らない遺伝子部分はほぼ一致していると予想されます。つまり、加齢による機能の変化は、DNAのメチル化によって発現が加齢方向に向かうことが原因であり、メチル化の影響を受ける遺伝子が加齢、老化に関与していると考えられます。

細胞自体の若返りはできませんでしたが、この研究によって造血幹細胞の加齢によって細胞の中で何が起きているのか、それを明らかにするためのきっかけがつかめたと言えます。造血幹細胞における加齢による機能変化の原因遺伝子群が特定されるのもそれほど遠いことではありません。その後、遺伝子から作られるタンパク質の相互作用についての研究を進め、加齢造血幹細胞による機能低下を改善する策、つまり治療方法が確立されるという流れになります。

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