iPS細胞(人工多能性(たのうせい)幹細胞)とは?

この記事の概要
  • iPS細胞は世界中で研究が行われている
  • ES細胞にあった倫理的問題をクリアしているが、新たな課題もある
  • リプログラミングのメカニズムは解明されていない部分もある

ES細胞・iPS細胞は、実用化には至っていませんが、再生医療への応用が期待され、日本を始め世界で研究が進められています。今回の記事では、このうちiPS細胞について、徹底解説します!

目次

1. iPS細胞とは?

iPS細胞は、induced pluripotent stem cellsの略で、日本語では人工多能性幹細胞という名前がついています。ES細胞と同じように、分化万能性をもつ細胞で、さまざまなな臓器に分化する事ができます。

この細胞は、分化した体細胞を初期化し、分化前の状態に戻して作られます。そのため、他人からの細胞ではなく自分の細胞を使ってiPS細胞を作製し、そのiPS細胞を分化させる事によって必要な臓器、組織を作る事ができます。

iPS細胞の利点は大きなものが2つあります。

  1. 他人の臓器などを移植した場合の自己、非自己認識に伴う拒絶反応を避ける事ができる事です。臓器移植では拒絶反応は大きなハードルであり、移植された患者は長期にわたって免疫抑制剤を投与、服用し続けなければなりません。
  2. 受精卵から発生する胚盤胞を破壊して作製されるES細胞と異なり、自分の細胞を採取して作製する事ができるため、生命、または生命となり得る胚を破壊しなくて済む、という倫理的な問題がクリアされる事です。

現在、iPS細胞を様々な臓器、器官に分化させるための培養方法が研究、開発されています。いくつかの臓器、器官についてはすでに実用段階まで来ているものもあります。

再生医療の分野で大いに期待されているiPS細胞ですが、創薬の面でも注目されています。

iPS細胞を分化させる事によって、疾患の状態を再現した細胞も作成する事が可能です。この疾患に分化させた細胞を使って、効果のある化合物を探す、細胞の反応を解析するなどの研究展開も現在進められています。

2. iPS細胞開発の経緯

iPS細胞といえば、京都大学の山中伸弥教授、という認識は日本人の多くの方が持っているでしょう。

山中教授は、理化学研究所(理研)の林崎良英博士の構築したマウスの遺伝子発現データベースを解析し、細胞の初期化に関わると予想される遺伝子を24個ピックアップしました。

この遺伝子のうち、Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycの4つを導入した細胞を、Fbx15遺伝子の発現で選別してiPS細胞を樹立しました。後に、Fbx15の発現ではなく、Nanogという遺伝子を関連付ける方法でiPS細胞を樹立しています。

同時期に、マサチューセッツ工科大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校、ハーバード大学でもiPS細胞と同様の性質を持つ細胞が樹立されています。

この段階では遺伝子改変されたマウスがiPS細胞の選別に必要でした。ヒトで作るとなると、遺伝子改変したヒトが必要という事になりますが、それは倫理的に許される事ではありません。

しかし、マサチューセッツ工科大学のヤニッシュ博士のグループが、選別を細胞の形態で行う方法を開発し、ヒトでのiPS細胞樹立が現実的となります。

その後、山中教授はヒト繊維芽細胞に、マウスと同様のOct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycの導入によってヒトiPS細胞の樹立に成功します。山中教授は市販されているヒト繊維芽細胞を使ってiPS細胞を樹立しましたが、ハーバード幹細胞研究所のグループは、成人男性の掌から採取した細胞に、Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc、さらにhTERT、SV40 large Tという遺伝子を組み込んでiPS細胞を樹立しました。

これらによって、

  • 市販されているヒト繊維芽細胞を使ってのヒトiPS細胞の樹立できる事
  • 成体から採取した細胞でもiPS細胞が樹立できる事

が証明されたのです。

3. がん化の危険性を回避する

iPS細胞作成のためにOct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycを導入するのですが、ここで問題が生じます。4つのうちの1つ、c-Mycは、がんの原因遺伝子とされており、過剰な発現は細胞のがん化をまねくという知見があったのです。

  • ヒトのバーキットリンパ腫
  • びまん性大細胞型B細胞リンパ腫
  • いくつかの上皮性悪性腫瘍

では、c-Mycの過剰発現が確認されています。「過剰発現すれば必ずがんになる」というわけではないのですが、このリスクを回避する必要があります。

そして山中教授は、Oct3/4、Sox2、Klf4の3つと、c-Mycの代わりにGlis1という遺伝子を導入することによってiPS細胞を樹立しました。これによって、がん化のリスク、iPS細胞を使う人達の不安を取り除きました。

