筋萎縮性側索硬化症とは、運動を支える神経が少しずつ弱る病気
筋萎縮性側索硬化症、いわゆるALSは、手足、のど、舌、呼吸に関わる筋肉を動かす運動ニューロンが障害される進行性の神経疾患です。難病情報センターでは、運動をつかさどる神経細胞が障害されることで、筋力低下、筋萎縮、嚥下障害、構音障害、呼吸筋の障害などが進む病気として説明されています。
患者さんの多くは中年以降に発症し、60〜70代に多いとされています。性別では男性にやや多く、男性は女性の1.3〜1.5倍程度とされています。令和5年度の特定医療費受給者証所持者数は9,727人であり、日本国内にも長期的な療養と支援を必要とする患者さんが多くいます。
ALSでは、意識や感覚、眼球運動、膀胱直腸機能などが比較的保たれることが多い一方、運動機能が進行性に低下します。そのため、診断後は薬物療法だけでなく、呼吸管理、栄養管理、コミュニケーション支援、リハビリテーション、生活環境の整備が重要になります。
この病気に対して、幹細胞治療やiPS細胞研究への期待は大きくなっています。しかし、現時点でALSに対する幹細胞治療は、国内で承認・保険適用された標準治療ではありません。研究の進展を正しく理解するには、現在使える標準治療と、研究段階の治療を分けて見ることが大切です。
標準治療は、進行を少しでも遅らせ生活を支えるために組み立てられる
ALSの標準治療は、病気の進行を完全に止めるものではありません。現在の治療では、進行を少しでも遅らせること、症状を和らげること、呼吸・栄養・コミュニケーションを支えることが大きな目的になります。日本神経学会のALS診療ガイドライン2023では、リルゾールとエダラボンが推奨される薬剤として整理されています。
リルゾールは、グルタミン酸による興奮毒性を抑える作用が考えられている薬です。ガイドラインでは、生存期間または気管切開下侵襲的人工換気までの期間を約3か月延長することが示されています。一方で、運動機能低下を明確に抑えるエビデンスは限られており、肝機能障害や間質性肺炎などの副作用にも注意が必要です。
エダラボンは、酸化ストレスを抑える抗酸化薬です。ガイドラインでは、機能低下を遅らせる可能性が示される一方、生存期間延長のエビデンスは確認されていないと整理されています。さらに2025年追補版では、高用量メコバラミンがALS治療薬として保険適用に加わり、SOD1遺伝子変異を持つALSに対してはトフェルセンが保険適用される薬剤として位置づけられました。
これらの薬物療法に加えて、非侵襲的換気、気管切開下人工換気、胃ろうによる栄養管理、痰の排出支援、嚥下訓練、コミュニケーション機器の導入などが重要です。ALS治療は、薬だけでなく、患者さんの生活全体を支える医療として進められます。
既存治療の限界は、失われる運動ニューロンを守り切れないことにある
ALSの治療で大きな課題となるのは、運動ニューロンの変性を十分に止められないことです。リルゾール、エダラボン、高用量メコバラミン、トフェルセンなど、治療選択肢は少しずつ広がっています。しかし、対象となる患者さんや期待できる効果には限界があります。
とくにトフェルセンは、SOD1遺伝子変異を有するALSに対象が限られます。ALSの多くは孤発性であり、すべての患者さんが原因遺伝子を標的とする治療の対象になるわけではありません。ALSは病態が複雑で、神経炎症、酸化ストレス、タンパク質凝集、RNA代謝異常、グリア細胞の異常など、複数の機序が関わると考えられています。
また、ALSでは診断時点で既に運動ニューロンの障害が進んでいる場合があります。神経細胞は一度失われると自然には十分に再生しにくいため、神経を守る治療、神経周囲の環境を整える治療、病態の進行を早期に見つけるバイオマーカー研究が重要になります。
こうした背景から、幹細胞治療が注目されてきました。幹細胞を使って失われた運動ニューロンを補う、神経栄養因子を届ける、炎症を調整する、神経を支える細胞環境を改善するなど、複数の可能性が研究されています。ただし、これらは現在も検証段階であり、標準治療として確立しているわけではありません。
幹細胞治療が注目される理由は、神経を支える環境づくりにある
ALSに対する幹細胞治療で最も多く研究されているのが、間葉系幹細胞や神経幹細胞を用いる方法です。間葉系幹細胞は、骨髄や脂肪などに存在し、免疫調整作用や神経栄養因子の分泌が期待される細胞です。神経幹細胞は、神経系の細胞へ分化する可能性を持つ細胞で、脊髄や脳への投与研究が行われています。
