この記事の概要
  • プラナリアの全細胞数の10%が幹細胞
  • プラナリアの幹細胞は、全ての細胞に分化することができる“全能性幹細胞”

プラナリアは、再生医療の実現の糸口をつかむため、研究がおこなわれる体長1~3cmほどの生物です。

この記事では、幹細胞研究に欠かせないプラナリアのメカニズムについて、解説していきます。

1. プラナリアの再生能力

プラナリアという生き物は、2つに切断すると、切断された身体が再生し、2つの個体になるという“再生能力”がよく知られています。中学校理科の教科書に掲載されている内容ですので、覚えている方も多いと思います。このプラナリアの再生は、1900年頃から確認されており、現在まで100年以上にわたって研究され続けています。

プラナリアはウズムシとも呼ばれ、淡水、海水、また陸上では湿気の高い場所に生息しています。扁形動物門に属しており、このプラナリアが属するウズムシ網以外の扁形動物は、サナダムシ、広節裂頭条虫などの寄生虫が大部分です。

このあたりの動物は多様性があり、分類、呼称が曖昧な部分があります。日本でプラナリアと呼んでいるものは、ウズムシ目、ウズムシ亜目、サンカクアタマウズムシ科に分類されているウズムシの一部ではないかと考えられています。

このプラナリアの再生能力は非常に強力で、身体を3つに切れば、頭からは腹部から下、尾部からは頭部、真ん中の断片からは頭部、尾部の両方が再生します。つまり、ただ身体が再生するだけでなく、身体の方向が正しく再生されます。この方向性を「極性」といいますが、この極性が正しく再生されるメカニズムはまだ不明な点があり、研究が進められています。

100を越える断片を作った場合でも、再生速度には差がありますが、全てのプラナリアが再生したという報告があります。ただし、咽頭、目の周辺からは再生できません。また、切断する実験をする場合は、プラナリアを絶食状態にしないと、自分の体内の消化液で自分を分解してしまいます。

プラナリアは、細胞分裂のように1つの個体から2つの個体を作り出す無性生殖と、精子と卵子を使った有性生殖を周囲の環境によって使い分けて繁殖するという、かなり環境に適応する力の強い生物です。

2. プラナリアは全身に幹細胞を持つ

プラナリアを高倍率の顕微鏡で観察すると、全身に核が大きく細胞質が小さい細胞が分布しています。この「核が大きく、細胞質が小さい(細胞の体積における核の占める割合が大きい)」という細胞は、未分化な細胞、つまり幹細胞の可能性が高い細胞の形態的な特徴です。

プラナリアに放射線を照射すると、この大きな核をもつ細胞が消失します。これも未分化な細胞の特徴です。分化した細胞は、増殖能力を抑制、または消失してそれぞれの細胞の役割を果たします。一方、一般的に未分化の細胞は増殖能力が高く、次々と細胞分裂をして細胞を増やしていきます。

この細胞分裂の際には、DNAの複製が必要です。その細胞に放射線が照射されるとDNA上に変異が起こり、細胞死が誘導されます。そのため、幹細胞などの未分化細胞は放射線に対して弱いという性質を持っています。

この未分化な細胞はおそらくは幹細胞であり、全身に分布している幹細胞が存在するために、プラナリアはどう切断されても再生するのではないかと予想されましたが、100以上の断片にしても再生するということは、全身にかなりの数の幹細胞が必要になります。そして、完全体に再生するということは、プラナリアが持つ幹細胞は、どんな細胞にも分化できる全能性を持った幹細胞であることが予想されます。

3.プラナリアからの幹細胞分離

プラナリアの幹細胞を分離しようとしたのが、京都大学のグループです。セルソーティングという技術を使って幹細胞を分離し、X線の照射によってこれが幹細胞である事を確認し、細胞数を調べたところ、プラナリアの全細胞数の10%がこの幹細胞である事が明らかになりました。

さらに解析を進めると、プラナリアの幹細胞には2種類あり、盛んに細胞分裂をする幹細胞と、細胞分裂を行わない静止期の幹細胞、つまり冬眠状態の幹細胞が存在することが明らかになっています。そしてこの2つのタイプの幹細胞は分布傾向が異なり、冬眠状態の幹細胞は表皮側、そのすぐ内側に盛んに細胞分裂をする幹細胞が存在することがわかっています。