4. iPS細胞の特許

iPS細胞の基本技術の特許は、京都大学iPS研究所が持っています。しかし、すんなりiPS研究所が持ったわけではありません。

製薬企業であるバイエル社も同じ時期にiPS細胞と同様の性質を持つ細胞の樹立を行っていました。山中教授の特許申請が2006年12月、バイエル社は2007年6月で、山中教授が先んじていました。そのため山中教授の特許が認められましたが、山中教授の樹立方法と、バイエル社の樹立方法には違いがあり、バイエル社の部分的特許が認められる可能性もあります。

この基本特許は、30以上の国と地域で認められており、京都大学iPS細胞研究所は、このライセンスを無償提供しています。

iPS細胞自体の基本技術の特許は京都大学ですが、iPS細胞から臓器を再生する特許は、東京大学と特許管理会社が保有しています。

5. iPS細胞の課題

5-1. 新たな倫理的課題

ES細胞は倫理的問題がありましたが、iPS細胞はそれをクリアしました。このことは幹細胞について批判的な姿勢を取っていたローマ教皇庁から、「難病治療につながる技術を受精卵を破壊する過程を経ずに行えることになったことを称賛する」と歓迎されています。

しかし、この技術を使うと、

  • 理論上、同性者間でも子供を作る事が可能
  • 理論上、同一人物の細胞から精子と卵子を作製して受精させる事も可能(事実上のクローン人間)

であるため、新たな倫理問題も生まれています。

5-2. 解明すべきメカニズム

細胞の初期化がOct3/4、Sox2、Klf4の3つと、c-MycまたはGlis1でなぜ起こるのかについて、詳細なメカニズムが解明されていません。この解明は、iPS細胞の安全性を担保する上でも重要な情報となります。現在、多くの研究機関でこのメカニズムの研究が進んでいます。

拒絶反応については、自分の細胞であるために拒絶反応は理論上起こらないはずなのですが、マウスでは起こる事があるという報告があります。このメカニズムの解明も急務です。

5-3. コスト

最後にコストの問題です。

2014年に行われた加齢黄斑変性症の治療のために、網膜上皮細胞をiPS細胞から作った際には、約5,000万円のコストがかかったと言われています。このままですと、この治療を受けられる患者がかなり限られる、保険を適用すれば、保険制度の破綻が考えられます。今後、コストダウンは実用化に向けた大きなハードルとなります。

6. iPS細胞のこれから

再生医療と創薬に大きな貢献をするとされているiPS細胞は、多くの研究チームがこの細胞を研究素材とし、様々な研究が進められています。

よく目にするニュースに、野球選手の靱帯損傷があります。現在は、トミー・ジョン手術によって別の部分から正常な腱を損傷した靱帯を取り除いて移植する方法です。身体の一部からの移植ですので、その人は不完全な部分が生じてしまいます。しかし、iPS細胞で再生ができれば、別の部分の腱を犠牲にして靱帯を再建しなくてもよくなります。

また、不妊治療には大きな貢献をすると期待されています。不妊の原因はいくつか考えられますが、その原因の1つである生殖細胞の発生異常に対して、始原生殖細胞の移植によって男性の場合、女性の場合双方共に解決できる可能性があります。

創薬においても、iPS細胞から様々なタイプのがん細胞を作製し、抗がん剤の効果を試す、化合物で抗がん剤のシーズになり得るものを探し出す、などに有用です。現在市販されており、がんの研究に使われているがん細胞は、ヒトのがんのタイプに対して非常に種類が少なく、全てのタイプのがんに通用する知見を得る事が難しい状態です。

がん細胞は患者による個体差もあるため、患者から提供を受けるケースもありますが、この場合は倫理委員会などの承認が必要であり、それが時に研究の律速になってしまう場合もあります。もしiPS細胞で人工的に作製できるのであれば、こういった手続きも簡略化できる部分が出てくるので、研究成果が出るまでの時間を短縮できます。

今後、iPS細胞を使った研究、医療は大きく発展していくでしょう。しかしそれに伴って新しい問題も発生します。その問題の予測、解決がこれからは非常に重要です。そのため、日本全国の多くの研究グループがiPS細胞の研究を進めています。

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