イモリの再生能力と再生医療への応用!イモリの再生メカニズムを解説

目次

1. イモリの再生能

両生類のイモリは、手や足を何度切っても再生する事が知られています。

理科、生物の教科書にも掲載されていることがあるので、知っている方も多いかも知れません。

実は、手足だけでなく、心臓、脳の一部が失われても、手足と比べて時間はかかりますが元どおりに再生します。

イモリの眼球の水晶体を取り除き、再生させる実験を行ったところ、じつに19回も再生したという報告もあります。

さらに、再生した場所の皮膚などに一切痕跡が残らないという完璧な再生能力を持っています。

 

こうした再生の話になると、トカゲの尻尾を思い浮かべる方も多いでしょう。

しかし、トカゲの尻尾の再生は1回のみです。

つまり、一度再生したトカゲの尻尾が切られた場合は、もう尻尾は生えてきません。

さらに、オタマジャクシ、アホロートル(ウーパールーパーとして知られている動物)も再生能力を持っているのですが、オタマジャクシが変態してカエルになると、再生能力は失われてしまいます。

となると、イモリはなぜ何回も再生できるのか?という疑問は普通にわいてきます。

 

このイモリの再生能力を再生医療に応用しようとしているのが、筑波大学生命環境系の千葉親文教授のグループです。

このグループが目指す治療は、イモリの再生領域に痕跡が残らない事をヒトに応用し、ケガ、ヤケドを負ったときに傷跡を全く残さずに治療しようとするものです。

2. イモリの再生メカニズム

千葉教授のグループでは、日本固有種のイモリであるアカハライモリを使って研究を行っています。

アカハライモリのさまざまな部位の皮膚を切除し、傷口の再生を観察・解析してイモリの再生の謎を明らかにしようとしています、

イモリは、赤と黒の身体を持っていますが、研究グループの解析によると、お腹の赤・黒の模様を除けば、皮膚の再生後には痕跡が全く残らない事がわかっています。

 

ヒトの場合、ケガによって皮膚に傷がつくと、まずかさぶたができます。

このかさぶたの下では炎症が起きており、その結果繊維芽細胞によってコラーゲンなどの繊維性のタンパク質が分泌されます。

この繊維製のタンパク質は、ガーゼをイメージするとわかりやすいでしょう。

繊維は織り込まれたような形状になり、布のように傷口を覆います。

これによって傷口が固められ、外から保護されます。

この現象は、線維化と呼ばれ、傷口を早く閉じる事ができるのですが、傷を負う前の細胞とは異なる細胞群が傷をふさぐので、周囲の領域とはちょっと違った様相になります。

このようにしてできた跡を「瘢痕(はんこん)」と呼びます。

3. イモリの再生能力とヒトへの応用

イモリの場合は、この線維化を伴わずに傷口が修復されます。

傷ができると、周囲の表皮細胞はその傷を感知して細胞分裂の速度を上げます。

およそ通常の2倍のスピードで細胞分裂が行われ、傷口は素早くふさがれます

そのため、傷口の炎症は短期間で治まりますし、もともと皮膚を構成していた細胞によって傷口が修復されるので、跡が残りません。

このようなメカニズムをヒトに応用できるのでしょうか?

 

この筑波大学を中心とした研究グループには、慶應大学医学部形成外科の石井龍之教授も参加しています。

石井教授は、「ヒトと全く違う動物から発見された事が、ヒトの医療に大きく役立ったという例は少なくない。」と述べ、イモリの再生研究がいずれヒトの医療に応用されると予想しています。

 

傷跡が残らない皮膚の再生は、ヤケドなどの治療において大きな役割を果たします。

ヒトは社会性の動物のため、ヤケドの跡、ケロイドなどがあると、「周囲の人と違う」ということで、その人の社会的な生活に影響を及ぼします。

 

