クローン病に対する幹細胞治療の最新研究

目次

クローン病とは、腸に炎症と再燃を繰り返す病気

クローン病は、口から肛門までの消化管のどこにでも炎症や潰瘍が起こりうる、慢性の炎症性腸疾患です。とくに小腸末端部や大腸に病変ができやすく、腹痛、下痢、血便、体重減少、発熱、貧血などがみられます。病変が連続せず、正常な部分を挟んで飛び飛びに現れることも特徴です。

発症には、遺伝的素因、食事、腸内細菌、免疫の過剰反応などが複雑に関わると考えられています。ただし、単一の原因が明確に分かっている病気ではありません。そのため、治療では炎症を抑え、寛解を維持し、狭窄や瘻孔などの合併症を防ぐことが重要になります。

難病情報センターによると、クローン病は10〜20歳代の若年者に好発し、男性に多い傾向があります。2023年度の特定医療費受給者証保持者数は52,108人に達しており、日本でも患者数は増加傾向にあります。若い時期に発症し、長期にわたり治療と生活調整が必要になる点は、患者さんと家族にとって大きな負担です。

クローン病は、治療により寛解導入が可能になってきた病気です。一方で、症状が落ち着いていても腸管内で炎症が進むことがあります。再燃や合併症を防ぐには、継続治療と定期的な画像検査・内視鏡検査が欠かせません。

標準治療は、炎症を抑え、寛解を保ち、合併症を防ぐために行われる

クローン病の標準治療は、栄養療法、薬物療法、内視鏡的治療、外科治療を組み合わせて考えます。治療の目的は、腹痛や下痢を和らげるだけではありません。腸管の炎症を抑え、寛解を導入し、再燃を防ぎ、狭窄、瘻孔、膿瘍、栄養障害などの合併症を減らすことにあります。

栄養療法は、栄養状態を改善しながら腸管を休ませる目的で行われます。薬物療法では、5-アミノサリチル酸製剤、副腎皮質ステロイド、免疫調節薬、生物学的製剤、JAK阻害薬などが使われます。ステロイドは主に活動期の寛解導入に用いられますが、長期維持療法には適しません。

生物学的製剤には、抗TNFα抗体、抗IL-12/23p40抗体、抗IL-23p19抗体、抗α4β7インテグリン抗体などがあります。これらは炎症に関わるサイトカインや免疫細胞の移動を標的にし、腸管炎症の制御を目指します。従来治療で十分な効果が得られない中等症から重症の患者さんでは、こうした治療が重要な選択肢になります。

外科治療は、腸閉塞、穿孔、大量出血、膿瘍、狭窄、難治性瘻孔などに対して検討されます。クローン病では腸管をできるだけ温存することが大切であり、小範囲切除や狭窄形成術などが選ばれることがあります。肛門周囲病変では、切開排膿やシートンドレナージなどの外科的処置も重要です。

既存治療の限界は、複雑痔瘻と再燃の難しさにある

クローン病治療は大きく進歩しましたが、すべての患者さんで安定した寛解が得られるわけではありません。とくに課題になりやすいのが、複雑痔瘻です。痔瘻とは、肛門周囲に膿の通り道ができる状態で、痛み、排膿、感染、日常生活の制限につながります。クローン病に伴う複雑痔瘻は、内科治療と外科治療を組み合わせても管理が難しいことがあります。

抗TNFα抗体などの生物学的製剤により、瘻孔治療の成績は改善してきました。しかし、治療効果が不十分な患者さん、いったん閉鎖しても再燃する患者さん、副作用や感染リスクで治療継続が難しい患者さんもいます。外科的処置も重要ですが、根本的な炎症が残ると再発や再手術が問題になります。

また、クローン病では腸管狭窄や膿瘍、内瘻、外瘻など、腸管の構造変化を伴う合併症が起こります。炎症を抑えるだけでなく、組織修復や瘻孔閉鎖をどう促すかが大きな課題です。この点で、局所の免疫反応を調整し、組織修復を支える可能性を持つ幹細胞治療が注目されてきました。

ただし、幹細胞治療はクローン病全体を対象にした万能の治療ではありません。現時点で日本で承認歴があるのは、非活動期または軽症活動期の成人クローン病患者における複雑痔瘻に対するダルバドストロセルです。腸管炎症そのものを広く治療する標準的な全身療法とは分けて理解する必要があります。

幹細胞治療は、局所の免疫調整と組織修復をねらう

クローン病で実用化に近づいた幹細胞治療の代表が、ダルバドストロセルです。これは、健康成人の脂肪組織から得た同種異系の脂肪由来間葉系幹細胞を培養・増殖した細胞懸濁液です。複雑痔瘻の瘻孔を掻把などで処置したあと、瘻孔周囲へ局所注射します。

ダルバドストロセルの作用は、腸管全体の炎症を直接抑えるというより、瘻孔周囲の炎症環境に働きかける局所治療として考えられています。間葉系幹細胞は、炎症部位で免疫細胞の過剰な反応を調整し、炎症性サイトカインの産生を抑え、組織修復を促す可能性があります。PMDA資料でも、アロフィセルはヒト体性幹細胞加工製品として審査されています。

mRNAの観点では、MSC由来エクソソームの研究が重要です。エクソソームは、細胞から放出される小さな袋状の構造で、内部にmRNAやmiRNAを含むことがあります。mRNAはタンパク質を作る設計図となる分子であり、miRNAはmRNAの働きを調整する小さなRNAです。

