現在、日本の医療機関では多くの幹細胞を使った治療の臨床研究が行われています。国立研究開発法人 日本医療研究開発機構戦略推進部がまとめた再生医療の臨床研究、治験について、研究が進行している疾患と、中心となって行っている研究機関を以下に掲載します。
1. 国内の臨床研究
脳梗塞:北海道大学
脳梗塞によって神経細胞が障害を受け、身体の機能に後遺症が残ります。幹細胞を使って障害を受けた神経細胞を再生し、後遺症を改善することが目的です。
亜急性脊髄損傷:慶応大学
脊髄の損傷によって、上肢、下肢にマヒが出ることがあります。また、身体の一部に障害が残ることがあります。損傷した脊髄を再生することによってこの障害を改善することが目的です。
加齢黄斑変性:理化学研究所
視覚に重要な黄斑という組織が、加齢によってダメージを受けて変性し、視力が大きく低下する疾患です。この黄斑を再生して視力の低下を防ぐことが目的です。
水疱性角膜症:京都府立医科大学、大阪大学、慶応大学
角膜内皮細胞が障害を受け、角膜に水がたまる疾患です。この結果、角膜がすりガラスのようになり、ものが見えにくくなります。角膜内皮細胞を再生させることによってこの疾患の治癒を目指します。
角膜上皮幹細胞疲弊症:大阪大学
角膜上皮幹細胞が、何らかの障害、または先天的に消失することで発症する疾患です。この結果、角膜が濁り、視力低下、眼痛をまねきます。角膜上皮幹細胞を再生することによってこれらの症状を改善します。
虚血性心疾患:大阪大学
重症心不全:大阪大学、慶応大学
拡張型心筋症:大阪大学
小児拡張型心筋症:岡山大学
これらは狭心症、心筋梗塞が含まれる疾患です。心筋細胞を再生することによる改善を目標としています。幹細胞を付着したシートの貼り付け、幹細胞をスプレーして心臓に定着させるなどの技術開発と共に臨床研究が行われています。
肺気漏:東京女子医科大学
手術による合併症で、肺から空気が漏れる疾患です。空気が漏れる部位に幹細胞シートを貼り付け、肺の細胞に分化させてその穴を塞ぐことが目的です。
COVID-19:ロート製薬
企業治験として着手された研究です。幹細胞の免疫調節機能を用いて、肺のサイトカインストームを抑制することが目的です。COVID-19に対しての幹細胞を使った医療行為は、「自由診療としてのCOVID-19に対する幹細胞移植は支持しない」と日本再生医療学会が2020年5月に声明を出しました。
ただし、「科学的な観点では一部の幹細胞がCOVID-19の劇症化を抑制する可能性は、考えうるものであり、安全性や有効性を評価するために適切にデザインされた臨床試験によって幹細胞移植を評価することについては強く支持します。」と続けて声明を出しています。ロート製薬が行うこの研究は、「適切にデザインされた臨床試験」によるCOVID-19への幹細胞治療の有効性を証明するものになるのではないかと期待されています。
難治性四肢潰瘍:順天堂大学
治りにくい創傷のことを難治性潰瘍と呼びます。創傷とは、切り傷、擦り傷などを含めた体表組織の傷です。難治性創傷の多くは基礎疾患による影響が考えられます。自己末梢血単核球生体外培養. 増幅細胞移植によって血管、組織の再生を促し、創傷の治癒を目指します。
表皮水疱症:大阪大学
皮膚の表皮と真皮を接着させるタンパク質に異常があるため、何らかの原因でここに水が溜まりやすい、ただれやすいなどの体質をもつ場合を指します。タンパク質の異常は、多くが先天的なものであり、遺伝性の疾患とされています。皮膚への影響が繰り返されることによって、表皮剥離も繰り返され、その結果、表皮幹細胞を消失している患者が多く見られます。間葉系幹細胞の移植によってこの状態を改善し、表皮の維持を目指します。
重症急性移植片対宿主病:東京大学
GVDHとも呼ばれ、臓器移植、幹細胞移植の予後を左右する疾患です。移植された患者の免疫機構が、ドナーの組織、細胞を攻撃することによって起こります。この過剰な免疫応答を、免疫調節機能を持つ幹細胞の分泌物によって抑制することが狙いです。
変形性膝関節症(軟骨・半月板):東京医科歯科大学
変形性膝関節症:東海大学
関節軟骨が加齢と共にすり減り、関節が変形する、関節に慢性的な炎症が起こるという疾患です。幹細胞によってこの軟骨を再生し、スムーズな関節の動きを復活させることが目的です。
軟骨損傷:九州大学
変形性膝関節症と同様に軟骨の再生を目的とした臨床研究です。
難治性骨折:神戸大学
