- PG-EG細胞は、始原生殖細胞由来の胚性生殖細胞である
- 始原生殖細胞とは、生殖細胞のもとになる細胞を指し、女性は卵子に男性は精子に分化する
- PG-EG細胞は、再生医療だけでなく動物資源の維持、保護に応用する動きがある
生殖細胞からつくられるPG-EG細胞は、ES細胞やiPS細胞と同等の分化能力を持ちます。
この記事では、PG-EG細胞の特徴を解説します。
1. PG-EG細胞とは
PG-EG細胞のPGとEGは、PGが始原生殖細胞(Primordial Germ cell)を示し、EGは、胚性生殖細胞(Embryonic Germ cell)を示します。胚性生殖細胞(EG cell)は、始原生殖細胞(PG cell)から樹立されるために、PG-EG細胞と呼ばれます。
つまり、始原生殖細胞由来の胚性生殖細胞、という意味になります。文献によっては、胚性生殖幹細胞という表現をするものもあります。iPS細胞は体細胞から作成されるのに対して、PG-EG細胞は、生殖細胞から作られます。
EG細胞は、胚性幹細胞(ES細胞、Embryonic Stem cell)とほぼ同じ能力を持ち、LIF(leukemia inhibitory factor:白血病阻止因子)、FGF(Fibroblast growth factor:繊維芽細胞増殖因子)存在下で培養すると、自己複製を行い、細胞増殖します。
胚性生殖幹細胞、という別名がある事からもわかるように、幹細胞ですので未分化の状態の細胞です。この未分化の状態、つまり幹細胞の状態で継代可能、増殖可能な細胞で、ES細胞と同様の分化全能性、多分化能を持っています。
ES細胞と比べると、作成の効率が悪いのですが、EG細胞を使ったキメラマウスの作成が可能であり、このキメラマウス同士を交配させてEG細胞由来のマウスを作ることができます。これは、再生医療の基礎となる研究に非常に役に立つ性質です。
PG-EG細胞を理解するために、まずはPG(Primordial Germ cell)、試験生殖細胞から解説します。
2. 始原生殖細胞とは
始原生殖細胞とは、生殖細胞のもとになる細胞を指します。女性の場合、始原生殖細胞は、卵原細胞と卵母細胞を経て卵子に分化します。男性の場合は、始原生殖細胞が精原細胞、精母細胞と発生が進み、精細胞を経て精子に分化します。
一般的な有性生殖を行う動物の体を構成する細胞は、体細胞と生殖細胞に大きく分けることができます。
体細胞の場合は、がん化するなどの場合を除いて、分裂回数が限られていますが、生殖細胞の分裂は無限とされています。また、体細胞が細胞分裂時にDNA複製を行うのに対し、生殖細胞系列は減数分裂という分裂を行います。これも体細胞と大きく違うポイントです。
我々は、父親からの染色体と母親からの染色体、それぞれ1組ずつ、2組持っています。体細胞には常に2組の染色体が存在していますが、もし生殖細胞が2組の染色体をもっていた場合、2組の染色体を持つ精子と卵子が受精するため、染色体が4組になってしまいます。
そのため、生殖細胞では、いったん生殖細胞を複製し、分裂前の細胞に4組の自分の染色体を準備して減数分裂に入ります。減数分裂は、第1減数分裂、第2減数分裂と2回続きます。この2回の細胞分裂では、1回目で2組の染色体を持つ生殖細胞ができ、その後染色体の複製を行わずに2回目の分裂をするため、2組の染色体が分裂した2つの細胞に1組ずつ分配され、染色体を1組しか持たない生殖細胞が完成します。
この生殖細胞が、相手の生殖細胞と受精することによって、お互いが持つ1組ずつの染色体を出しあい、2組の由来が異なる(父親と母親ということ染色体を持った受精卵ができます。
最近の研究では、この段階でゲノムインプリント(GI:Genomic imprint)という現象が起きることがわかっています。DNAはメチル化による修飾がされており、この修飾は遺伝子発現調節の1つの機能となっていますが、受精卵が受け継いだ父親由来の染色体、つまりゲノム(遺伝子)と、母親由来のゲノムでは、DNAのメチル化パターンが異なります。
生殖細胞の場合は、父親由来、母親由来のメチル化情報はいったん全てがキャンセルされ、個体のあわせて再度の刷り込み(インプリント:imprint)が行われます。これは体細胞には見られない性質です。
3. PG-EG細胞
