重症筋無力症とは、筋肉への合図が届きにくくなる病気
重症筋無力症は、神経と筋肉のつなぎ目である神経筋接合部に異常が起こり、筋肉に力が入りにくくなる自己免疫疾患です。難病情報センターでは、筋肉側の受容体が自己抗体によって障害される病気と説明されています。特に、まぶたが下がる眼瞼下垂、ものが二重に見える複視、飲み込みにくさ、話しにくさ、全身の筋力低下、疲れやすさが代表的な症状です。
症状は休むと軽くなり、活動を続けると悪化しやすい特徴があります。眼の症状だけにとどまる眼筋型もありますが、全身の筋肉に広がる全身型では、嚥下や呼吸に関わる筋肉が影響を受けることもあります。重症化すると呼吸困難を来すことがあり、慎重な管理が必要です。
患者数は増加傾向にあります。2018年の全国疫学調査では、患者数は29,210人、人口10万人あたりの有病率は23.1人と報告されました。2006年の全国疫学調査では15,100人だったため、診断技術の向上や高齢発症例の増加なども背景に、患者数は約2倍に増えていると説明されています。
標準治療は、筋力を戻すだけでなく生活を守る方向へ進んでいる
重症筋無力症の標準治療は、症状を軽くする治療と、自己免疫反応を抑える治療を組み合わせて行われます。抗コリンエステラーゼ薬は、神経から筋肉への信号を助ける対症療法です。一方、ステロイドや免疫抑制薬は、自己抗体が関わる免疫反応を抑えることで、病気の勢いをコントロールする目的で使われます。
日本神経学会の診療ガイドライン2022では、全身型MGに対して、少量の経口ステロイド、カルシニューリン阻害薬、抗コリンエステラーゼ薬から開始し、十分な改善が得られない場合に早期速効性治療を行う考え方が示されています。早期速効性治療では、血漿浄化療法、免疫グロブリン静注療法、ステロイドパルス療法などを用い、早期改善と経口ステロイド量の抑制を両立することが目標です。
治療目標として重要なのが、MM-5mgという考え方です。これは、経口プレドニゾロン5mg/日以下で、軽微症状レベル以上を目指すものです。大量・長期の経口ステロイドはQOL低下につながることが明らかになってきたため、現在は症状を抑えるだけでなく、治療による負担を減らし、長期的な生活の質を守ることが重視されています。
新しい分子標的薬が増えても、難治例という課題は残る
重症筋無力症の治療は、この数年で大きく変化しました。2025年追補版では、2022年以降にエフガルチギモド、ラブリズマブ、ロザノリキシズマブ、ジルコプラン、エフガルチギモド皮下注製剤などが相次いで承認され、日本で使用可能な分子標的治療薬は6種類になったと記載されています。補体C5阻害薬やFcRn阻害薬は、従来治療で十分な改善が得られない症例に対して、新しい選択肢となっています。
補体C5阻害薬は、抗AChR抗体陽性の重症筋無力症で問題になる補体活性化を抑える薬です。FcRn阻害薬は、病原性IgGを含むIgG抗体の分解を促し、血中の自己抗体濃度を下げることを目的とします。これらは、自己抗体が神経筋接合部を障害するという病態に、より直接的に向き合う治療です。
それでも、すべての患者さんで十分な改善が得られるわけではありません。頻回の免疫グロブリン静注療法や血漿浄化療法が必要になる場合、ステロイドの副作用で治療継続が難しい場合、分子標的薬でも病勢が十分に抑えられない場合があります。こうした難治性重症筋無力症に対して、幹細胞治療や細胞治療の研究が行われています。ただし、これらは現時点で標準治療ではなく、研究段階の選択肢として慎重に扱う必要があります。
幹細胞治療が注目される理由は、免疫の記憶を組み直す可能性にある
重症筋無力症に対する幹細胞治療で報告があるものの一つが、自己造血幹細胞移植です。これは、患者さん自身の造血幹細胞を採取し、強い免疫抑制治療のあとに体へ戻すことで、自己抗体をつくる免疫の偏りをリセットすることを狙う治療です。JAMA Neurologyには、重症筋無力症に対する自己造血幹細胞移植の報告が掲載されています。
一方、間葉系幹細胞は、免疫を調整する働きが研究されています。JCI Insightに掲載された前臨床研究では、重症筋無力症のヒト化モデルマウスに対して、前処置した間葉系幹細胞が抗AChR抗体の低下や神経筋接合部のAChR発現回復に関わる可能性が示されました。これは患者さんへの有効性を直接示すものではありませんが、病態に関わる免疫反応を細胞レベルで調整できる可能性を示す研究です。
この研究では、mRNAレベルの変化も報告されています。mRNAとは、タンパク質を作るための設計図の役割を持つ分子です。前処置した間葉系幹細胞を投与したモデルでは、MGに関わる胸腺内で、TNF-α、BAFF、CD40L、CD40など炎症やB細胞活性化に関わるmRNA発現が低下し、補体制御因子であるCD55のmRNA発現が上昇したと説明されています。
mRNA研究は、幹細胞だけでなく細胞治療全体を変え始めている
