幹細胞の「ホーミング」という性質を利用した再生医療について

この記事の概要
  • 幹細胞のもつ「ホーミング」という性質について解説
  • ホーミングを利用した治療法と実例

幹細胞にはいくつかの能力があります。その能力は大きく二つに分けられます。

  • 自分と同じ能力を持つ細胞に分化できる能力(自己複製能)
  • 様々な細胞や組織に分化できる能力(分化能)

この能力は、今後の医療の発展に非常に重要な能力として注目され、研究が進められています。

そんな特別な能力を持つ幹細胞ですが、さらにある特殊な性質を持っていることがわかりました。それが「ホーミング」という性質です。今回は、幹細胞が持つ「ホーミング」について解説します!

目次

1. 「ホーミング」という言葉の意味

ホーミングは英語で「homing」と書きます。一般的な意味としては

  • 帰巣性(きそうせい、動物たちが自分の巣に帰っていく性質)
  • ミサイルが目標の発する熱や電波・音響などを探知して、自動的に目標を捕捉追跡すること

という2つの意味がありますが、今回の意味合いとしては、どちらかと言えば後者が近いですね。

例えば、けがをした場合、その部分の組織や細胞は損傷を受けます。 損傷を受けた組織や細胞は「助けを呼ぶ合図」を出し、救助を求めるわけです。その合図よって幹細胞がその場所に集まり、損傷を受けた組織や細胞に分化し傷を治します。

さながら、幹細胞は人体のレスキュー隊のようです。このように、損傷を受けた組織や細胞に幹細胞が集まっていくことを「ホーミング」または「ホーミング効果」と呼んでいます。

2. 「ホーミング」と治療

幹細胞は、さまざまな組織や細胞に分化できる能力を持っていて、その能力は非常に期待されています。

しかしES細胞やiPS細胞は、現時点ではまだ研究の段階で実用化には至っていません。

逆に、すでに実際の治療に用いられているのは体性幹細胞(成体幹細胞)です。中でも「間葉系幹細胞」を用いた治療が注目されています。「間葉系幹細胞」は、複数の組織や細胞に分化できる細胞です。さらに皮膚や脂肪、骨髄などあらゆる場所に存在しているため、

  • 比較的簡単に多くの幹細胞が採取できる、脂肪由来の間葉系幹細胞を用いた治療
  • 数が非常に少なく採取も難しいが高い効果が期待できる、骨髄由来の間葉系幹細胞を用いた治療

など、さまざまな手法が確立されています。

あらゆる場所に存在する間葉系幹細胞ですが、実際の治療に用いる際は、培養して数を増やす必要があります。そして培養された幹細胞は点滴等で体内に注入されます。

ここで重要なのが「ホーミング」です。

損傷を受けた部位に直接的な治療を行う必要はありません。全身の血管を通り損傷を受けた組織や細胞の合図を受け取ってその場所に集まり、傷を治すのです。

3. 「ホーミング」を利用した再生医療の実際

幹細胞が持つ「ホーミング」という性質を利用した治療は、再生医療として実際に行われています。

国からの認可を受けて保険が適用される治療もありますが、その数はわずかです。保険適応されない幹細胞治療は「自由診療」となりますが、自由診療で再生医療を提供する場合、国への届け出が必要となります。

では実際に「ホーミング」を利用した再生医療にはどのようなものがあるか。開発中のものも含まれますが、具体例をご紹介します。

3ー1. 脳梗塞

脳梗塞は、脳の血管が詰まることで引き起こされます。

脳の血管が詰まると、そこに酸素や糖分を供給することができなくなり、脳の細胞が死んでしまします。詰まる血管や障害を受ける脳の部位によって、麻痺、言葉障害、意識障害を引き起こすことがあります。

これまで「障害をうけ死んでしまった脳の細胞は元の状態には戻らない」と言われていました。障害を早期に食い止め、後遺症が残るのを最小限にするために、脳梗塞の治療は時間との勝負だと言われています。

しかし幹細胞を用いた治療により、障害を受けた脳細胞の再生ができることが近年の研究で明らかになり、治験が進んでいます。この治療には骨髄や脂肪由来の幹細胞が用いられます。患者さん自身の骨髄や脂肪組織から間葉系細胞を採取し培養し、幹細胞を点滴により投与します。ホーミングにより障害を受けた脳細胞へと運ばれ、脳梗塞自体を改善させたり、後遺症を軽くしたりする効果が期待されているのです。

