- 培養細胞は細胞バンクなどに保管され、使いたい研究者に供給される
- フィーダー細胞は、分化誘導に適した環境を作ることために、幹細胞と共に培養される細胞
フィーダ細胞は、細胞を培養する際に、増殖や分化に必要な環境を整えるために補助的に用いられる細胞を指します。
今回は、フィーダ細胞とは何かについて解説します。
1. iPS細胞の培養
iPS細胞は、人工的に分化誘導することによって様々な組織、器官の細胞に分化し、再生医療に使うことが期待されています。分化誘導の方法は、目的とする細胞によって異なり、「どのような条件で培養すればiPS細胞は目的細胞に分化するのか?」についての培養方法探索は、非常に重要な研究テーマです。
いくつかの分化誘導方法は確立されていますが、その中には他の種類の細胞と一緒に培養する、という方法があります。培養皿の中にiPS細胞と、別の他種細胞が存在する状態で培養し、iPS細胞の分化を促すという方法です。
なぜ他種細胞と共に培養すると分化誘導がうまくいくのでしょうか?この理由は、古くから使われてきた培養細胞のノウハウと、研究による知見が応用されているのです。
2. 培養細胞の利便性と限界
ヒト、またはその他の動物から取り出した細胞を人工的に実験室で、つまり体外で育てることができるようになると、培養細胞として確立されたことになります。現在、健康な細胞、がん細胞など非常に多くの細胞種が培養細胞として確立されています。
こういった培養細胞は細胞バンクなどに保管され、使いたい研究者に供給されます。がん細胞のように無限増殖を保証されている細胞の場合、研究者は細胞を受け取ると培養して細胞を増やして実験を行いますが、一方で増やした細胞のいくつかを液体窒素中に凍結保存するなどして、自分でも細胞ストックを保有します。
これは再び必要になったときには、細胞バンクから取り寄せるのではなく、自分で作った冷凍ストックを解凍して使うためです。がん細胞のように無限増殖が保証されず、細胞分裂回数の上限が予想されている細胞の場合は、増殖させた細胞を実験に使い、必要であれば再度細胞バンクから取り寄せます。
この培養細胞が科学の発展に果たした役割は大きく、倫理的に人体実験が許されない状況下で、疾患について細胞レベルで何が起こっているかを明らかにしてきました。その結果、多くの薬、治療方法が開発されています。
そして再生医療のように、人工的に細胞を使って必要な組織、器官を構成する細胞を作り、移植を目指せる段階になったのが現在です。iPS細胞、ES細胞など、人工的に培養して目的の細胞を作る技術を人間は手に入れつつあります。
このように便利な培養細胞ですが、大きな欠点があります。それは、身体を構成しているときと異なる性質になってしまう部分があるということです。
培養細胞は浮遊するタイプの細胞と、培養する器具、培養皿の底面に付着して増殖する付着するタイプの細胞に分けられます。浮遊するタイプの細胞も、付着するタイプの細胞も、培養液に浸った状態で培養されます。細胞が身体の中にあるときには、周囲を細胞に囲まれ、細胞と細胞の間に入り込んでいる間質液という液体に浸されている状態です。
この間質液には、周囲の細胞から分泌されている物質が常に溶け込みます。身体、組織などが置かれた環境に合わせて細胞は分泌する物質を変えたり、分泌量を変えたりします。また、周囲の細胞は同じ細胞ばかりとは限りません。種類の違う細胞も周囲に存在するため、分泌される物質も様々です。
一方で、人工的に培養している細胞が置かれている環境は、まず周囲の細胞は1種類、自分と同じタイプの細胞しかありません。細胞バンク、研究室でストックしている細胞は、確実にその細胞しか存在しない状態、1種類の細胞が入れものに入っている状態で保管しているからです。
そうなると、細胞からの分泌物質は1種類の細胞から分泌される物質しかありません。また、周囲を細胞に囲まれ、隙間を間質液が埋めている状態は、人工的には再現できません。培養細胞は周囲を培養液に囲まれ、それほど多くの細胞と接触しない状態で培養されます。
