- EG細胞は、卵・精子のもととなる「始原生殖細胞」から作られる
- 「始原生殖細胞」は妊娠5週から9週の死亡胎児から取り出し、3つの因子を含む培養液で培養する
- EG細胞の培養研究を応用して「mGS細胞」が確立された
EG細胞とは、英語ではEmbryonic germ cell、日本語では胚性生殖幹細胞のことです。多能性(個体は形成しないが、内胚葉、中胚葉、外胚葉に属する全ての細胞系列に分化する能力)を持つ幹細胞の1種類で、始原生殖細胞(PGC:Primordial germ cell)から作られます。
1998年に、胚性幹細胞(ES細胞)の培養の成功とほぼ同時に、死亡胎児の始原生殖細胞の培養に成功した事が報告されています。
妊娠5週から9週の死亡胎児から取り出した始原生殖細胞を使って培養されており、ES細胞とほぼ同じ機能を持っているとされています。
1. 始原生殖細胞とは?
ヒトの発生、成長に従って、女性では卵巣、男性では精巣が発達し、その中で卵と精子がそれぞれ作られます。始原生殖細胞は、この卵と精子のもととなる細胞です。この始原生殖細胞は、卵巣、精巣ができる前から身体の中に存在します。
受精後に発生が進むと、細胞は大きく分けて2つのグループになります。1つは身体の様々な組織、臓器、器官を形成する体細胞系列(Somatic cell line)、もう1つは女性では卵、男性は精子と、次代の生命を生み出すための生殖細胞になる生殖細胞系列(Germ cell line)です。発生するときに大きなポイントになるのは、内胚葉、中胚葉、外胚葉の三胚葉への分化ですが、体細胞系列と生殖細胞系列の決定は、この三胚葉が分化する前に行われます。
生殖細胞になるためには、生殖質と呼ばれる特殊な卵細胞質を含む事が必要です。このメカニズムはモデル生物のショウジョウバエで詳細に研究されており、生殖細胞質を分配された細胞が始原生殖細胞になる事がわかっています。
ヒトの胚では、受精後11日あたりまでには始原生殖細胞が胚内に存在する事がわかっています。出現初期は50個から100個の細胞グループですが、受精後12日胚では2500個から5000個に増えています。
始原生殖細胞は、胚内の生殖隆起という場所に集まります。生殖隆起は体細胞から構成され、始原生殖細胞が集まったところで、始原生殖細胞を包み込むように伸長します。ここまでは女性、男性共通です。
その後、男性では、その構造が網のような構造をした組織になります。その網の一部に生殖細胞が詰まった場所があり、ここが後の精細管になります。
女性の場合は、生殖細胞は1つを残して退化します。この1つの生殖細胞と体細胞の細胞塊を形成すると、細胞塊は原始卵胞になります。
始原生殖細胞は、ヒトの発生初期に出現し、生殖関連の組織形成に重要な役割を果たします。その後、女性であれば卵、男性であれば精子のもととなって次世代を残す役割を担います。
2. EG細胞の培養方法
ヒトの妊娠5週から9週の死亡胎児から取り出された始原生殖細胞は、3つの因子を含む培養液で培養されます。その3つの因子を以下に挙げます。
2-1. 白血病阻止因子(LIF:Leukemic inhibitory factor)
この因子が除去されると、細胞は自己分化を始めます。ES細胞の確立に必要な内部細胞塊の至る所で発現しています。
2-2. 塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF:Basic fibroblast growth factor、塩基性繊維芽増殖因子)
多くの機能を持つ因子で、細胞の増殖、組織への分化などの過程に関与します。
2-3. 幹細胞因子(SCF:Stem cell factor)
この因子も多くの機能を持ちます。代表的な機能としては、造血幹細胞の増殖が挙げられます。
これらの3つの因子と始原生殖細胞を培養すると、多能性を持ったEG細胞が作製されます。
3. ES細胞、iPS細胞とEG細胞のちがい
EG細胞の作成過程、細胞内で何が起こっているかをもっと詳しく理解するには、ES細胞、iPS細胞と比較しながら見ていくと理解しやすくなります。
