官民連携で進める、幹細胞・再生医療に関する日本の技術開発

この記事の概要
  • 幹細胞についてざっくり解説
  • 日本の再生医療実現に向けた動きを紹介
  • 官民連携で進める研究の、現在の研究成果

幹細胞とは、

  • 自分と同じ能力をもった細胞に分裂することができる自己複製能
  • さまざまな細胞に変化する分化能

を持った細胞です。能力によって「全能性幹細胞」「多能性幹細胞」「組織幹細胞」などに分類されます。

幹細胞については以下の記事でより詳しくまとめていますので、ご覧ください。

これまで治療が困難であった病気などの新しい治療法や、新しい医薬品の開発など、幹細胞を使った医療に関する研究が世界で進められています。日本でも、2012年に京都大学の山中教授らがiPS細胞に関する研究でノーベル生理学・医学賞を受賞したことは、記憶に新しいと思います。

今回の記事では、この幹細胞に関する日本の取り組みについて詳しく解説します!

目次

1. 各省庁の取り組み

日本では再生医療に対する高い期待から、平成25年に「内閣官房に健康・医療戦略室(現健康・医療戦略推進本部)」が設置され、平成27年には国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)が設立されました。

また、平成25年から26年にかけて、

  • 再生医療推進法
  • 再生医療等安全確保法
  • 医療品医療機器等法

の法整備がされました。再生医療等製品の早期の実用化のための承認制度の整備などにより、再生医療実現に向けての体制が整えられています。

再生医療等安全確保法と医療品医療機器等法については、以下の記事でも解説しています。

基礎研究から臨床段階まで切れ目なく一貫した支援を行い、臨床研究やiPS細胞を用いた創薬研究などの再生医療の実用化を推進するため、厚生労働省、文部科学省、経済産業省それぞれで連携しあい支援を実施しています。

これらの省連携による「再生医療実現プロジェクト」が発足され、2020年までの達成目標を以下のように定めています。

  1. iPS細胞技術を活用して作製した新規治療薬の臨床応用(臨床研究または治験の開始)
  2. 再生医療等製品の事業承認数の増加
  3. 臨床研究または治験に移行する対象疾患の拡大
  4. 再生医療関係の周辺機器・装置の実用化
  5. iPS細胞技術を応用して医薬品心毒性評価の国際基準化への提言

1-1. 再生医療の実現に向けた動き

1-1-1. 文部科学省

再生医療のいち早い実現を目指して協力に研究を推進するため、基礎・応用研究、非臨床試験の段階で、再生医療実現拠点ネットワークプログラムを実施しています。

1-1-2. 厚生労働省

再生医療の臨床試験を推進するため、臨床研究・治験、実用化段階での再生医療実用化研究事業再生医療臨床研究促進基盤整備事業に着手しています。また、応用研究から非臨床、臨床研究・治験、実用化段階で、審査の迅速化・質の向上と安全対策の強化のために、医薬品等規制調和・評価研究事業を実施しています。

1-1-3. 経済産業省

再生医療の実現化を支える産業基盤を構築するために、再生医療・遺伝子治療の産業化に向けた基盤技術開発事業を行っています。これは、再生医療等の製品開発体制の構築支援が目的です。

1-2. 製薬等への活用

1-2-1. 文部科学省

基礎・応用研究の段階で、再生医療実用拠点ネットワークプログラムを実施し、疾患特異的iPS細胞の利活用を促進し、難病研究や創薬研究を加速させています。

再生医療実現拠点ネットワーク
疾患・組織別の研究課題について、臨床段階への移行を目指し研究を推進しています。そのために、安全性や再生医療等の実現のための基盤技術の開発を実施しています。

さらに、次世代の再生医療、創薬の実現のために多様的で挑発的な研究開発を育成・支援しており、疾患・組織別に再生医療の実現を目指す研究の推進を実施しています。また、健常人によるiPS細胞バンク(研究用にiPS細胞を蓄えること)の充実と利活用の促進を行っています。

