多系統萎縮症とは、運動と自律神経が少しずつ障害される病気
多系統萎縮症は、脳や神経の複数の系統が少しずつ障害される進行性の神経変性疾患です。主に、パーキンソン症状が目立つ線条体黒質変性症、小脳症状が目立つオリーブ橋小脳萎縮症、自律神経症状が目立つシャイ・ドレーガー症候群を含む疾患群として扱われます。
症状は一人ひとり異なります。動作が遅くなる、筋肉がこわばる、歩行がふらつく、ろれつが回りにくくなる、排尿障害や立ちくらみが起こるなど、運動機能と自律神経機能の両方に影響します。進行すると、嚥下障害、睡眠中の呼吸障害、転倒、誤嚥性肺炎なども大きな問題になります。
難病情報センターでは、原因はまだ正確には分かっていないと説明されています。病理学的には、オリゴデンドログリアと呼ばれる神経を支える細胞や神経細胞の中に、αシヌクレインというタンパク質が凝集した封入体が形成されることが特徴です。このαシヌクレインの異常な蓄積が、病態研究の重要な手がかりになっています。
令和5年度末の特定医療費受給者証所持者数は10,528人です。発症は成年期で、特に50歳代に多いとされます。進行に伴って生活動作や介護負担が増えるため、患者さん本人だけでなく、家族にとっても長期的な支援が必要な病気です。
現在の治療は、症状を和らげ生活機能を守ることが中心になる
多系統萎縮症に対する現在の標準治療は、主に対症療法です。つまり、病気そのものを十分に抑える治療ではなく、現れている症状を軽くし、生活機能をできるだけ保つことを目的とします。運動症状、自律神経症状、嚥下、呼吸、排尿、睡眠など、症状ごとに治療とケアを組み合わせます。
小脳性運動失調に対しては、日本神経学会ガイドラインで、TRH誘導体であるプロチレリン注射薬とタルチレリン内服薬が、日本で保険適用を認められている薬剤とされています。これらは運動失調の症状改善を目的とする薬剤です。また、強化リハビリテーションには短期間の効果が示されているとされています。
パーキンソン症状が目立つ場合には、レボドパ製剤などの抗パーキンソン病薬が試みられます。ただし、多系統萎縮症ではパーキンソン病に比べて効果が限定的なことがあります。起立性低血圧にはドロキシドパやミドドリンなどの昇圧療法が検討され、排尿障害には抗コリン薬、β3受容体作動薬、α1遮断薬などが症状に応じて使われます。
治療の成果は、進行を止めることではなく、転倒、尿閉、誤嚥、呼吸障害、睡眠障害、介護負担を減らし、生活の質を支えることにあります。とくに神経因性膀胱は早期からみられやすく、ガイドラインでは多系統萎縮症患者の約80%に診断時または診断前から下部尿路症状が認められるとされています。
既存治療の限界は、神経変性そのものに届きにくいことにある
現在の治療は、患者さんの日常生活を支えるうえで非常に重要です。起立性低血圧を管理すれば転倒リスクを減らせる可能性があります。排尿障害に対応すれば睡眠や外出への負担を軽くできます。嚥下や呼吸の管理は、誤嚥性肺炎や突然の呼吸障害への備えとして欠かせません。
一方で、これらの治療は多系統萎縮症の神経変性そのものを明確に抑えるものではありません。αシヌクレインの蓄積、オリゴデンドログリアの障害、神経炎症、髄鞘障害、神経細胞死といった病態に直接働きかける標準治療は、まだ確立していません。
そのため、病気の進行に伴い、歩行、会話、嚥下、排尿、呼吸など複数の機能が同時に問題になることがあります。症状ごとの対症療法を積み重ねても、根本にある神経変性が進む場合には、医療、リハビリ、介護、福祉サービスを総合的に組み合わせる必要があります。
この限界が、新しい治療研究への期待につながっています。幹細胞治療、αシヌクレインを標的とする抗体療法、神経炎症や酸化ストレスを抑える治療、核酸医薬などが研究されています。ただし、期待があることと、標準治療として確立していることは別です。患者さんに届ける情報では、その線引きを明確にする必要があります。
幹細胞治療が注目される背景には、神経保護と炎症調整への期待がある
多系統萎縮症に対する幹細胞治療研究では、主に間葉系幹細胞が検討されてきました。間葉系幹細胞は、骨髄や脂肪などに存在する細胞で、神経栄養因子の分泌、炎症調整、酸化ストレスの軽減、組織環境の改善などが期待されています。神経細胞そのものに置き換わるというより、傷んだ神経環境を支える作用が研究されています。
2012年のAnnals of Neurology掲載論文では、MSA-C患者33例を対象に、自家間葉系幹細胞を動脈内および静脈内に投与するランダム化試験が行われました。神経症状の進行を遅らせる可能性が報告されましたが、症例数は少なく、投与経路や評価方法、長期安全性についてさらに検証が必要です。
mRNAの観点では、多系統萎縮症の幹細胞治療そのものに直接使われるmRNA医薬は確認できませんでした。一方、iPS細胞研究では、山中因子をmRNAとして一時的に導入し、ゲノムへ組み込まずに患者由来iPS細胞を作るmRNAリプログラミング法が研究基盤として重要です。患者由来細胞から神経系細胞やオリゴデンドログリア系細胞を作れば、病態モデルや薬剤評価に役立つ可能性があります。
また、microRNAやエクソソーム研究も注目されています。microRNAは、mRNAの働きを調整する小さなRNAです。多系統萎縮症では、αシヌクレイン凝集、神経炎症、脱髄過程などに関わるmicroRNAの異常が研究されています。ただし、これらは主に病態解明やバイオマーカー研究の段階であり、臨床治療として確立しているわけではありません。