EG細胞は、多能性(Pluripotency)をもつ細胞で、個体を形成する能力はありませんが、内胚葉、中胚葉、外胚葉それぞれの胚葉由来の細胞系列に分化する能力を持っています。こういった細胞を万能細胞と呼び、以下の細胞がその万能細胞に該当します。
- 胚性幹細胞(ES細胞)
- 肺性腫瘍細胞(EC細胞)
- 胚性生殖幹細胞(EG細胞)
- 核移植ES細胞
- 体細胞由来ES細胞(ntES細胞)
- 人工多能性幹細胞(iPS細胞)
つまり、始原生殖細胞から確立されるPG-ES細胞は、ES細胞、iPS細胞と同等の分化能力を持つということになります。
作成方法などがPG-EG細胞に近いものは胚性幹細胞、ES細胞ですが、元となる細胞がES細胞とPG-ES細胞では異なります。胚性幹細胞では、受精卵から細胞分裂を繰り返して多細胞で構成された胚から内部細胞塊を採取して行います。ここで受精卵から発生してきた胚はそれ以上の発生を行うことができません。つまり、受精した時点で「新しい生命」という定義を使うと、生命を犠牲にして確立するのが胚性幹細胞です。
ではPG-EG細胞の場合はそうでないのかというと、やはり胚を犠牲にせざるを得ません。これは。ES細胞が、「胚性」幹細胞、PG-EG細胞が「胚性」生殖幹細胞と呼ばれているように、「胚」から採取した細胞で作られることが名前に組み込まれていることから想像できます。
発生途中の胚を犠牲にするということは、現在では倫理面で大きな問題をはらんでおり、批判の声も少なくありません。しかし、始原生殖細胞を使った幹細胞作成の研究はあちこちで継続されています。これは何故でしょうか?
4. PG-EG細胞の研究が持つ可能性
始原生殖細胞由来の幹細胞、PG-EG細胞を使って直接再生医療を行うということは、かなりハードルの高い方法になります。しかしマウスなどを使って研究を行うことで、再生医療に重要な基礎的な知見を得ることができます。iPS細胞などを使って実用化目前まで行っている再生医療も、医療を受ける患者が増えればどんな現象が新しく見つかるのかは現時点ではわかりません。
再生医療においてどんなことが起こる可能性があるのか、それは移植された側にどういう影響を及ぼすのかなどは膨大な基礎研究を行わないとなかなか予測することができません。PG-EG細胞は、そういった基礎研究に大きな貢献をする細胞と言えます。
例えば、体細胞から作製されるES細胞と、生殖細胞系列から作製されるEG細胞の遺伝子発現の違い、DNAメチル化パターンの違いを調べ、さらにiPS細胞と比較するだけでも、再生医療に有益な情報を得ることができます。
また、PG-EG細胞は再生医療だけでなく、「動物資源の維持、保護」に応用する動きが出ています。先に述べたように、EG細胞樹立には倫理面のハードル、そしてES細胞と比べて作製の効率が悪いという欠点があります。しかし、EG細胞を使ってキメラの個体を作成可能という点はEG細胞の大きな利点と言えます。
キメラとは、同一個体の中に複数の遺伝情報パターンを持つ個体です。普通の個体は、父親由来の情報と母親由来の情報からなる遺伝子を持った細胞で体が作られていますが、EG細胞を使うと、そこに別の個体由来の情報を持った細胞を埋め込むことができるのです。
例えば、Aという貴重な動物がいたとします。この動物の胚から始原生殖細胞を採取し、EG細胞を作製します。このEG細胞を使い、Aと同種のBという動物を使ってA由来のEG細胞を使ったキメラBを作製し、キメラBの雄と雌を交配させてAができないだろうか、という方法です。
実際に、この方法は岩手大学農学部と岩手県が共同研究として行っています。1984年に天然記念物に指定された岩手地鶏は、現在は岩手県農業研究センター畜産研究所で数百羽が飼育されているだけです。しかも、産卵数が年々減少しており、このままだと種の絶滅が危惧されています。
このグループの研究では、キメラを作製することにはいったん成功し、その個体を使って交配をしましたが、現時点では岩手地鶏が生まれてくることはないと報告されています。現時点では、キメラの個体を改良して岩手地鶏に近い個体を産ませようと研究が進められています。
幹細胞を使った研究、技術が医学のみならず、農学、理学など広範囲に広がっているのは、人間では倫理的に医療に使えない技術であっても、他の動物に使うことで、安定した品質の農産物の供給、絶滅が危惧される動物種の保護などに応用が可能なためです。iPS細胞で注目されたこの分野は、医学にのみ注目されがちですが、あちらこちらで医学以外の分野でも新しい技術の萌芽が始まっています。