人工多能性幹細胞 (iPS細胞)の臨床試験、2020年に53件実施

臨床試験
目次

1. iPS細胞を使った臨床試験

多くの疾患治療に役立つことが期待されている人工多能性幹細胞(iPS細胞)は、すでに臨床試験段階で使われているケースが見られ、2020年には53件実施されていることが報告されました。

報告したのは、株式会社グローバルインフォメーションで、2021年4月27日に発表された市場調査レポート、「人工多能性幹細胞(iPS細胞)の世界市場(2021年版)」(BIOINFORMANT WORLDWIDE, LLC)に詳細が掲載されています。

人工多能性幹細胞(iPS細胞)が発見されて10年以上経過し、幹細胞を使った基礎的な研究と、臨床応用を視野に入れた再生医療は大きく進歩してきました。

人工多能性幹細胞を使った基礎的研究によって、新たな病理メカニズムが次々と特定され、さらにiPS細胞を使った化合物スクリーニングなどで創薬研究が大きく進歩し、新たな薬の開発に役立っています。

さらに、ここ数年でiPS細胞を使った臨床研究、臨床試験の数が増え始めています。

iPS細胞は発見当初から、病気の発症・進行の原因を探すために使う新しい薬を開発するために使う新しい治療方法を生み出すために使う、という3つの使用方法が考えられてきました。

これらの研究と並行して、幹細胞自身の研究も進み、幹細胞を使った治療方法に重要な知見が得られてきました。

さらに、臍帯血幹細胞、脂肪幹細胞など、古くから知られていた幹細胞の新しい面が発見されるなど、再生医療は本格的な実用化に向けて急速な進歩を遂げています。

2. iPS細胞の商業化

幹細胞、iPS細胞が医療において実用化のめどが立ってくると、商業化が重要な課題になります。

商業化することで、再生医療のコストダウンをはかり、幅広い患者に治療を受けてもらうことは非常に重要な課題です。

現時点で、iPS細胞が商業化されている事柄についてまとめてみましょう。

2-1. 細胞治療

疾患、ケガなどを治療する際に、iPS細胞を用いて回復させるという方法は、再生医療のコアをなす治療方法とも言えます。

現在は、細胞治療への応用を多様化させ、様々な疾患、ケガに対応できるようにと研究が進められています。

2-2. 疾患のモデル化

疾患は人間の体に起こるものですが、この疾患と同じ状況を人工的に細胞レベルで作成できれば、その作成したものを使って疾患の研究を進めることができます。

iPS細胞は、いくつかの疾患において実験室レベルで疾患状況の再現に成功しており、これらは「疾患モデル」として世界中の研究者に使われています。

2-3. 医薬品の開発、またはシーズの発見

医薬品に有用な、また医薬品として使うことのできる化合物を発見するために、iPS細胞、またはiPS細胞から分化させた細胞はスクリーニングに使われています。

スクリーニングの例を挙げると、数百種類の化合物を疾患モデルの細胞に添加し、その効果を観察、測定するという方法があります。

この方法で、疾患モデルの細胞に効果のあった化合物は、新しい薬の材料として次のステップの研究に進みます。

このスクリーニング試験の実用化は、創薬において大きなカギとなり、現在では製薬会社、公的研究機関で多くのタイプのスクリーニングが行われています。

2-4. 個別化医療

オーダーメイド医療、テーラーメイド医療とも言われますが、個人の体質などに合わせた治療が必要な場合、基本的な治療方法を、その患者に合わせた方法にアレンジするなどの治療を指します。

CRISPRなどのゲノム編集技術を使って、正確な遺伝子変異を誘導して個別化医療に対応するという方法は、今後大きな発展をすると考えられています。

2-5. 毒物検査

創薬のための化合物スクリーニングと似た方法で、化合物、薬品の安全性評価に使われます。

動物実験で毒性の評価をする検査は昔から行われてきましたが、iPS細胞から分化した細胞を使うことによって、その化合物が具体的に身体のどの細胞に影響を与えるのかが解析できます。

また、細胞レベルでの解析を加えることによって、毒性の分子メカニズムが明らかになるため、その化合物、薬品の改良が従来よりも低いコストでできると考えられています。

2-6. 細胞を工場として使う

細胞が作り出す物質は、医薬品、工業製品に重要なものが少なくありません。

これらを人工的に生産できれば問題ないのですが、どうしても細胞内でしか生産できないものも存在します(

種のタンパク質、ペプチドなど)。そういった物質を生産するために、大量の細胞を準備し、細胞に作らせて回収、そして製品化という流れはすでにいくつかの物質で行われています。

iPS細胞を使った分化誘導で、これまで準備が難しかった細胞を人工的に大量生産し、その細胞を工場として使うという工業的方法は、実用化が目の前まで来ています。

医療関係の製品以外にも、化粧品の原材料などに応用が期待されており、いままで希少な原材料が配合されているために高額だった製品が、リーズナブルな価格で消費者の手元に届くと考えられます。

3. iPS細胞の臨床試験実施で新しい段階へ

これまで挙げた商業化の例の中で、iPS細胞を使った臨床試験は、倫理的、安全性の問題が大きいために、基礎的な研究中心で進められ、様々な観点から議論がされてきました。

その結果、臨床試験への移行が問題ないと判断されたものは、前臨床試験や早期臨床試験に移行しています。

最初にiPS細胞を使った臨床試験が開始されたのは2008年ですが、2020年には行われている臨床試験は53件に達しています。

この流れを詳細に紹介しますと、2006年にiPS細胞が発見され、その2年後の2008年には臨床試験が開始されました。

そして5年後の2013年には、iPS細胞から作製された細胞製品がヒトに移植されています。

そして7年を経た2020年、iPS細胞を使った臨床試験は50件をこえました。

現在行われている臨床試験は、iPS細胞そのものをヒトに移植する臨床試験ではありません。

iPS細胞を分化誘導し、特定の細胞を作成してから利用するという方法です。

主に行われている臨床試験は、大きく分けると2つのタイプに分けられます。

1つめは、ある疾患の特定患者集団から細胞を採取し、その細胞をもとにしてiPS細胞を作ります。

そしてそのiPS細胞が疾患のモデルとして使えるかどうか、を評価するために研究を行います。

この目的は、疾患の治療方法の研究、その疾患に対する創薬研究への応用が目的です。

また、iPS細胞を細胞株とすることで、多くの研究機関がこの疾患の研究に着手でき、治療方法が飛躍的に進歩します。

2つ目は、iPS細胞から作成した細胞をヒトに移植するという臨床試験で、ヒトの角膜移植など、いくつかはニュースとして発表されています。

2013年からそろそろ10年経過しますが、この10年の間に基礎的な研究によって多くのデータが集められ、それらをもとにして実際の利用に応用することを目標に試験が行われています。

COVID-19の世界的な感染拡大で、医療機関、研究機関には大きな負担がかかりましたが、iPS細胞を臨床に応用しようとするこれらの試験は、止まることなく進められています。

COVID-19によって肺にダメージを受けた患者の回復に幹細胞を使うことは効果的である事が発表されるなど、幹細胞、iPS細胞は様々なタイプの疾患、そして疾患によってダメージを受けた身体の機能回復に有用である可能性が高いと考えられます。

そのため、iPS細胞を使った医療の進歩について必要性が高まっていることもあり、今後研究・開発の速度はさらに上がっていくのではないかと考えられます。

それに伴って商業化も今まで以上の拡がりを見せ、投資の対象となるなどの大きな動きが相次ぐと考えられます。

そのため、今後はバイオ、iPS細胞についてのこういったレポートは多くの期間から発表されるようになるでしょう。

目次