まず、iPS細胞は分化した体細胞を使って作製します。この体細胞は分化能をもっていません。その体細胞に初期化遺伝子を組み込みます。初期化遺伝子から発現した初期化タンパク質の作用によって、体細胞は初期化され、多能性を持つiPS細胞になります。つまり、分化能なしから多能性への変化です。
ES細胞は受精卵から発生が進行した胚盤胞の内部細胞塊を使います。この内部細胞塊を取り出して培養する事によってES細胞は作製されます。内部細胞塊を構成する細胞群は多能性を持っており、ES細胞は多能性を持つ細胞の機能を維持して培養、そして多能性を持つES細胞となります。
EG細胞は、もととなる細胞は始原生殖細胞です。この細胞はまだ分化していませんが、生殖細胞になることがすでに決定されています。1種類の細胞に分化する機能を持つ、すなわち単能性を持つ細胞です。この始原生殖細胞を死亡胎児から取り出して、LIF、bFGF、SCFと共に培養すると、EG細胞になります。つまり、単能性から多能性への変化です。
もととなる細胞がどのような細胞か、分化の観点から見たときにどの能力を持っているかで培養方法が異なります。EG細胞は単能性を持っている細胞の機能を拡張して多能性にする、という感じでしょうか。
4. EG細胞の問題点
EG細胞の持つ大きな問題点は、死亡胎児5週から9週の始原生殖細胞が必要であるという所です。ES細胞と同様に、受精した後の胚、胎児の細胞が必要であり、ES細胞と同じ倫理的な問題を含んでいます。
死亡した胎児であったとしても、人間の持つ倫理観からは拒否反応を示す意見も当然出てきますし、便利だからと言ってその意見を無視することはできません。
現在EG細胞は医療用に使われる例はほとんどありません。研究材料として使っている研究室も世界的にかなり少なく、日本においては、死亡胎児組織由来のヒトEG細胞研究は前提として実施しない事になっています。
ただし、他の幹細胞から始原生殖細胞を作製した場合の誘導評価、ヒト発生の研究に使用する事を視野に入れながら議論されていますので、一律的に禁止という状況ではないと思われます。
5. EG細胞の可能性
2004年、京都大学大学院医学研究科、篠原教授らのグループが、精子幹細胞からES細胞、EG細胞と同等の能力を持つ細胞を作製し、Multipotent germline stem cell、mGS細胞と命名されました。
精子幹細胞は体外で人工的に増殖させる事は不可能でした。篠原教授らは生後のマウスから採取した精子幹細胞を、EG細胞作製のときと同じLIF、bFGF、さらにグリア細胞株由来神経栄養因子(GDNF:Glial cell line-derived neurotrophic factor)、上皮成長因子(EGF:Epidermal growth factor)と共に培養する事によって、精子幹細胞の増殖に成功しました。
この精子幹細胞を不妊マウスの精巣に移植すると、そのマウスは正常な子孫を残す事に成功しています。この細胞はGS細胞(Germline stem cell)と名付けられ、この細胞を用いた遺伝子改変マウスの作成過程で、ES細胞と類似した形態を持つ細胞が出現しました。
この細胞を解析したところ、機能がES細胞と類似しており、mGS細胞と名付けられたのですが、この研究が与えた大きなインパクトは、「多能性細胞の形成能力は胚、胎児の段階でのみ存在し、生後の生殖細胞には多能性を持つ能力がない」という考えを覆した事です。
つまり、胚や胎児を破壊したり、死亡した胎児を使う事なくES細胞、EG細胞と同等の多能性を持つ細胞の培養の可能性が示されたのです。ただし、遺伝子発現の調節に大きく関与するDNAメチル化パターンが、ES細胞では体細胞に近いパターンであったのに対し、mGS細胞では精子に近く、このことが分化にどのような影響を与えるのかは今後の研究を待たなければなりません。
6. まとめ
EG細胞は、それ自体が医療に利用できる、利用を期待される細胞というよりも、今後の幹細胞研究において必要となる倫理的なハードルをクリアするための途中経過で生まれた細胞という印象があります。
EG細胞の培養研究を応用してmGS細胞が確立された事からも、EG細胞の存在が無駄ではなかった事がわかります。今後、これらのノウハウを活かして、複数のもととなる細胞から幹細胞が作られていくと考えられます。その土台の一部を作ったのは、紛れもなくEG細胞の研究です。