NurOwnとして知られるMSC-NTF細胞は、患者さん自身の骨髄由来間葉系幹細胞を採取し、神経栄養因子を多く分泌するように培養した細胞製剤です。第III相試験では、ALS患者196例がランダム化され、MSC-NTFまたはプラセボが髄腔内に3回投与されました。しかし主要評価項目では、MSC-NTF群33%、プラセボ群28%で統計学的有意差は認められず、主要評価項目は達成されませんでした。
一方で、研究では脳脊髄液中の神経炎症、神経変性、神経栄養因子に関わるバイオマーカーの変化も報告されています。これは、細胞が何らかの生物学的作用を持つ可能性を示す情報ですが、臨床的有効性が確立したことを意味するものではありません。FDAも、当時の第III相試験データでは主要・副次評価項目が達成されなかったと説明しています。
mRNAの観点では、ALS幹細胞研究は二つの方向で重要です。一つは、iPS細胞作製におけるmRNAリプログラミングです。山中因子などをmRNAとして一時的に導入することで、患者由来細胞からiPS細胞を作り、運動ニューロンへ分化させて病態モデルを作る研究が行われます。もう一つは、MSC由来エクソソームに含まれるmiRNAやmRNAが、神経炎症やグリア細胞の反応に影響する可能性を調べる研究です。
国内外の臨床試験は進むが、承認済み治療にはまだ届いていない
ClinicalTrials.govでは、ALSに対する幹細胞関連試験として、MSC-NTF、神経幹細胞、iPS細胞関連研究が確認できます。NurOwnの第III相試験であるNCT03280056は完了していますが、主要評価項目を達成していません。その後、BrainStorm Cell Therapeuticsは、早期症候性ALS・中等度疾患状態の患者を対象とした第IIIb相試験に向けた開発を進めています。
また、NCT06344260では、ヒト神経幹細胞を脳室内へ投与する第II相研究が登録されています。さらに、iPS細胞を用いたALS研究では、患者由来iPS細胞から運動ニューロンを作り、病態再現や薬剤スクリーニングに活用する研究が進んでいます。iPS細胞は治療用細胞としての可能性もありますが、現時点ではALS患者に対する標準的な細胞移植治療として確立していません。
国内jRCTを確認した範囲では、ALSに対する幹細胞治療そのものの明確な登録試験は確認できませんでした。国内ではCL2020など非幹細胞治療の臨床研究情報は確認できますが、MSCやiPS細胞由来細胞をALS治療として国内で承認・保険適用している情報はありません。
査読論文では、MSC、神経幹細胞、iPS細胞の可能性を比較するレビューや、MSC由来細胞外小胞がミクログリア活性化に与える影響を調べた基礎研究が報告されています。これらはALSの複雑な病態に対する新しい切り口ですが、患者さんに同じ効果が確認された段階ではありません。本記事で紹介する幹細胞治療の多くは現在研究段階にあり、すべての患者さんに同様の効果が確認されているわけではありません。実際の治療選択にあたっては、必ず主治医にご相談ください。
期待される効果は、細胞置換よりも神経保護と炎症制御に向けられている
ALSに対する幹細胞治療と聞くと、失われた運動ニューロンを新しい細胞で置き換える治療を想像するかもしれません。しかし、現在の研究でより現実的に検討されているのは、神経を直接置き換えることだけではありません。神経栄養因子を分泌して運動ニューロンを支えること、神経炎症を調整すること、グリア細胞や免疫環境を整えることが重要な研究テーマになっています。
MSC-NTFは、神経栄養因子を多く分泌するように誘導した自家細胞製剤です。理論的には、複数の病態経路に働きかける可能性があります。しかし、第III相試験では主要評価項目が達成されなかったため、臨床的有効性を示すには追加試験が必要です。早期・中等度の患者群で効果があるかどうかも、今後の厳密な検証が求められます。
MSC由来エクソソームやmiRNA研究も注目されています。2024年のシステマティックレビューでは、ALS患者の血中細胞外小胞由来microRNAに関する研究が11件、合計263例を含めて整理され、miR-199a-3pやmiR-199a-5pなどの重なりが報告されました。しかし、採取方法や解析方法が多様で、さらに証拠の蓄積が必要とされています。
mRNAやmiRNAは、ALSの病態理解と治療標的探索に役立つ可能性があります。ただし、特定のRNAを調整すればALSの進行を抑えられると断定できる段階ではありません。幹細胞やエクソソームを利用する場合も、品質、投与経路、投与量、長期安全性、対象患者の選定が大きな課題として残っています。
未来展望は、病態モデルと細胞治療を分けて進めることにある