1-2-2. 厚生労働省

応用研究から非臨床、臨床研究・治験、実用化の段階で、iPS細胞等を用いた創薬等の研究支援を目的として、以下の事業を進めています。

再生医療実用化研究事業
再生医療とコンピューター技術等の科学技術との融合による、質の高い再生医療の臨床研究や医師主導治験の支援が継続実施されています。創薬研究に対しては、文部科学省事業と連携し、一定の進捗のある細胞株を利用して、最適候補化合物スクリーニングを実施しています。
再生医療臨床研究促進基盤整備事業
再生医療の知識・経験をもつ大学や医療機関が連携して、人材育成やデータベース整備等の臨床研究基盤の整備を行い、再生医療の実用化促進を図っています。国内外の研究者同士の人材交流の促進や開発データベースの国際的な利活用、国際展開を見据えた支援を実施しています。
医薬品等規制調和・評価研究事業
再生医療等製品の実用化のための造腫瘍性評価(がん化した細胞が混入していないかの評価)に関する研究を推進しています。

1-2-3. 経済産業省

幹細胞による創薬支援の実現化を支える産業基盤を構築するため、再生医療・遺伝子治療の産業化に向けた基盤技術開発事業を実施しています。具体的には、均一な細胞を安定して製造する技術の開発、iPS細胞等を活用した医薬候補品安全性等評価技術の開発です。

再生医療等の製品の開発体制の構築支援、安全性・有効性等の評価手法の開発を行っています。また、iPS細胞等から分化誘導される臓器細胞を応用した、医薬候補品の安全性等を評価する基盤技術の開発も推進されています。

もっと詳しく

【令和2年度の研究開発関連予算案の概要】

  • 再生医療実現拠点ネットワークプログラム 91億円(前年91憶円)
  • 創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業 37億円(前年29億円)
  • 東北メディカル・メガバンク計画 20億円(前年15億)
  • 再生医療統制品の先駆け審査指定精度促進のための体制整備 48億円(新規)
  • 医薬品・医療機器等の承認審査の迅速化 27.8億円(前年28.8億円)
  • 医薬品・医療機器等の安全対策の推進 6.6憶円(前年8.1億円)
  • 基盤技術開発事業 51億円(前年36億円)

2. 現在の研究事例・成果

2-1. 基礎研究

ゲノム編集でHLAホモiPS細胞を編集
京都大学の堀田らが他家移植の際に免疫拒絶のリスクが少ないiPS細胞を作る2つの方法を開発しました。
小児腎臓病解明と治療
先天性ネフローゼ症候群の患者さんの皮膚からiPS細胞の培養に成功しました。
ALS新規病態を発見
東北大学の青木教授らがALS患者より培養したiPS細胞から運動ニューロンを作製し、運動ニューロンの軸索の形態が異常となることを発見しました。

2-2. 臨床研究・治験

亜急性脊椎損傷に対する神経前駆細胞を用いた再生医療
慶應義塾大学の岡野教授らは、亜急性脊椎損傷に対し移植を実施し、移植細胞と安全性の確認をしています。
iPS細胞から作製した角膜上皮細胞シートの移植
大阪大学の西田教授らは、iPS細胞から作製した角膜上皮細胞シートを角膜上皮幹細胞疲弊症の人へ世界で初めて移植しました。

2-3. 基盤技術開発

iPS細胞の大量自動培養装置を製品化
日立製作所はiPS細胞の大量自動培養装置を製品化し、大日本住友製薬に納入しました。
ここがポイント

これら以外にも、脳・神経、心臓、消化管、血管、眼、関節・骨、血液など体中のさまざまな部位に関して、幹細胞を用いた臨床研究・治験がなされています。

3. まとめ

文部科学省、厚生労働省、経済産業省が連携をとりながら、さらに民間企業も協力し、国をあげて幹細胞の再生医療の研究、実用化の推進を行っています。研究関連開発の予算は年を追うごとに増額され、基礎研究から応用研究・臨床まで、世界に先駆けた取り組みを実施しようとしています。

幹細胞や再生医療の研究はまだまだ発展途上であり、こうした技術の世界は日進月歩。世界と対等に渡り歩くことができるか、「技術の日本」が試されています。

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