自分の細胞と他人の細胞の違い、拒否反応のメカニズム

この記事の概要
  • 自分の細胞と他人の細胞の違い
  • 拒絶反応が起こるメカニズム
  • 動物由来の臓器を使った研究

「自分」と「他人」という区別の仕方、または違いは、哲学的には古くから考えられてきた課題の1つです。それとは別に、自然科学、医学の分野でも、この考え方をベースとした研究が行われてきました。

人間の身体には、特に細胞レベルにおいては、「自己」と「非自己」という概念があります。

人間は1つの受精卵から発生した個体であり、そこから発生した細胞を全て自己として認識します。一方で、他の受精卵から発生した個体の細胞は自己ではない、つまり非自己と認識されます

この自己・非自己という概念は、疾患の治療においてとても重要です。臓器移植などで問題になる拒否反応は、この自己・非自己の認識によるものです。

非自己と認識されると、免疫系のリンパ球が非自己と認識された細胞に対して攻撃を開始します。自分の身体を守るシステムにとっては、治療するための臓器移植であっても、それは自己ではない外来異物として、排除しなければならないものと認識されてしまうのです。

幹細胞においても、自分以外の細胞から作られた幹細胞は非自己と認識される、つまり拒否反応が起こると考えられてきました。しかし、特に海外での研究では、拒否反応の起きない非自己の幹細胞をつかった治験が進み、実際に治療の1つの手段として行われています。

医療の分野では、自分の細胞を自家細胞(じかさいぼう)、自分以外の他人の細胞を他家細胞(たかさいぼう)と呼びます。また、幹細胞を使った研究では動物種をこえて、他の動物に人間の臓器を作らせる研究も進んでいます。

この記事では、自己・非自己による違い、研究や治療がどのように進んでいるかについて解説します。

目次

1. 自家細胞と他家細胞の区別

1-1. HLAが自己・非自己を区別

自家細胞は自分自身の細胞、他家細胞は他人の細胞です。

人間の細胞であることに変わりはありませんが、人間の身体はそれをはっきりと区別することができます。では、どうやって自分自身の細胞と他人の細胞を区別しているのでしょうか。

動物の細胞表面には、MHC(Major Histocompatibility Complex:主要組織適合性複合体)と呼ばれる免疫反応に必要な糖タンパク質がたくさん存在しています。

これを人間の場合は、HLA(Human Leukocyte Antigen:ヒト白血球抗原)と読んでいます。HLAは自己・非自己を認識するために複雑な構造になっているのが特徴です。現在、HLAはおおよそ1万パターン以上あると考えられています。中にはHLAが同じパターンの人も存在し、HLAが同じ人由来であれば免疫反応は抑制できるのです。

この構造によって免疫反応が開始され、自己・非自己が区別できるのです。細菌やウイルスが体内に侵入したときも、HLAを認識するシステムを使い、入ってきた物質、細胞、生物などを免疫システムが異物として認識し、攻撃を開始します。

臓器移植で拒否反応を示す場合は、このHLAの違いから、体内の免疫システムが移植された臓器を異物として認識し、その細胞に対して攻撃を仕掛けます。

1-2. 疾患治療での自己・非自己の認識

特に臓器移植を伴う疾患治療では、自己・非自己認識による拒否反応を抑制しなければ、移植した臓器を守る事ができません。そのため、臓器移植では多くの場合、免疫抑制剤を使います。

臓器移植自体が成功しても、患者はずっと免疫抑制剤を飲み続けなければなりません。HLAの異なる細胞を移植した場合、定着したとしてもHLAは異なったままで、常に免疫システムからの攻撃の危険性にさらされ続けるからです。

HLAの型は遺伝子配列で決まっており、その遺伝子配列が異なれば異なるHLAになります。幹細胞から作られる細胞、分化する細胞は全てその異なる遺伝子配列を複製しながら発生していくので、幹細胞由来の臓器でも免疫抑制のなんらかの対策を取らなければなりません。

現在、日本の幹細胞バンクでは様々な型のHLAのiPS細胞を準備し、拒否反応を抑制できる治療を目指しています。これが普及すれば、拒絶反応の確率を大きく減じる事ができ、再生医療がさらに発展します。

1-3. 他家細胞を使った研究・治療

法律の関係上、国内では他家細胞をつかった治療は確立していません。しかし、再生医療が進んでいる海外では、他家細胞を用いた研究や治療が法律で認めら、既に治療に用いられている国もあります。

一見すると他家細胞ではHLAが適合せず拒否反応が起きそうですが、海外では既にそこをクリアしている事例もあります。

他家細胞で拒否反応の起きない治療に関する詳しい説明は以降の記事で書いていきます。

2. 異種由来臓器とその利用

2-1. iPS細胞を使った研究

異種由来臓器とは、ブタなどの動物体内で作った臓器を人間に移植する方法です。ちょっと驚くような方法ですが、ここでも幹細胞を使った研究が進んでいます。特にiPS細胞を用いた異種由来臓器の研究について説明します。

腎臓移植を例にしましょう。まず、腎臓が作られないように遺伝子改変したブタの受精卵に、iPS細胞を導入します。ブタの受精卵のDNAには腎臓を作る情報が欠損していたとしても、iPS細胞のDNAには腎臓を作る情報が配列上にちゃんとあります。

iPS細胞を導入したブタの受精卵をブタの子宮に戻し、発生を続行させます。現段階では研究レベルで臨床には応用されていませんが、これによってヒトの細胞で作られた腎臓を持つブタが生まれてくると考えられ、研究が進んでいます。

HLAが適合するiPS細胞を使って、ブタの体内で臓器を作り、それを移植するという事になれば、HLAの不適合からの免疫反応を避ける事ができます。つまり、臓器移植の際に投与され、その後も飲み続けなければならない免疫抑制剤が必要なくなる可能性があります。

免疫抑制剤を使わずに、iPS細胞で免疫を抑制する細胞を作り、移植前にその細胞を使う事によって拒否反応を防ぐという方法も考えられています。これは2020年に北海道大学から研究成果が報告されており、期待値が高まっています。

3. まとめ 

臓器移植では自家細胞と他家細胞の違いから、免疫システムの応答による拒否反応が大きな障害になります。幹細胞においても他家細胞やiPS細胞は免疫システムからの攻撃対象となり、拒否反応が起きる可能性があります。

これを解決する方法として、

  • 異物感染に対して身体が弱くなることをある程度覚悟して免疫抑制剤を飲み続ける方法

が取られていますが、

  • 自分の幹細胞、または自分の細胞から作ったiPS細胞を使う方法

が次の対策として考えられています。

 

一方で海外では他家細胞の治療も確立されており、その動向に注目しておくことも自分の身を守る上では必要です。

現状、国内で最も実用可能性が高いのは、様々なHLAタイプのiPS細胞を準備する幹細胞バンクの設立ではないかと考えられています。もしHLAタイプが一致していれば免疫システムは非自己と認識されないので攻撃は起こりません。

医学の研究のみでなく、自然科学の研究からも将来には自己・非自己のハードルをクリアする知見が出てくるかもしれません。

自分の幹細胞を使えば問題ありません。また、自分の細胞から作製されたiPS細胞を使った場合も問題はないと考えられています。でももし、自分の細胞や幹細胞になにかしらの問題があったら、それを元にした幹細胞やiPS細胞にも問題が残っている可能性が高いはずです。

自己・非自己の研究で何らかのブレイクスルーが期待されているのです。

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