ALSの幹細胞研究では、治療としての細胞移植だけでなく、病気を理解するためのiPS細胞モデルが大きな役割を果たしています。患者さんの血液や皮膚細胞からiPS細胞を作り、運動ニューロンへ分化させることで、患者ごとの病態を研究室で再現できます。これは、薬剤スクリーニングや病態解明にとって非常に重要です。
mRNAリプログラミング法は、iPS細胞作製において遺伝子をゲノムに組み込まず、一時的に山中因子を発現させる方法として利用されます。こうした技術は、患者由来細胞モデルの品質や安全性を高めるうえで意味があります。ALSでは、SOD1、TARDBP、FUS、C9orf72など、遺伝子背景の異なる病態をiPS細胞で再現する研究が進んでいます。
一方、臨床応用としての幹細胞治療は、より慎重に進める必要があります。ALSは進行が速く、患者さんと家族の切実な期待が非常に大きい病気です。そのため、有効性が未確立の治療を過度に期待させる表現は避けなければなりません。特に、自由診療などで提供される未承認の幹細胞治療については、科学的根拠、安全性、費用、リスクを十分に確認する必要があります。
今後の希望は、標準治療の進歩、遺伝子標的治療、バイオマーカー研究、iPS細胞モデル、細胞外小胞研究がつながることにあります。幹細胞研究は、ALSをすぐに解決する万能策ではありません。しかし、病態を精密に理解し、将来の治療候補を選び出すための重要な基盤です。希望を持ちながらも、検証された情報をもとに選択肢を考える姿勢が大切です。
[出典]
- 難病情報センター:筋萎縮性側索硬化症(ALS)(指定難病2)
https://www.nanbyou.or.jp/entry/52 - 厚生労働省:令和8年4月時点の指定難病(告示番号1〜348)
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_53881.html - 日本神経学会:筋萎縮性側索硬化症(ALS)診療ガイドライン2023
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/pdf/als_2023.pdf - Mindsガイドラインライブラリ:筋萎縮性側索硬化症(ALS)診療ガイドライン2023
https://minds.jcqhc.or.jp/summary/c00821/ - J-STAGE:Addendum to the 2023 clinical practice guidelines for amyotrophic lateral sclerosis in Japan
https://www.jstage.jst.go.jp/article/clinicalneurol/66/2/66_cn-002198/_html/-char/ja - ClinicalTrials.gov:NCT03280056
https://clinicaltrials.gov/study/NCT03280056 - ClinicalTrials.gov:NCT06973629
https://clinicaltrials.gov/study/NCT06973629 - ClinicalTrials.gov:NCT06344260
https://clinicaltrials.gov/study/NCT06344260 - Cudkowicz ME et al. Muscle & Nerve. 2022. DOI: 10.1002/mus.27472
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9305113/ - FDA:Update on Amyotrophic Lateral Sclerosis(ALS)Product Development
https://www.fda.gov/vaccines-blood-biologics/cellular-gene-therapy-products/update-amyotrophic-lateral-sclerosis-als-product-development - Ueno Y et al. Neurobiology of Disease. 2024. DOI: 10.1016/j.nbd.2024.106639
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39168358/ - Dabrowska S et al. International Journal of Molecular Sciences. 2024. DOI: 10.3390/ijms25115707
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38891895/


