ステミラック注|脊髄損傷の治療に用いる自己骨髄間葉系幹細胞について解説

この記事の概要
  • 札幌医科大学とニプロが共同開発したステミラック注はヒト自己骨髄由来間葉系幹細胞を用いた薬である
  • ステミラック注は、受傷後31日以内を目安に、骨髄液採取を実施することが可能な受傷後間もない脊髄損傷の患者のみを対象としている
  • ステミラック注は、約1億個まで培養した間葉系幹細胞を、末梢静脈に約60分かけて点滴静注を行う

自己の骨髄由来の間葉系幹細胞を使った薬として、札幌札幌医科大学とニプロは、ステミラック注を発表しました。

この記事では、ステミラック注とは何か?どんな治療なのか?について徹底解説します。

目次

1. 脊椎損傷治療の新しい流れ

2019年、札幌医科大学とニプロは、ステミラック注ヒト自己骨髄由来間葉系幹細胞)を使った脊髄損傷に対する再生医療を行うことを発表しました。ステミラック注は、札幌医科大学とニプロが共同開発したもので、すでに厚生労働省から販売の認可を得ています。脊髄損傷への再生医療製品の販売承認としては世界初の薬です。薬剤自体は、40mlほどの液体で、中は患者自身の骨髄由来間葉系幹細胞です。

ステミラック注は、患者の骨髄から骨髄由来間葉系幹細胞を採取します。その細胞を人工的に培養して増殖させ、約1億個の細胞を確保できたら、間葉系幹細胞を精製して完成です。つまり、患者が来たら、ステミラック注の準備を始め、完成したら治療開始となります。

ステミラック注は、点滴によって患者の体内に戻されます。戻された幹細胞は、全身に行き渡り、脊髄の損傷部に到達した幹細胞群が、血管細胞、神経細胞に分化して損傷部位を再生させることが期待されています。

2. 札幌医科大学とニプロ

札幌医科大学とニプロは、1990年代から再生医療の研究を共同で行ってきました。札幌医科大学は、北海道公立大学法人、つまり事実上の北海道による公立大学です。

北海道の大学と言えば、旧帝国大学の流れをくむ北海道大学が知られていますが、札幌医科大学は、北海道大学医学部附属病院と共に、附属病院が北海道の中核病院に指定されています。

医学部、保健医療学部の2学部と、医学部医学科、保健医療学部看護学科、理学療法学科、作業療法学科の4学科より構成されている医学系大学で、大学内の研究成果をもとに、いくつかのベンチャー企業を有します。

一方、ニプロは1947年に創業された大阪に本社を置く企業で、1954年にアンプル用のガラス製品製造で医療機器に参入しています。「会社の設立」は正確にはこの1954年としています。株式市場の分類では「精密機器」となっており、現在では医療機器メーカーとして、医療関係者の間では知らない人はいない企業です。

子会社として、ニプロファーマ、ニプロ医工を持ち、滋賀県草津市に、総合研究所と医薬品研究所を保有しています。ニプロは21世紀に入ってから積極的に医療の多方面に事業を拡大しています。

2005年に、大日本インキ化学工業株式会社(現DIC株式会社)の人工肺事業を買収し、同年には中外製薬から鏡石工場を譲渡され、東北中外製薬株式会社(後に東北にプロ製薬株式会社を経てニプロファーマに合併)を子会社化しています。2006年には、田辺製薬(現田辺三菱製薬株式会社)、全星製薬工業株式会社の株式を取得、2014年にはユニチカからメディカル事業を譲渡されています。

近年では、2017年に田辺三菱製薬株式会社から、田辺製薬販売株式会社の全株式を取得して完全子会社化、田辺製薬販売株式会社の名称をニプロSEファーマ株式に変更、さらに2018年には株式会社 町田製作所を子会社化し、内視鏡事業にも参入しています。医療機器メーカとしては、オリンパス、テルモに次いで国内第3位で、4位のシスメックスとは年間売り上げで1000億円以上の差をつけています(2018年のデータ)。さらに札幌に再生医療研究開発センターを作り、札幌医科大との連携をさらに深めています。

3. ステミラック注を使った治療の条件

ステミラック注を使った治療については、細かく基準が決められています。まず、札幌医科大学のHPでは、注意事項として次の事が挙げられています。

「ステミラック注は、受傷後31日以内を目安に、骨髄液採取を実施することが可能な受傷後間もない脊髄損傷の患者を対象として、厚生労働省より条件及び期限付き薬事承認を得ています。したがって、それ以外の疾患は治療の対象とはなりません。」

