1. アステラスとAdaptimmuneが細胞医療製品を共同開発

2020年1月、日本の製薬会社であるアステラス製薬と、外資系のベンチャー、Adaptimmune Therapeutics社は、ある細胞医療製品の共同開発を行い、商品化することを目標とした契約を締結しました。

アステラス製薬は、山之内製薬と藤沢薬品工業が合併して、2005年に誕生した日本の製薬会社であり、武田薬品工業、第一三共、大塚ホールディングス、エーザイと並んで、国内製薬大手5社に名前を連ねる製薬会社です。

2014年では、時価総額で武田薬品工業を抜き、国内1位となっています。Adaptimmune社は、欧州の製薬ベンチャー企業と言われている会社で、アメリカのフィラデルフィア、イギリスのオックスフォードシャー州を本拠としています。この会社は、がん領域の細胞医療製品の開発に特化した研究、開発を行っています。

開発する製品は、がん患者を対象とした、多能性幹細胞由来の他家T細胞医療製品です。アステラス製薬が持つ、ユニバーサルドナー細胞技術、ゲノム編集技術と、Adaptimmune社の持つ、がん抗原特異的受容体を同定する技術、そして多能性幹細胞からのT細胞分化誘導技術を融合させ、新しい医療製品を開発することが狙いです。

2. 具体的な開発内容

がん細胞の持つ標的分子を狙って、特異的に作用する新しいT細胞医療製品候補を開発しますが、標的となる分子は最大3つとすることが発表されています。Adaptimmune社は現在、次に挙げる技術を確立、または開発中です。

  1. 特定のがん抗原とヒト白血球型抗原(HLA)の複合体を認識する親和性向上T細胞受容体(Tcell receptor:TCR)。
  2. がん細胞のHLA型に関わらず特定のがん抗原を認識するHLA非依存TCR(HLA-independent TCR:HiT)。
  3. 特定のがん抗原を認識するキメラ抗原受容体(Chimeric Antigen Receptor:CAR)を同定・検証する技術。

さらに、フィーダー細胞(細胞の分化を促すために、幹細胞と共に培養される他種動物の培養細胞)を使用せずに多能性幹細胞からT細胞を分化誘導する高いレベルの技術を保有しており、これらの技術をこの共同開発に流用します。

さらに、Adaptimmune社は、以前よりUniversal Cell社と提携し、ユニバーサルドナー細胞の開発を行ってきましたが、この研究開発で得た知見と、アステラス製薬が持つゲノム編集技術をこの共同開発に投入します。

3. この共同開発の何が新しいのか?

臓器移植、また幹細胞を使った再生医療でも問題になるのが拒絶反応です。人間の身体は、自分のもの以外の細胞、組織を攻撃して排除する性質があります。この鍵となる分子が、HLA(Human Leukocyte Antigen=ヒト白血球抗原)です。この分子は組織適合性抗原(自己、非自己を認識するヒトの免疫に関わる重要な分子)として作用することが明らかとなっており、HLAのハプロタイプは数万種類と言われています。

「移植」という治療方法を使えば、移植するものが組織であれ細胞であれ、この免疫反応は避けて通れないものであり、治療がうまくいかない原因の多くを占めるのがこの免疫反応です。しかし、最近になって、HLAの型に関わりなく免疫拒絶のリスクを軽減できる原理が発見されました。

この原理を用いて、ゲノム編集技術を使って作成されたiPS細胞がユニバーサルドナー細胞(UDC:Universal Donor Cell)です。この細胞の研究、開発を行っているUniversal Cell社がAdaptimmune社と提携していることは先に述べました。

この内容を具体的に解説しますと、がん領域において免疫による治療を目指していたAdaptimmune社は、独自の技術で多能性幹細胞(iPS細胞)からT細胞へ分化させる技術を独自に開発しました。この誘導方法は、誘導に必要とされていた他種動物由来のフィーダー細胞を必要としない画期的な方法です。