国内外の臨床試験は進むが、標準治療にはまだ届いていない
海外では、多系統萎縮症に対する間葉系幹細胞治療の臨床試験が複数登録されています。NCT00911365では、MSA-C患者を対象に自家間葉系幹細胞の動脈内・静脈内投与が検討されました。NCT02315027では、髄腔内に自家間葉系幹細胞を投与し、安全性と探索的有効性を評価する試験が登録されています。
さらに、NCT05167721では、髄腔内投与される自家間葉系幹細胞について、ランダム化、二重盲検、プラセボ対照、適応的デザインの試験が登録されています。これは、より厳密に安全性と有効性を確認するための重要な試験設計です。ただし、2026年7月時点で、多系統萎縮症に対する幹細胞治療が標準治療として承認されたことは確認できません。
日本国内では、幹細胞治療として承認・保険適用された再生医療等製品は確認できませんでした。一方で、jRCTではLu AF82422など、αシヌクレインを標的とする抗体療法の治験が登録されています。これらは幹細胞治療ではありませんが、多系統萎縮症の病態修飾を目指す研究として重要です。
幹細胞治療の臨床研究で大切なのは、投与経路、細胞の種類、製造品質、投与回数、評価指標を慎重に見ることです。静脈内、動脈内、髄腔内では、細胞が到達する場所やリスクが異なります。少数例で有望な結果が出ても、より大規模で厳密な比較試験がなければ、治療としての位置づけは定まりません。
期待される効果は限定的で、残された課題は多い
多系統萎縮症に対する幹細胞治療で期待されているのは、神経保護、炎症調整、酸化ストレス軽減、栄養因子分泌などです。病気で失われた神経細胞を大量に置き換えるというより、神経変性が進む環境を少しでも緩やかにすることが研究上の焦点です。
前臨床研究では、MSAモデルにおいて間葉系幹細胞が免疫調整や神経保護に関わる可能性が示されています。臨床研究でも、進行速度に影響する可能性が報告されています。しかし、研究規模は限られており、対象は特定の病型や重症度に限られることがあります。すべての患者さんに同じ効果が期待できるわけではありません。
安全性の確認も重要です。自家細胞であっても、採取、培養、品質管理、投与に伴うリスクがあります。髄腔内投与では頭痛、感染、神経症状への影響などの確認が必要です。動脈内投与では血管系のリスクにも注意が必要です。再生医療は「自分の細胞だから安全」と単純に考えられるものではありません。
本記事で紹介する幹細胞治療の多くは現在研究段階にあり、すべての患者さんに同様の効果が確認されているわけではありません。実際の治療選択にあたっては、必ず主治医にご相談ください。特に自由診療や海外治療を検討する場合は、承認状況、臨床試験データ、リスク、費用、長期フォロー体制を慎重に確認することが大切です。
未来展望は、細胞治療と病態標的治療をどう結びつけるかにある
多系統萎縮症の未来の治療は、一つの方法だけで完結するとは限りません。αシヌクレインの蓄積を抑える治療、神経炎症を調整する治療、神経細胞やオリゴデンドログリアを保護する治療、リハビリテーション、嚥下・呼吸管理を組み合わせる方向へ進む可能性があります。
幹細胞治療は、その中で神経環境を支える研究領域として位置づけられます。間葉系幹細胞や細胞外小胞が、炎症や酸化ストレスにどう関わるのか。患者由来iPS細胞を使って、αシヌクレイン凝集やオリゴデンドログリア障害をどこまで再現できるのか。mRNAやmicroRNAの解析によって、進行予測や治療反応を読み取れるのか。こうした問いが今後の研究課題です。
特に、患者由来iPS細胞を用いた病態モデルは、創薬研究に役立つ可能性があります。mRNAリプログラミングで作製したiPS細胞を用いれば、患者さんごとの遺伝的背景を持つ神経系細胞を研究できます。これは、細胞移植そのものではなく、病気の仕組みを理解し、薬剤候補を探すための基盤技術です。
患者さんにとっての希望は、未確立の治療に急ぐことではなく、確かな情報をもとに現在の標準治療と支援を受けながら、研究の進展を見守ることにあります。多系統萎縮症は難しい病気ですが、臨床試験、レジストリー、バイオマーカー研究、再生医療研究が積み重なることで、将来の治療選択肢は少しずつ広がっていく可能性があります。
[出典]
- 難病情報センター:多系統萎縮症(線条体黒質変性症)(指定難病17)
https://www.nanbyou.or.jp/entry/59 - 難病情報センター:特定医療費(指定難病)受給者証所持者数 令和5年度
https://www.nanbyou.or.jp/wp-content/uploads/2025/02/koufu20241.pdf - 厚生労働省:令和8年4月時点の指定難病(告示番号1〜348)
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_53881.html - 日本神経学会:脊髄小脳変性症・多系統萎縮症診療ガイドライン2018
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/sd_mst/sd_mst_2018.pdf - ClinicalTrials.gov:NCT00911365
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