この記事の概要
  • 2020年9月、順天堂大学大学院医学研究科・難病の診断と治療研究センターの須藤絵里子グレース博士と、奈良岡佑南博士が、間葉系幹細胞を肺線維症モデルマウスに投与した結果についての論文を発表した
  • CD73陽性細胞の肺線維化モデルマウスへの投与は、点鼻投与で行われ、投与されたCD73陽性細胞は肺組織に到達し、CD73陽性細胞が肺組織へのマクロファージ浸潤を抑制する

2020年9月15日付のScientific Reportsオンライン版に、順天堂大学大学院医学研究科・難病の診断と治療研究センターの須藤絵里子グレース博士と、奈良岡佑南博士が、間葉系幹細胞を肺線維症モデルマウスに投与した結果についての論文を発表しました。

ヒトの皮下脂肪組織から分離したCD73陽性細胞を肺線維症のモデルマウスに投与することによって、肺の線維化を軽減することに成功したことがこの論文の柱です。

この記事では、その件について解説します。

1. ある細胞の投与が肺線維症モデルマウスに効果

論文のタイトル、及び詳細は以下です。

論文タイトル Advantage of fat-derived CD73 positive cells from multiple human tissues, prospective isolated mesenchymal stromal cells.
論文著者 Eriko G Suto, Yo Mabuchi, Saki Toyota, Miyu Taguchi, Yuna Naraoka, Natsumi Itakura, Yoh Matsuoka, Yasuhisa Fujii, Naoyuki Miyasaka, Chihiro Alazawa

CD73陽性細胞とは、CD73というタンパク質を高発現している細胞です。CD73陽性細胞か否かは、細胞表面にCD73が存在するかどうかを抗CD73抗体を使って確認することによって判断されます。

CD73は、別名5’-Nucleotidase, またはEcto-5’-nucleotidaseと呼ばれる分子で、遺伝子の発現を調節する機能を持っています。また、このCD73陽性細胞は、高い増殖能力を持ち、ヒト間葉系幹細胞のマーカー分子を高発現しています。ということは、間葉系幹細胞に使い性質を持っている可能性が高い、とされています。

2. 肺線維症とは?

肺線維症とは、肺の間質組織が線維化する疾患です。おおまかに間質性肺炎に分類されることもありますが、厳密には肺の間質組織の線維化が起こり、それが進行して炎症組織が線維化したものを肺線維症と呼びます。

この肺線維症は間質性肺炎として見ると、予後が良好である特発性器質化肺炎と、難治性である特発性肺線維症、急性間質性肺炎に分けることができます。

難治性の特発性肺線維症は、治療に使われるステロイド、免疫抑制剤に対する反応性が悪いため、予後不良の肺疾患とされています。呼吸困難を伴い、進行に従って肺高血圧症を発症するもあります。ゆっくり、数年かけて進行することが特徴ですが、急性増悪として急激に呼吸状態が悪化するケースも見られます。

この原因は現在の所特定されていませんが、喫煙などが危険因子とされています。線維化の結果炎症が起こるのではなく、喫煙などの危険因子による肺胞上皮部の損傷(炎症含む)を成体が修復しようとしてコラーゲンの過剰増加などの異常修復が起こった結果、線維化が進むと考えられています。この結果、肺胞壁が厚くなってしまい、酸素の取り込み量が減少するために呼吸に影響が出ます。

3. 論文の具体的な内容

CD73陽性細胞の肺線維化モデルマウスへの投与は、点鼻投与で行われます。つまり、鼻の穴へ投与します。投与されたCD73陽性細胞は肺組織に到達し、CD73陽性細胞が肺組織へのマクロファージ浸潤を抑制します。

この現象が、肺の線維化を抑制する可能性があることがこの論文で明らかになっています。これによって、特定の抗原(タンパク質など)への免疫反応を抑制することによって治療効果を期待する「免疫寛容」を誘導して新規の治療方法が開発が期待できます。

もう少しこの論文を詳しく見てみましょう。

CD73陽性細胞の候補である細胞は、ヒトの皮下脂肪、内臓脂肪、胎盤からそれぞれ分離されています。この3種類の細胞を解析すると、皮下脂肪から採取された細胞に、CD73陽性の細胞が多く含まれており、培養して解析すると高い増殖能力が確認されました。

