幹細胞の14日ルールとは?胚研究の過程について解説!

目次

1. 14日ルールとは

ヒトの多能性幹細胞を使って、ヒトの胚発生過程を研究する技術はここ数年で飛躍的に向上し、様々な研究機関で研究が行われています。

こうした技術の発展により、将来的には通常のヒト胚(自然な交配によって受精し、発生が進んだ胚)に似た胚葉構造体が作製される可能性があるとされています。

現在、ヒトの胚を体外で培養する場合、研究を行う各国で14日ルールというものが適用されています。これは国際的な規則であり、ヒト胚の体外培養は13日で中止しなければならないという規則です。

ヒトに近いサルの場合、受精後20日まで胚を培養したことが報告されており、ヒトの場合も14日以上の培養が可能と考えられています。

受精胚以外、つまりヒトの幹細胞(またはヒト以外の幹細胞)であるES細胞などを使った研究では、体外で初期発生を模倣する研究が盛んに行われています。

これらの細胞を使って胚様構造体を作製することにはすでにかなりの研究グループが成功しており、その中には、受精後14日を超えた段階の胚に類似したものもあります。

この研究によって、発生のメカニズムが深く研究され、先天的な疾患などに有用な知見が得られると期待されていますが、そこには常に倫理的な問題が存在します。

2. 胚の研究における倫理的な問題

胚を研究に使う場合、当然胚を入手なければなりません。そのためにはいくつか方法があります。

  1. 妊娠中絶胚を使う
  2. 人工授精により発生を進行させた胚を使う(技術的な問題があるので、使える胚の発生進行度合いに制限がかかる)

2の場合、生物の行動としての受精ではない胚なので、それを含めるべきではないという意見への対処として、「胚様構造体」という言葉が使われています。1、2、いずれも、受精というステップを経るので、「受精卵は個体のもとなので、生命体として考えても良いのではないか」「受精した瞬間から生命なので、生存権が発生する」という意見があります。

また、新たな技術によって人工授精した胚、または取り出した受精卵を人工的に発生させる方法が発展し、胎児と呼べる状態にまで人工的に作成できる可能性もあります。そういった可能性を考え、どのレベルの胚までを研究に使って良いのかについて基準を設ける必要があります。

医学の研究は、進歩、発展のみを考えて進めた場合には、ほとんどの場合に倫理というものに抵触してしまう可能性があります。これについては予め制限を設けておかないと、過去の人類の過ち、つなわち人体実験が再び行われないとも限りません。

3. 京都大学からの提言

京都大学高等研究院ヒト生物学高等研究拠点(ASHBi: Institute for the Advanced Study of Human Biology)は、2018年10月に設立された研究機関です。

主任研究者13人を中心にして、ヒトの持つ特性の獲得機構、その破綻(つまり疾患)の原理を究明することを目的にして設立されました。今後研究を進め、ヒト生物学という新たな分野の創生を期待される研究機関です。

医学、生物学だけではなく、数理科学(機械学習、トポロジカルデータ解析)、さらには生命倫理、生命に関係する哲学を融合させ、分野を横断した研究を行う、とされています。研究、開発のコアは2つ存在し、単一細胞レベルで多階層ゲノム情報解析、先端的ゲノム編集霊長類作製、を柱として運営を行います。

ここに所属しているiPS細胞研究所の研究者から発表された論文では、この倫理的な事柄に踏み込んだ考えが述べられています。胚は潜在的にヒトに成長する可能性を持っており、胚の種類、または胚様構造体の種類によって、どういう規則で14日ルールを適用すべきかをこの論文では考察しています。

胚は受精してから発生が進行すると、胎児を経てヒトに成長する部分と、胎盤になって胎児の成長をサポートする部分に分かれます。論文中には、現時点で人類が持っている技術では困難であるが、それを可能にしたいという意図と、可能にする技術があれば、胎児を経てヒトに成長させることは将来的に不可能とは言えない、とあります。

これをふまえた上で考察すると、胚様構造体を用いた研究の線引きは、将来的に、胎児、ヒトに成長する部分をどのくらい含んでいるのか?を考えなければならないということになります。

現在、通常の胚は14日ルールのもとで行われ、「原始線条」が形成されてからは発生を進行させてはならない、となっています。

著者達はこれと同様に、胎児、ヒトに成長する部分を少しでも含んでいる場合は、原始線条の形成以降に発生させるべきではないと論じています。しかし、もし胎児、ヒトに成長する部分が全く含まれていない場合は、通常の培養細胞と同様の扱いをしてよいのではないか、と提言しています。

この原始線条とは、胚発生初期の胞胚に表れる線です。ヒトを含んだ哺乳類の発生で見られますが、鳥類、は虫類でも見られます。

元々、この原始線条については、ニワトリの胚で深く研究され、多くの知見はニワトリから得られています。

この原始線条が出現すると、胚はどうなっているか?ですが、左右対称性の確立と、原腸陥入が起こる場所、胚葉形成(内胚葉、中胚葉、外胚葉の形成)を開始する決定に関与すると言われています。

つまり、この時期までは将来個体を形成する部分を含んでいても研究に使ってよい、これ以降は禁止すべきである、と論文は述べています。また、これについては研究者のみならず、社会で議論する必要があると論文では述べられています。

4. 社会で議論することの難しさ

こういった倫理を含んだ事柄は、研究者の中だけではなく、広く社会から意見を求め、議論する必要があります。しかし、近年はこの議論に持ち込むことが非常に困難になっています。

それは、科学技術の進歩によって、それらを議論するための理解にたどりつくまでには、分子生物学、医学の専門知識をある程度理解しなければならないからです。

研究者の論文のほとんどは英語で書かれており、これを一般の日本人が気軽に読むということは非常に難しいことです。さらに、論文によっては読むためにはお金が必要な場合もあります。

科学者の発表した内容を一般国民にわかりやすく伝えるために、マスコミという存在があります。専門的な内容をかみくだき、わかりやすい言葉で国民に伝えるのがマスコミの役割ですが、これも最近では難しくなっています。

科学の研究内容は、その専門の大学を卒業しただけでは理解が十分にはならず、どうしても大学院での研究経験がないと一般人に説明できるだけの能力が身につきません。そういった人材をマスコミが現在確保しているかという問題があります。

コロナウイルスについての報道でもわかるように、科学、医学に関わるマスコミ報道には誤っている部分が少なくないため、こういった倫理に関わる問題を議論するためにマスコミが情報を提供するということは非常に危険ではないかという科学者も存在します。

つまり、科学者自身が一般の国民を意識した情報提供を行わないと、この議論は不可能ではないかと考えられています。しかし、現在日本の研究者は激しい競争状態であり、英語論文は業績としてカウントされるが、日本語などでわかりやすく書いた物については軽視される傾向があります。

今後、幹細胞、再生医療のみならず、様々な科学の分野で、一般人の感覚、意見を求めて倫理的な線引きを行う必要性が出てきますが、そのための情報提供という点で日本は問題を抱えている現状です

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