なぜこの2つの幹細胞が存在するかについては、すでに仮説が提唱されています。静止期の幹細胞は、マスターの役割を持ち、必要な時にのみ分裂して自分のコピーを作ります。作られたコピーは盛んに細胞分裂を行い、幹細胞を供給しているという仮説をもとに現在研究が進められています。

しかし、静止期の幹細胞はシグナルが与えられると細胞分裂を開始してしまう可能性があります。そのため研究グループでは、周囲の環境から幹細胞を隔離し、静止期を維持するための微小環境(ニッチ)が体内に存在していると予想しています。どうしても必要な時にのみ、隔離している壁が取り払われ、マスター幹細胞からコピー幹細胞が再生され、必要な幹細胞が供給されるというメカニズムです。

さらに、プラナリアの幹細胞は、細胞増殖をする幹細胞、静止期の幹細胞両方で、piwiという遺伝子の発現が必要である事もわかっています。細胞分裂においては性格が違う2種類の細胞ですが、piwi遺伝子の発現がないと、幹細胞としての性質を維持できなくなります。

4. 幹細胞内の分子メカニズム

Piwiという遺伝子は、もともとショウジョウバエの生殖細胞に発現し、生殖細胞の形質を維持するために重要な遺伝子として発見されました。真核生物(ヒト、ショウジョウバエなどを含む)のゲノムには、トランスポゾンという遺伝子が存在しています。この遺伝子は、“動く遺伝子”ともいわれ、本来ある場所からDNAの別の位置に転移してしまいます。

生殖細胞でこのトランスポゾンが自由に動き回ると、子孫に遺伝情報が正確に伝わらなくなる可能性が高くなってしまいます。Piwiは、このトランスポゾンの発現を抑制することで、生殖細胞のDNAをトランスポゾンによる遺伝子変異から守っていることが明らかになっています。

この理屈で考えると、幹細胞でもpiwiが重要であることが納得できます。幹細胞は様々な細胞に分化することができ、同時に、プラナリアの静止期幹細胞のように、マスターデータの役割も果たします。トランスポゾンによって変異が幹細胞のDNA上に起こってしまうと、その幹細胞は正確な分化ができなくなる可能性が生じます。そういった事を避けるために、幹細胞でもpiwiを発現させ、その機能でトランスポゾンによるDNA変異を抑制し、正しい配列を持つDNAを維持していると考えられます。

DNA上に変異が入ると、変異を持つDNAを保有している細胞は細胞死によって生体から除去されるケースがあります。これは、アポトーシスのシステムに含まれているDNAのチェック機能が作用するためです。しかし、このチェック機能が見落としてしまった変異は、細胞分裂で受け継がれたり、生殖によって次世代に受け継がれたりする危険性があります。そのため、DNAのチェック機能と同時に、DNA変異の原因となるメカニズムを抑制するシステムも細胞は持っています。

プラナリアの幹細胞のように、全ての細胞に分化することができる“全能性幹細胞”は、全ての細胞に分化する能力を持ち続けなければなりません。それぞれの細胞に分化する時には、遺伝子の発現を調節する“転写調節因子”の働きが重要になります。分化する細胞の種類だけこの転写調節因子群の調節パターンの種類も存在するため、DNA上の少しの変異でも大きな影響が出ます。

複雑な遺伝子転写調節メカニズムが正しく動き、目的の遺伝子が正確に発現し、必要なタンパク質が合成される幹細胞のメカニズムの一部は、この100年以上研究されてきたプラナリアの再生から明らかになったのです。ヒト、マウスなどの哺乳類以外の生物、プラナリア、ショウジョウバエなどの生物の研究がいまだに盛んに行われているのは、多方面からアプローチすることによって、ヒトに応用できる研究結果が見つかることが多いためです。幹細胞は多くの動物種に存在するため、プラナリアのような動物からヒトに至るまで、幅広い動物種で研究されています。

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