炎症性腸疾患の前臨床研究では、MSC由来エクソソーム内のmiRNAがマクロファージの炎症性反応を調整したり、腸管上皮バリアに関わる経路へ影響したりする可能性が検討されています。ただし、MSC由来エクソソームやmRNA調整がクローン病治療として承認されているわけではありません。現時点では、病態理解と新規治療候補を探る研究段階です。

国内外の臨床試験では、有望な結果と厳しい結果の両方が示された

日本で行われたDarvadstrocel-3002試験は、非活動期または軽症活動期の成人クローン病患者で、治療抵抗性の複雑肛囲瘻孔を有する22例を対象とした第III相単群試験です。被験者は、ダルバドストロセル120×10^6個を単回で局所投与されました。主要評価項目は、24週時点の複合寛解でした。

この国内試験では、24週時点の複合寛解率が59.1%、52週時点では68.2%と報告されています。治療関連有害事象としては、クローン病の悪化と下痢、血中ビリルビン増加が各1例報告されました。PMDAは、アロフィセル注について条件及び期限付承認には該当せず、10年間の再審査対象として承認差し支えなしと判断しました。

一方で、その後の海外大規模第III相ADMIRE-CD II試験では、異なる結果が示されました。568例を対象とした同試験では、24週時点の複合寛解率がダルバドストロセル群48.8%、プラセボ群46.3%で、統計学的有意差は認められませんでした。武田薬品は、同試験が主要評価項目を達成しなかったこと、安全性プロファイルは過去試験と一致し新たな安全性所見はなかったことを公表しています。

さらに、日本ではJ-INSPIREとして、ダルバドストロセル使用例を対象に安全性と有効性を36か月追跡する全例調査が登録されています。一方、2026年1月には日本国内でのアロフィセル販売中止案内も確認されています。承認歴がある治療であっても、最新の供給状況や位置づけは主治医と専門施設で確認する必要があります。

期待される効果は限定的で、全身のクローン病治療とは分けて考える

幹細胞治療に期待されるのは、難治性複雑痔瘻に対する局所の炎症調整と組織修復です。ダルバドストロセルは、瘻孔周囲に直接投与される治療であり、腸管全体の炎症や狭窄、腹痛、下痢などを広く改善する全身療法ではありません。そのため、抗TNFα抗体や他の生物学的製剤、栄養療法、外科的治療と同列にすべてを置き換える治療ではありません。

2025年のシステマティックレビューとメタ解析では、肛門周囲瘻孔性クローン病に対するMSCベース治療が検討されています。複数の試験を総合することで有効性の可能性が示される一方、試験デザイン、細胞の種類、投与方法、併用治療、評価時期が異なり、結果の解釈には注意が必要です。ADMIRE-CD IIのように、大規模試験で主要評価項目を満たさない結果もあります。

自家造血幹細胞移植についても、クローン病で研究されてきました。強い免疫リセット効果が期待される一方、前処置や感染症などのリスクが大きく、一般的な標準治療として広く行うものではありません。非常に難治で治療選択肢が尽きた一部の症例に対する研究的治療として整理する必要があります。

MSC由来エクソソームやmiRNA、mRNAを利用する研究は、今後の新しい治療開発につながる可能性があります。しかし、ヒトのクローン病患者で安全性と有効性が十分に確認された治療ではありません。本記事で紹介する幹細胞治療の多くは現在研究段階にあり、すべての患者さんに同様の効果が確認されているわけではありません。実際の治療選択にあたっては、必ず主治医にご相談ください。

未来展望は、炎症制御と組織修復をどう結びつけるかにある

クローン病治療の未来は、炎症を抑えるだけでなく、壊れた組織をどう修復するかという視点へ広がっています。これまでの治療は、免疫の過剰反応を抑える薬物療法を中心に発展してきました。今後は、腸管上皮バリア、腸内細菌、免疫細胞、線維化、瘻孔形成を一体として理解することが重要になります。

幹細胞研究は、その中で組織修復と免疫調整をつなぐ領域です。ダルバドストロセルは、複雑痔瘻という限られた病態に対して、局所に細胞を投与する治療として実用化されました。しかし、ADMIRE-CD IIの結果が示したように、細胞治療の効果は一貫して明確に示されるとは限りません。どの患者さんに適しているのか、どのような前処置や併用療法が必要なのかを、さらに明らかにする必要があります。

mRNAやmiRNAの研究も、将来の個別化医療に関わる可能性があります。MSC由来エクソソームに含まれるRNAが、炎症性サイトカイン、マクロファージの分極、腸管上皮バリアに関わる経路を調整する可能性が示されており、細胞を直接投与しない治療概念にもつながるかもしれません。ただし、現時点では臨床応用前の研究段階です。

患者さんにとって大切なのは、希望を持ちながらも、未確立の治療を過大評価しないことです。国内で承認・供給されている治療、販売中止や供給制限がある治療、臨床試験段階の治療、基礎研究段階の技術を分けて考える必要があります。主治医と現在の病状、瘻孔の状態、既存治療歴、手術歴、感染リスクを整理し、信頼できる情報をもとに選択肢を検討することが重要です。


[出典]

目次