このような環境の違いで、細胞はいとも簡単に性質が変わります。そのため、この10年から20年の間に、培養細胞の状態をより身体の中の環境に近づける研究が盛んになってきました。
3. より培養細胞を身体の中の細胞に近づけるには
培養細胞は、培養皿の底面にはり付いた状態で培養されるものと、培養液の中に浮遊して培養されるものがあります。いずれも、周囲の環境は体内環境と大きく異なります。これを解消するために、培養細胞を複数個凝集させて細胞の塊を作って培養する手法が最近盛んです。
体内の細胞は、細胞集団の一部に埋め込まれているような形になっているものがほとんどです。その細胞塊を人工的に再現しようとする方法です。実際に、この方法で培養すると、体内の細胞と培養細胞では違っていた性質、遺伝子の発現パターンなどが似通ってくるという報告が相次いで出されています。
例として、肝臓の細胞が挙げられます。肝臓は、薬物を代謝する重要な臓器であり、細胞内では薬物を代謝する酵素が発現しています。しかし、培養細胞株を確立して培養すると、肝臓培養細胞の薬物代謝酵素の発現が低下してしまいます。
肝臓の薬物代謝の研究は、医療にとって重要な研究です。しかし、培養細胞が使えないとなると、動物実験などで手探り状態で行わなければなりません。ヒトの細胞を使った実験ができないため、実際に臨床試験に入ったとき、ヒトに薬を投与したときにどう代謝されるかは理論的に予想できるのみで、やってみないとわからない、という部分が多くなってしまいます。
2015年、肝臓がんの細胞を使って細胞塊を作り、薬物代謝酵素のレベルを測ったところ、生体内の肝臓がん細胞に近いレベルにまで発現が復活していることが明らかになりました。
ここ数年では、この細胞塊をさらに体内に近づけようと、他の細胞も混ぜることによって、身体の中にある細胞塊をそのまま再現して行う研究が出始めています。
4. 幹細胞培養に必要なフィーダー細胞
他の細胞を混ぜて、より体内に近い環境にするという方法は、iPS細胞を分化させる培養に応用されています。iPS細胞と他の細胞を混合して培養することによって、体内に似た環境を作り、iPS細胞の分化誘導をスムーズに行うというものです。
このiPS細胞と一緒に培養する細胞は、フィーダー細胞と呼ばれています。フィーダー細胞はあると規定の細胞を指す呼び名ではなく、「分化誘導に適した環境を作ることために、幹細胞と共に培養される細胞」を意味する言葉です。つまり、分化誘導を目的としてiPS細胞、ES細胞と一緒に培養される細胞は全てフィーダー細胞と呼ばれます。
繊維芽細胞などがこのフィーダー細胞に用いられますが、そのまま一緒に培養すると、フィーダー細胞も増殖してしまい、iPS細胞、ES細胞の増殖に悪影響が出る可能性があります。そのため、フィーダー細胞は、放射線処理、薬剤処理などによって細胞増殖しないように調整されています。
しかし、細胞増殖しないとはいえ、そこにiPS細胞、ES細胞以外の細胞が生きているので、分化誘導後に細胞を回収し、移植の準備をしたときにフィーダー細胞が混入してしまう可能性はどうしても捨てきれません。
そこで、フィーダー細胞を化学固定してiPS細胞、ES細胞と共に培養する方法が理研で開発されています。化学固定を行うと、固定された細胞内では全ての生化学反応が停止します。組織は物理的に安定し、元の形を保持したままになる事から、染色標本などを作成するときに使われる方法です。
化学固定を行うと、細胞としては「死」、つまりフィーダー細胞は死んだことになります。細胞内で、細胞活動を維持する生化学反応が全て停止されているので、「生きている」とは言えない状態です。しかし、このフィーダー細胞を使って幹細胞を培養すると、分化誘導ができるとうことを理研のチームは見出しました。
この方法ですと、フィーダー細胞が分化した細胞に混入して移植されるリスクはほぼゼロになり、安全性が高まったということができます。さらに研究が進めば、フィーダー細胞自体に取って代わる人工的な物質が開発されるのではないかと考えられています。