3-2. 筋萎縮性側索硬化症(ALS)

筋萎縮性側索硬化症(ALS)とは体中の筋肉がだんだんと衰弱していく病気です。手足のしびれなどの症状から始まり、徐々に体が動かなくなっていきます。運動神経が障害を受け、最終的には飲み込むことや呼吸ができなくなっていきます。その原因は明確になっておらず、治療法も確立されていません。

このような状況の中で、期待されているのが幹細胞を用いた治療です。幹細胞を点滴することで障害を受けた神経に作用し、症状を改善させたり、進行を遅らせたりする効果があるということがわかってきています。

3-3. 脊髄損傷

事故などによる外的な刺激により脊髄に損傷を受け脊髄が損傷すると、麻痺や知覚の異常などを引き起こします。完全麻痺になると、下肢や四肢全く動かせない状態となり、感覚も失われます。脊髄も脳と同じように、一度を障害を受けた細胞は元に戻ることはなく、現時点では有効な治療法は見つかっていません。

この脊髄損傷にも幹細胞を用いた再生医療が有効であることがわかってきました。他の事例と同様に、培養した幹細胞を点滴により投与します。点滴により投与された幹細胞は、損傷を受けた幹細胞に作用し、障害された脊髄を再生させる効果が期待されています。

脊髄損傷に関する再生医療では、2018年12月に「ステミラック注」が再生医療製品として、条件付きで国の認可を得ています。参考資料として、北海道医科大学の事例動画を載せておきます。

3-4. 糖尿病

糖尿病には、膵臓(すいぞう)から分泌される「インスリン」というホルモンが深くかかわっています。通常、食事をすると血糖値は上がりますが、このインスリンというホルモンにより、血糖値を正常に保つことができます。しかし、何らかの原因によりインスリンの働きが悪くなったり、インスリンがうまく分泌できなくなったりすると血糖が高い状況が続きます。この状態が糖尿病です。

最初は無症状のことが多く、症状が進行するとさまざまな合併症を引き起こします。糖尿病性の網膜症になると失明するリスクが高まります。末梢の血流が障害されると、足や手を切断しなければいけなくなることもあります。

この膵臓の機能低下も、幹細胞を利用した再生医療で機能回復させる効果が期待されています。

 

ここにあげた4つの治療は、ほんの一例です。この他にも「ホーミング」を利用した治療法が医療機関で実施されています。

4. 「ホーミング」と再生医療への期待

幹細胞が持つ「ホーミング」を利用した再生医療は、次のような疾患の治療に効果があるのではないかと、その効果が期待され、現在もその研究が進められています。

脳・神経
脳梗塞・アルツハイマー・脳挫傷・心筋梗塞動脈硬化・骨髄損傷頸髄損傷・筋萎縮性側索硬化症など
内分泌
糖尿病など
皮膚
アトピー性皮膚炎、掌蹠膿疱症、皮膚潰瘍、乳房再建など
整形
変形性室関節症、腱損傷、末梢神経障害など
消化器
肝硬変、慢性膵炎
泌尿器
腎臓:前立腺肥大・腎不全など
慢性閉塞性肺疾患、肺気腫など

このほかにも、更年期障害や外傷、がん、アンチエイジング全般などにも、その効果が期待されています。

5. まとめ

幹細胞は「ホーミング」という能力を持っています。

幹細胞治療ではこの「ホーミング」により、障害を受けた部分に直接貼り付けたり、注入したりしなくても、点滴投与などにより、幹細胞がその部分に集まり治療効果を発揮してくれます。

これにより、治療での負担がとても小さくなるメリットがあります。多彩な才能を持った幹細胞。その才能は、アンチエイジングなど、身近なところでの利用に対しても開発が進められています。

とはいえ幹細胞を用いた治療は研究中のものが多く、海外と比べ国内の事例は非常に少ないのが現状です。研究と法整備などが進んでいますが、国内でも「治療法」として確立され、必要とする多くの患者さんが利用できるようになるには、もう少し時間が必要です。

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