この研究グループに参加している、信州大学医学部形成再建外科教室の高清水一慶博士は、普段の診療で多くの患者の傷跡を見てきました。

現在の医学ではどうしても跡が残ってしまい、その跡を消すために別の手術、治療をしなくてはならず、しかもその治療自体もどのレベルまで傷跡を解消できるかはケースバイケースだそうです。

 

4. iPS細胞を使った治療とは異なる治療方法の開発へ

イモリの場合は幹細胞は脇役で、再生ステップには皮膚や筋肉になっている、つまり分化を終えている細胞群が主役になります。

 

例えば、表皮の細胞は表皮細胞の特徴を持ったまま、「傷ついた部分を修復するために必要最低限なレベルで細胞の時計を戻す。」という事が行われます。

 

iPS細胞の場合は、分化した細胞を遺伝子操作によって分化レベルでゼロの所まで時計を戻します。

しかし、イモリの場合は必要なだけ分化の時計を戻して再生メカニズムを動かすのです。

この細胞は、「幹細胞」、「万能細胞」とは呼べませんが、傷口を修復するための能力を備えた「多能性細胞」ということになります。

 

このメカニズムは、「細胞の脱分化」、または「リプログラム」と呼ばれています

傷ついたり、失われた領域の周辺細胞が、「以前の形」を記憶しており、その領域を以前と同じように修復できる細胞に変化して再生する、というメカニズムです。

 

iPS細胞は様々な再生医療に使う事ができる細胞です。

一方で、イモリの再生は、その部分を必要なだけ修復するためだけに脱分化する細胞です。

つまり、イモリの場合はTPOに従って脱分化するというある意味でオーダーメイド的な細胞が出現するわけです。

 

研究グループはこの知見を使って、「移植のいらない再生医療」を目指しています。

iPS細胞などを使った治療では、体外で作った幹細胞からの組織、臓器を手術などで移植する事が必要です。

しかし、イモリの再生を応用すれば、傷ついた部分、その周囲の細胞が再生するため、移植が必要でなくなります。

 

この治療方法開発のカギとなる遺伝子が、すでに研究グループによって絞り込まれています。

研究グループは、この遺伝子にNewtic 1(ニューティック 1)という名前をつけ、現在機能について詳しく解析しています。

このNewtic1 の特徴は、発現する場所が赤血球という事です。

 

イモリの再生の足がかりとなる部分を「再生芽」と呼びますが、この再生芽には、最初の家は血管がないために血管を作る必要があります。

このメカニズムは血管新生と呼ばれ、がん細胞塊でも見られる現象です。

つまり、再生しようと再生芽ができ、その中に血管が新しく作られると当然血液が流れます。

血液が流れれば、血液中に含まれる赤血球は再生芽に流れ込みます。

 

この方法ですと、血液の流れを利用する事で、再生に重要な役割を果たすNewtic 1タンパク質を簡単に再生芽に送り込む事ができます。

血液中に含まれている赤血球を、必要なタンパク質の運び屋に使うという事は非常に効率のよい方法です。

 

5. イモリはがんにならない

再生医療で心配される事の1つに、「細胞分裂が盛んになるために、がん化した細胞が出現する可能性が高くなる」というものがあります。

一時期、iPS細胞でもがん化のリスクが問題となり、導入する遺伝子の改良などでがん化リスクを抑えたiPS細胞が開発されたという経緯があります。

 

イモリの再生方法を応用した場合、がん化リスクはどうなるのか?についてはまだ詳細な解析はなされていませんが、1つ気になる情報があります。

それは、イモリにはほとんどがんが見られない、全く見られないと言っていいほどがんが見られない、という事実です。

 

このメカニズムについては、現在解析が行われていますが、このメカニズムが解明され、さらにイモリの再生メカニズムを模した治療方法が開発されれば、我々は「iPS細胞による治療か、イモリのメカニズムによる治療か」という再生医療の選択が治療時にできるようになるかも知れません。

 

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