- 呼吸不全の原因として重症肺炎、急性肺血栓塞栓症、自然気胸、そして急性呼吸窮迫症候群などが挙げられる
- 特に急性呼吸窮迫症候群は発症後の死亡率は全体の30 %から約60%と非常に危険である
- 呼吸不全への幹細胞治療としてHLCM051が開発されている
急性呼吸不全とは、ひとつの疾患ではなく、さまざまな疾患の結果、呼吸器能が低下して十分な酸素を臓器に送れなくなった状態を指します。
特に急性呼吸窮迫症候群と呼ばれる呼吸不全は、致死率が高く非常に怖い病気です。
本記事では、急性呼吸不全の原因やメカニズと、幹細胞を使った治療で実用化されているものも含めて解説します!
1. 急性呼吸不全とは
呼吸のステップは、空気中の酸素を血液中に取り込み、体内から集められた血液中の二酸化炭素を呼気に排出するステップです。酸素を受け取った血液は、主に赤血球のヘモグロビンに酸素を運ばせます。動脈を使って血液が体内を循環することによって、身体の細胞に酸素が供給されます。
この酸素の分圧が低下すると、細胞に供給される酸素の量が減少し、組織や臓器に悪影響を及ぼします。この状態が呼吸不全と言われる病態です。呼吸不全においては、血液中の二酸化炭素分圧が低下するか正常値を示す場合をI型呼吸不全、二酸化炭素分圧が増加している場合をII型呼吸不全として区別しています。II型では、二酸化炭素の排出が何らかの理由で十分でなくなっている状態です。
急性呼吸不全は、時間的経過が短い範囲内で起こる呼吸不全ですが、時間の明確な定義はありません。急性呼吸不全の「急性」とは、むしろ病態の進行が比較的早い時間で進むために、迅速な対応が必要であることを意味すると言っても過言ではありません。
急性呼吸不全の原因は疾患を含めて様々で、重症肺炎、急性肺血栓塞栓症、自然気胸、そして急性呼吸窮迫症候群(ARDS:Acute respiratory distress syndrome)が原因としてあげられます。また、慢性閉塞性肺疾患(COPD:Chronic obstructive pulmonary disease)や間質性肺炎が何らかの理由で合併症を起こしたときに発症する場合もあります。
重症肺炎は、敗血症、交通事故などの外傷によって、炎症性細胞が活性化し、この細胞が肺組織を構成する肺胞、毛細血管の細胞を攻撃、障害を与えます。その結果、肺に水がたまり、呼吸不全を起こします。
急性呼吸窮迫症候群は、重症肺炎、敗血症などが原因となって起こる重度の呼吸不全です。一般的に、原因となる疾患、外傷が発生してから24時間から48時間以内に発生することが多く、発症後の死亡率は全体の30 %から約60 %であると言われており、非常に予後が悪い疾患です。
急性呼吸窮迫症候群の治療としては、集中治療室(ICU: Intensive care unit)で気管チューブの挿入、マスクを使った人工的な呼吸管理が必要です。しかし、人工呼吸器の使用の長期化は予後の悪化をまねくことが知られています。
薬物を使った治療方法はないわけではありませんが、根本的な解決になる、つまり急性呼吸窮迫症候群の予後を直接的に改善できる治療薬は存在しません。そもそも、急性呼吸窮迫症候群は単一の疾患ではなく、様々な疾患などのが原因となって起こる「症候群」です。
現在の急性呼吸窮迫症候群の定義は、低酸素症の出現、7日以内の経過で突然発症している、胸部X線、CTスキャンの像で、両肺に異常な影を認める、原因として心不全ではない、が挙げられます。
原因となる基礎疾患は、肺に直接ダメージがある疾患以外も考えられます。例えば、敗血症は直接第二ダメージを与える疾患ではありませんが、血液中に細菌などの外来異物、またはそれらに由来する毒素が入ることによって肺などの臓器がダメージを受けます。
急性呼吸窮迫症候群を起こした肺では、これらの原因によって活性化した免疫系の好中球が攻撃のために細胞を傷つける活性酸素、タンパク質分解酵素を放出し、その結果、肺胞、毛細血管の細胞が傷つき、血液中の水分、タンパク質が漏れ出して肺に水がたまります。先に述べた交通事故などの外傷によって起こる重症肺炎と同様の疾患メカニズムが、ここでも動いてしまいます。