骨折箇所を固定していても治癒が難しい骨折です。原因は、身体の生物学的活性の低下が挙げられます。自家骨移植が治療の主流ですが、この治療の場合骨を採る箇所に侵襲が起こるため、身体のどこかを犠牲にして治療するということになってしまいます。この改善方法として、幹細胞の移植による骨の再生が研究されています。
卵巣がん:大阪大学
この臨床研究は、一般的な幹細胞の再生医療とは異なります。がん細胞は、何らかの影響を受けて“がん幹細胞”に変化するものが存在します。このがん幹細胞は、抗がん剤耐性、免疫回避機能を持つものがあり、いったん治療が終わった後の再発、転移に関与しているのではないかと考えられています。このがん幹細胞のメカニズム解明は、がん患者の10年生存率を大きく改善させる研究であると期待されています。
腹圧性尿失禁:名古屋大学
腹部に力がかかったときに、思わぬ失禁をしてしまうのが腹圧性尿失禁です。咳、くしゃみ、重いものを持ち上げたときに失禁が起こります。尿道括約筋周辺部に幹細胞を注入することによって症状の改善を目指します。
クローン病:北海道大学
クローン病は、炎症性腸疾患の1つです。消化管に炎症が起き、それが原因でびらんや潰瘍を発症します。原因は不明で、難病の1つに指定されています。この疾患において、幹細胞が分泌する物資の免疫調節機能を用いて炎症を抑えようとするのが目的です。
小児尿素サイクル異常:国立成育医療研究センター
小児に見られる高アンモニア血症の原因は、尿素サイクル異常のような先天的代謝異常によるものが非常に多いと報告されています。
有毒なアンモニアを体内で分解できないために、血中アンモニア濃度が上昇してしまいます。この治療方法としては、新生児に肝細胞を注入してアンモニアを分解させるという手段があります。この手段は橋渡し治療であり、根治治療として、新生児が肝臓移植ができるようになるまで(目安として体重6 kg、生後3〜5ヶ月)、この肝細胞の注入で生命を維持する事が目的です。
この治療に使う肝細胞はかなりの量を必要とするので、供給手段が問題でした。しかしヒト幹細胞から分化させた肝細胞を使うことで供給面の問題は解決されると期待されています。
C型肝炎由来肝硬変:久留米大学
肝硬変:金沢大学
幹細胞による肝臓細胞の再生と、幹細胞分泌化合物による免疫調節、その調節による炎症抑制が目的です。
口唇口蓋裂(唇裂鼻変形):東京大学
先天性異常の1つであり、口蓋が閉鎖しないために口唇に亀裂が入り、ウサギの口のようになってしまう疾患です。口唇口蓋裂は胎児での診断率が高いので、出産時に予め準備をしておき、臍帯血由来間葉系幹細胞と臍帯血清を確保します。その後培養によって増幅し、生後3〜6ヶ月後を目途に顎裂部に移植して骨細胞に分化させます。
難治性唾液腺萎縮症:長崎大学
唾液を作り、分泌する組織である唾液腺が障害を受け、唾液の分泌が減少する疾患です。口の中が乾燥するために、食事、会話に支障が出ます。さらに、虫歯、歯周病にもなりやすくなります。
口腔がんの患者が放射線治療を受けた際に副作用として罹患するケースが多くなっています。この治療では、幹細胞を使って萎縮した唾液腺の細胞を再生し、正常に近い唾液腺に戻すことを目的としています。
歯周病:大阪大学
幹細胞によって歯周病の原因となる炎症を抑えます。さらに、歯周組織の再生を目的とする場合もあります。
顎骨再生:名古屋大学
歯周病などで歯槽骨が欠損した場合、事故などで自己修復ができないレベルに顎骨が破壊された場合、骨再生を誘導する事目的とした治療です。
中耳鼓膜再生:東京慈恵医科大学
鼓膜穿孔した場合の鼓膜再生は、鼓膜自体が手術で再生できたとしても、聴力がどの程度回復するのかがネックでした。幹細胞を使って鼓膜穿孔を塞ぐと、聴力も穿孔発生前と同レベルの回復が見込めるため、今後は幹細胞を使った鼓膜再生が主流になると期待されています。
血小板輸血製剤:京都大学
献血で医療行為に必要な成分を確保するということはなかなか難しいことは、あちこちで献血を呼びかけていることからも想像できると思います。また、あれだけの献血カー、人員を動かすために、コストもかかります。もし幹細胞によって輸血製剤が作れれば、大幅なコスト削減と、安定供給が実現します。
これらの臨床研究は、ほとんどが厚生労働省、または文部科学省の競争的研究助成金が交付されています。つまり国家プロジェクトの性格も持つ研究であり、資金、人材の集中投入が行われています。