そこで、免疫拒絶反応リスクを軽減させるユニバーサルドナー細胞を開発したUniversal Cell社とイニバーサルドナー細胞に関する独占的ライセンス契約を締結し、共同でゲノム編集TCR-T細胞医療製品の研究を行ってきました。

ここに、アステラス製薬のゲノム編集技術と資本力を投入することで、一気に実用化を視野に入れた細胞医療製品を開発しようとするのが今回の契約締結の狙いです。

4. 研究開発の予想されるステップ

共同研究、開発によっていくつかの候補製品ができますが、この候補製品の第I相試験終了までの研究資金はアステラス製薬より提供されます。第I相試験が完了した後、アステラス製薬、Adaptimmune社のどちらかでさらに開発、商業化を進めます。この部分は、現時点ではフレキシビリティのある契約内容となっています。

2社共同で研究、開発を進めていった場合、ライセンスは共同独占的なライセンスをアステラス製薬とAdaptimmune社で取得、もし一方が開発を進めた場合は、例えばAdaptimmune社が開発を進め、ライセンスを取得する場合は、Adaptimmune社がアステラス製薬から知的財産権に関わる“独占的”なライセンスを取得することになります。

標的とする分子は最大3つ、と先に述べましたが、1つがこの様な状況になった場合、アステラス製薬は2つの標的分子を選択して他家T細胞医療製品の開発を単独で行い、単独で商業化する権利を取得します。当然この技術にはAdaptimmune社の技術が使われるので、アステラス製薬はその技術に対するライセンスを取得し、ロイヤリティを支払うことになります。

この契約で、アステラス製薬とAdaptimmune社の間で動く研究資金、開発資金について、可能性のある金額が発表されています。以下にその発表内容を掲載します。発表では金額は全てアメリカドルで書かれているので、1ドル=105円換算で計算した日本円での金額も掲載します。

  • 契約一時金としてアステラス製薬からAdaptimmune社に5,000万ドル(約52億5千万円)。
  • 共同開発・商業化の場合は、コストと利益は折半し、さらにアステラス製薬が開発マイルストンとして最大7,375万ドル(約77億4千万円)支払う。
  • アステラス製薬が単独で開発・商業化を進める場合、開発マイルストンとして製品ごとに最大1億4,750万ドル(約154億9千万円)および販売マイルストンとして最大1億1,000万ドル(約115億5千万円)。
  • 各候補製品の第Ⅰ相試験終了までを対象とする年間最大750万ドル(約7億9千万円)の研究開発資金を支払う。
  • アステラス製薬は、本提携で見出された製品をAdaptimmune社が単独で開発・商業化を進める場合、開発マイルストンとして製品ごとに最大1億4,750万ドル(約154億9千万円)、および販売マイルストンとして最大1億1,000万ドル(約115億5千万円)を合わせ、最大5億5,250万ドル(約580億1千万円)をAdaptimmune社より受け取る可能性がある。
  • 本契約に基づき一方の会社の単独開発により製品を商業化した場合には、売上に応じた一桁台半ばから10パーセント台半ばのロイヤリティを相手の会社より受け取ります。

動く金額から、この共同の研究開発がどれほど大規模なものかが想像できます。また、これだけのコストをかけても、この細胞製品は開発する価値のあるものと、アステラス製薬とAdaptimmune社が判断したからこそこの契約が成立したと言ってもよいでしょう。

企業の基本として、「利益」を求めるのは当然です。つまり、この製品開発にはこれだけの開発コストをかけても「利益」が出ると判断されているわけです。見方を変えると、この他家T細胞製品によるがん治療には、それだけの期待がかかっているということと、がん治療の切り札となる可能性が高いことを、この研究開発コストは語っています。また、この研究開発を通じて派生する新しい技術にも期待がかけられており、ユニバーサルドナー細胞を使った再生医療の定着がこの研究で実現するのではないか、などの再生医療にとって重要な展開が期待されています。

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