これらの疾患によって急性呼吸不全を発症した場合、酸素吸入などの呼吸不全に対する療法と、呼吸不全の原因となった疾患、外傷に対する治療が平行して行われます。酸素の供給は非常に重要で、生命の維持に不可欠なものですが、II型の呼吸不全の場合、酸素投与量が多くなってしまうと、呼吸が停止することがあります。
2. 幹細胞を使った急性呼吸不全の治療
急性呼吸不全の治療ポイントは、人工呼吸器をなるべく早く取り外せる状態までもっていくことです。人工呼吸器をつけている期間が長くなればなるほど予後が悪くなるリスクが上がり、生命が深刻なリスクにさらされます。
そのためには、損傷を受けた肺の組織を迅速に保護、修復し、自発的呼吸ができる状態にしなければなりません。そのためには、肺の組織で起きている過剰な炎症を抑えない限りは、好中球から分泌された活性酸素、タンパク質分解酵素が肺の細胞を攻撃し続け、肺の機能が回復しません。
そんな急性呼吸不全に対処するための治療方法の中で、幹細胞を使ったものはすでにほぼ実用化されているものがあります。
治療方法の基本的な方針は、肺炎などの基礎疾患、または外傷によって組織がダメージを受けると、免疫系に分類される炎症性細胞が大量に放出されます。炎症性の細胞は、分泌性の因子を放出することによって肺を構成する細胞を攻撃します。その結果、攻撃を受けた肺の細胞の機能が低下し、呼吸不全が起こります。
治療に必要なのは、免疫系の炎症性細胞の活性化を抑制すること、損傷を受けた肺の細胞がこれ以上増えないように健常肺細胞を保護すること、そして損傷した細胞の修復です。これを具現化した幹細胞製品はすでに存在しています。
アサシス社が開発した体性幹細胞由来の幹細胞製品、HLCM051は、静脈投与することによってHLCM051が肺に集積して過剰な炎症を抑制します。同時に、損傷を受けている細胞を保護、修復を誘導することによって肺の機能を改善し、自発呼吸ができる状態へ誘導する事が期待されています。
他に進められている治療方法も、主に過剰炎症の抑制と、肺の細胞を保護、修復の誘導と促進を目的としたものが多くなっています。並行して、肺の組織が細胞レベルで修復されるときには、組織に既存する幹細胞が分化することによって修復が行われるのか、別の組織から供給される細胞によって修復が行われるのか、が研究されています。
この研究は、急性呼吸窮迫症候群の病態を調べることによって進められてきています。急性呼吸窮迫症候群の初期は、肺胞レベルの細胞障害が生じています。急性期になると、肺胞I型上皮細胞の障害、剥離、脱落が起こります。この時、肺胞II型上皮細胞が過形成を起こして増殖し、肺胞I型上皮細胞に分化すると考えられています。つまり、肺胞II型上皮細胞が十分機能していれば、肺胞I型上皮細胞の損傷はカバーできるわけです。
肺の組織に損傷が生じるとき、肺胞I型上皮細胞のみが障害を受け、肺胞II型上皮細胞は無事、ということは考えにくく、同じ肺に存在しているのであればII型も損傷のターゲットとなります。
そのため、I型にもII型にも分化できる幹細胞を見つけることができれば、それは有用な幹細胞になり得ます。実際に幹細胞の性質を示した細胞、BASC(Bronchioalveolar stem cell)が肺において発見されました。しかしその後の研究で、この細胞は障害後の肺胞上皮修復に関与しないことが明らかとなっています。
しかし、一方で、マウスの肺間葉系幹細胞の中にI型、II型に分化する細胞が発見され、続いてヒトでも同様の肺由来間葉系幹細胞が発見されました。一般的に、こういった研究では、骨髄などからの間葉系幹細胞でも同様の効果を得られることが多いのですが、肺の場合は肺由来の間葉系幹細胞でないと修復が上手くいかないという報告がされています。
間葉系幹細胞を使う利点として、免疫調節、増殖因子の放出という総合的なアプローチができることが挙げられます。ピンポイントで治療ターゲットに向かう治療方法も時には有効ですが、様々な基礎疾患が原因で誘導される急性呼吸窮迫症候群、急性呼吸不全は、総合的なアプローチで、複数のポイントに向けて働きかける治療が必要になります。
急性呼吸不全は時間との闘いでもあるので、1つ1つのターゲットを解決していくよりも、一気に全てのターゲットに向けた働きかけが予後の改善にもつながります。現在は急性呼吸不全の原因となる疾患のうち、急性呼吸窮迫症候群が最も幹細胞治療応用に近いと考えられています。