さらに、免疫寛容の治療方法を念頭におくと、間葉系幹細胞の性質がより強い細胞が治療に適しています。この間葉系幹細胞の性質を持つこと示す間葉系幹細胞マーカーの発現については、皮下脂肪からのCD73陽性細胞は培養しても高い発現を維持し続けており、採取時に持っている性質が人工的な培養によっても変化しないことを示しています。

このCD73陽性細胞を肺線維化モデルマウス(肺線維症モデルマウス)に点鼻投与します。モデルマウスは生まれた時に肺が線維化しているのではなく、生後、成長に従って肺の線維化が進みます。モデルマウスの肺で線維化が形成される時期に、複数回に分けてCD73陽性細胞を投与します。

投与後、2週間を経たモデルマウスの肺を洗浄し、洗浄液を回収、この液に含まれている細胞を解析します。解析ターゲットは炎症細胞の浸潤レベルですが、CD73陽性細胞を投与したモデルマウスでは、非投与モデルマウスと比べて、炎症に関与する白血球のマクロファージが減少していました。さらに、モデルマウスの肺を摘出して調べたところ、CD73陽性細胞を投与したモデルマウスの肺線維化が軽減されており、さらに肺組織そのものでも白血球のマクロファージ数が減少していることが明らかになりました。

論文の成果を箇条書きにすると以下のようになります。

  1. ヒト皮下脂肪、胎盤などから採取した細胞からCD73陽性細胞を分離し、肺線維症への効果を解析した。
  2. CD73陽性細胞は皮下脂肪に多く、人工培養をしても性質が変わらないという頑健性を持っている。
  3. このCD73陽性細胞を肺線維症モデルマウスに投与したとこと、肺線維化の軽減に成功した。
  4. また、免疫の反応もある程度抑制されており、免疫寛容を用いた治療方法にこのCD73陽性細胞が使える可能性が高い。

4. 今後の発展と課題

現時点では、CD73陽性細胞の投与、そして肺線維化の改善という入り口と出口のみを抑えた段階で、肺の中でどういう現象が起こっているかを分子レベルでは解明できていません。

さらに、CD73陽性細胞については採取効率のよい方法、採取場所は特定できましたが、細胞そのものの性質は、「CD73が陽性」「増殖能力が高い」「間葉系幹細胞に似た性質を持っている」「人工的な操作に対してある程度の頑健性を持っている」「免疫寛容性に関与している」がわかっているレベルで、詳細な遺伝子発現プロファイルなどはわかっていません。

今後は、

  1. CD73陽性細胞自体の詳細解析によって、細かい性質、遺伝子発現プロファイル、治療に使う場合のリスクを抽出。
  2. 投与後、肺でどのような現象をCD73陽性細胞は誘導するのか?
  3. その誘導によって、肺細胞の遺伝子発現、タンパク質発現がどのように変化するのか?
  4. 免疫寛容性とCD73陽性細胞の関連は、どのような分子メカニズムによって行われているのか?

これらについての解析が必要です。ヒトの医療に使うものですので、リスクについては詳細な情報を取得し、その情報から予測することが重要であり、今後の分子生物学的な研究成果が待たれます。

そして今後、期待されることとしては、皮下脂肪という細胞を採取しやすい部位からCD73陽性細胞を得ることができるので、患者の皮下脂肪から分離したCD73陽性細胞をその患者の治療に使える、つまり、免疫拒否反応リスクがほとんどありません。つまり、治療方法として確立されると、高い効率と低いコストが期待できる治療方法になる可能性が高いと考えられます。

患者の皮下脂肪から採取したCD73陽性細胞が少なかったとしても、高い増殖能力と人工培養でもせいすつが変わらない頑健性を背景として、培養によっていったん細胞数を増やしてから投与する、という選択肢を採ることが可能です。

また、コロナに感染した場合、肺の線維化も症状として起きることですので、コロナ感染者の予後を改善するためにもこのCD73陽性細胞は効果的と考えられますし、その他の肺疾患でも肺の線維化抑制、改善に使うことが可能です。

このCD73陽性細胞は、今回順天堂大学のグループが発見したものですが、今後多くの研究機関で解析されます。肺線維化はコロナ感染とも密接に関わるため、かなり重点的に研究が進められる可能性が高い細胞です。日本で発見された新しい有用な細胞として、ヒト皮下脂肪由来CD73陽性細胞がさらなる脚光を浴びる日も近いかもしれません。

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