「ステミラック注は、脊髄損傷による神経機能のダメージ(運動麻痺や感覚麻痺など)を改善することが期待されます。しかし、効果には個人差があり、重症度によっても効果には差があります。」

「投与を推奨されない依存症、合併症等が認められた場合には治療を受けることができない場合もあります。」

「ステミラック注は、同時期に供給できる症例数に限りがあります。したがって、適応症例であっても治療が受けられない場合があります。」

「法令によって、全例受傷1年後までの市販後調査対象となります。そのため、ステミラック注を投与の後、受傷6ヶ月までは札幌医科大学附属病院で指定した病院にて、入院、または外来でのリハビリテーション・機能評価を受ける必要があります。」

これらを承諾した上で、治療に入りますが、さらに細かい適応、適格基準があります。まず、適応疾患は、外傷性脊髄損傷で、ASIA機能障害尺度がA、B、Cの患者(重症の患者)です。

適格基準は、

  1. 骨髄液の採取を脊髄損傷受傷後31日以内を目安に実施できる患者(培養の準備のため、実際には受傷してから2週間以内を目安に転院が必要)。
  2. さらに、以下の項目があります
・説明本製品に含まれている成分に対して過敏症の既往歴がないこと。
・悪性腫瘍の合併、または既往がないこと。
・アレルギーの素因がないこと。
・感染症を合併していないこと。
・体重が特に低い(特に小児)、貧血でないこと。
・内分泌代謝疾患、循環器疾患、呼吸系の疾患、重度の多発性外傷、他臓器障害等がないこと。
・重度の頭蓋内病変、主要血管の高度狭窄、解離性大動脈瘤、強い動脈硬化性変化、重度の石灰化が認められないこと。
・骨粗鬆症、脊髄腫瘍、脊髄血管奇形、脊髄空洞症など、重度の脊髄、脊椎疾患がないこと。
・血圧を、収縮期140mmHg以下、拡張期90mmHg以下にコントロールできない場合は治療を受けることができません。その他、医師が不適切判断した場合は治療を受けることができません。

これらについては、治療前に医師のスクリーニング検査を受け、最終的に治療が可能か不可能かは医師が判断することになります。

4. ステミラック注を使った治療の流れ

まず、札幌医科大学附属病院に、受傷後2週間以内を目途に転院します。そして全身状態を見ながら、骨髄の採取を行いますが、骨髄のみを採取するわけではありません。

まず、末梢血を2回採取します。そして骨髄液を採取しますが、この骨髄液採取は、受傷後31日以内でなければなりません。そして骨髄液採取後、さらに末梢血を2回採取しますが、この採取回数などは、状況によって変わることがあります。

採取された末梢血、骨髄液中には間葉系幹細胞が含まれており、ニプロの施設で培養して間葉系幹細胞を約1億個まで増殖させます。おおよそ3週間が目途です。

培養完了後、安全性試験、品質試験を受けますが、並行して患者の適性、適格基準のスクリーニングも行われます。スクリーニング(血液検査、各種CT、MRI等の画像検査、画像診断)に問題がなく、培養した幹細胞も問題なく製品化されてステミラック注になったら、末梢静脈に約60分かけて点滴静注を行います。ここまでの目途は、約6週間から8週間です。そしてその後、1年間は市販後調査を行います。

このステミラック注を使った治療は、通常の保険診療となり、さらに高額療養費制度を受けることができます。ステミラック注は期限付き承認であり、治療に対しては国庫からの補助が受けられます。さらに有効性などを慎重に観察しなければならないために、適格、適正基準が厳しく定められています。

現実として、薬害オンブズパースン会議は、期限付き承認の取り消しを国に求めるなど、尚早ではないかという議論も存在します。ただし、問題となっているのは安全性が中心であり、つまり、ステミラック注の製造過程、その後の品質検査についてが主に疑問を呈されている部分です。つまり、この治療の論理的整合性からは、脊髄治療に期待が持てると考えられています。今後の動き次第で、いつこの治療方法が一般的に受けられるのかが決まるわけですが、スムーズに進行すれば、数年後にはこの治療が一般化される可能性は高いと予想されています。

目次