重症筋無力症におけるmRNA研究で、近年特に注目されているのがmRNA CAR-T細胞療法です。これは幹細胞治療ではありませんが、患者さん自身のT細胞にmRNAを導入し、一時的に標的分子を認識するCARを発現させる細胞治療です。2026年のNature Medicineでは、BCMAを標的とした自己mRNA CAR-T細胞療法Descartes-08の第IIb相試験が報告されています。
BCMAは、自己抗体を作る形質細胞に関わる分子です。重症筋無力症では、自己抗体が神経筋接合部を障害するため、病原性の抗体産生に関わる細胞を標的にする考え方は理論的に注目されています。Descartes-08では、DNAではなくmRNAを用いてCARを発現させるため、従来のCAR-T細胞療法とは異なる設計思想を持ちます。
国内でも、YTB323というCAR-T細胞療法の第I/II相試験が進められています。jRCT2053240204として登録され、難治性全身型重症筋無力症患者を対象に、安全性、有効性、細胞動態を評価する試験です。京都大学医学部附属病院と千葉大学医学部附属病院での実施情報が公開されています。これも幹細胞治療ではありませんが、自己免疫疾患に対する細胞治療の流れとして重要な研究です。
国内外の研究は進むが、標準治療とはまだ距離がある
自己造血幹細胞移植については、2016年のJAMA Neurology論文、2023年と2025年のAnnals of Clinical and Translational Neurology論文などで、難治性重症筋無力症に対する報告があります。2025年の報告では、多くの患者で持続的な寛解が得られた一方、医学的に複雑なMG患者では移植関連死亡が高くなる可能性があるとされています。これは、効果の可能性と同時に、治療リスクの大きさも示す重要な情報です。
間葉系幹細胞については、ClinicalTrials.govに自家骨髄由来幹細胞や脂肪由来自己間葉系幹細胞を用いる試験が登録されています。ただし、公開情報の範囲では主要結果が確認できず、重症筋無力症に対する有効性を判断できる段階ではありません。前臨床研究では有望な機序が示されていますが、臨床での安全性、有効性、投与方法、対象患者の選定は今後の検証が必要です。
国内では、重症筋無力症を効能・効果とする承認済みの再生医療等製品は確認できませんでした。PMDAの再生医療等製品承認品目一覧においても、重症筋無力症に対する幹細胞治療製品は確認できません。したがって、現時点では標準治療を土台にしながら、幹細胞治療や細胞治療を研究段階として冷静に見ることが大切です。
本記事で紹介する幹細胞治療の多くは現在研究段階にあり、すべての患者さんに同様の効果が確認されているわけではありません。実際の治療選択にあたっては、必ず主治医にご相談ください。
未来の治療は、自己抗体をどう制御するかが鍵になる
重症筋無力症の治療は、抗コリンエステラーゼ薬やステロイドを中心とした時代から、免疫抑制薬、早期速効性治療、分子標的薬へと進んできました。現在は、補体C5阻害薬やFcRn阻害薬によって、自己抗体や補体活性化により直接働きかける治療が可能になっています。これは、患者さんのQOLを守りながら病勢を抑える方向へ、治療が進化していることを意味します。
幹細胞治療や細胞治療の研究は、その先にある選択肢として位置づけられます。自己造血幹細胞移植は免疫系の再構築を狙い、間葉系幹細胞は炎症やB細胞活性化に関わる分子を調整する可能性が研究されています。mRNA CAR-T細胞療法は、病原性抗体を生み出す細胞群に働きかける新しい細胞治療として検証が進んでいます。
ただし、希望と確実性は分けて考える必要があります。研究段階の治療は、対象患者、治療のタイミング、長期的な安全性、費用、国内承認状況など、確認すべき点が多くあります。患者さんにとって大切なのは、現在使える標準治療を主治医と丁寧に検討しながら、新しい研究についても信頼できる情報源をもとに理解を深めていくことです。
[出典]
難病情報センター:重症筋無力症(指定難病11)
厚生労働省:令和8年4月時点の指定難病一覧
日本神経学会:重症筋無力症/ランバート・イートン筋無力症候群診療ガイドライン2022、2025追補版
PMDA:医療用医薬品情報、再生医療等製品承認品目一覧
ClinicalTrials.gov:NCT03069170、NCT05167721、NCT06704269、NCT04146051
Bryant A et al. JAMA Neurology. 2016. DOI: 10.1001/jamaneurol.2016.0113
Beland B et al. Annals of Clinical and Translational Neurology. 2025. DOI: 10.1002/acn3.52246
Schlatter MI et al. Annals of Clinical and Translational Neurology. 2023. DOI: 10.1002/acn3.51898
Sudres M et al. JCI Insight. 2017. DOI: 10.1172/jci.insight.89665
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