- 不妊の原因は大まかには、女性因子が40%、男性因子が40%、両方に原因がある10%、原因不明10%
- 着床不全の有効な治療方法となり得ると期待されているのが、脂肪組織由来の幹細胞を用いた治療方法
- ADRCs療法が現実的になってきている
不妊症は、最近増えてきたという印象がありますが、実際は以前からある割合で存在していました。
一昔前では、「子供ができないことで悩む」という現象を表に出すことがはばかられていたため、なかなか表面化していなかったのですが、最近になってそういったことに対して偏見なく対処できるような社会状況になってきたために、不妊という事象に対しての解決策が目に入るようになってきたと言えます。
この記事では、不妊の原因や幹細胞治療に関して説明します。
1. 不妊の現状
福岡大学医学部が集めたデータによると、不妊の原因は大まかには、女性因子が40%、男性因子が40%、両方に原因がある10%、原因不明10%です。一昔前は女性に原因という印象が強かったのですが、科学的にデータを集めると、女性、男性それぞれの因子は同じくらい不妊に関与しています。
不妊の解決策として挙げられるのは体外受精です。1983年、初の体外受精での出産に成功して以来、現在は体外受精による出生数は累計30万人を越えており、年間出生数の約5%が体外受精によるものです。
今後、この割合は増加し、近いうちに10%を越えると予想されています。
しかし、不妊がこれで全て解決するわけではありません。現在でも成功率は20%から30%であり、人工授精の確度向上が喫緊の課題です。
さらに、人工授精以外にも様々な治療方法が模索されてきました。その治療方法の中には幹細胞を使ったものが存在し、次第に具体的な効果が期待できるレベルになってきています。
2. 男性の不妊治療
男性の不妊治療の多くは、精子形成、または精子の運動能力に関するものがほとんどです。精子を作る幹細胞を精巣内に移植することによって精子形成能を稼働させる治療法が行われています。精巣内に幹細胞を移植すると、ニッシェという幹細胞が生息する場に入り込んでコロニーを形成して精子を作ります。
これだけですと、いとも簡単に精子形成能を稼働させることができそうですが、実際の分子メカニズムは複雑であり、移植したから必ずうまくいくというものではありません。
京都大学はマウスを使い、精子幹細胞の移植によって先天性男性不妊症の治療方法の開発を行っています。精巣には精子を形成するために必須である血液精巣関門というものが存在し、構成する細胞の表面にはクローディン11というタンパク質が存在しています。血液精巣関門は、セルトリ細胞の間にある運河のような構造で、血液中の分子が精巣内に入ることを防いでいます。
クローディン11というタンパク質が細胞表面にないマウスでは、精子形成が停止しており、先天的に不妊症になっています。
この研究では、美技の精巣を構成する細胞をバラバラにして左側に移植すると正常な精子が得られるという結果を得ており、血液精巣関門が原因による先天的な不妊症でも、改善することが可能ということが明らかになっています。
つまり、精子幹細胞が精子に正常に発生するという事が証明されたわけですが、この研究はある意味でそれまでの常識を覆した研究です。
この研究の新規性は、正常な幹細胞を正常な環境に移植して治療する、という手法が当たり前であったのが、異常組織の自家移植、つまり場所を変えてやることで治療できるケースが存在することを示したことです。しかも、この研究によって得られた精子を使って人工授精したところ、正常な個体が発生しました。
この個体は、自家移植、しかも遺伝子操作をしていないという個体であり、遺伝子操作をしたiPS細胞などを使うことに抵抗がある場合でも、問題なく用いることができます。個体を作る際に、人間が遺伝子操作をすると、まだ把握し切れていない遺伝子発現の影響で個体発生に影響が出るリスクを考えなければなりませんが、この自家移植の場合はその懸念はありません。
3. 女性の不妊治療
幹細胞を使った女性の不妊治療には大きく分けて2つの治療方法があります。1つは生殖細胞、つまり卵子形成に問題があった場合の治療方法、2つめは、生殖細胞が男性、女性とも正常で、受精が滞りなく行われた後に関するものです。受精後、受精卵は子宮に着床しますが、この着床がうまくいかない「着床不全」は、不妊の原因となる問題です。
女性の不妊の場合、生殖細胞のみならず、胎児を育てる子宮に何らかの問題がある場合も不妊となるリスクがあります。子宮本体に問題がある場合、卵子の通過場所である卵管での問題、頸管での問題、そして卵子は形成されるがその卵子が正常に排卵されない問題など、様々な原因が存在します。
人工授精による不妊治療を行った時、「3回以上、体外受精による良好な胚(受精卵)を移植したにも関わらず、妊娠しない、または流産となった場合」、このケースでは、着床不全と判断されます。子宮側に何らかの問題があったと考え、その治療の方向になります。
この時に最も考えられる原因として、子宮内膜が厚くならない、子宮内膜が着床には薄いということがあります。多くの場合、女性ホルモン(エストロゲン、プロゲステロン)の分泌量が少ないために子宮内膜が増殖しないとされていますが、治療としてエストロゲン、プロゲステロンを投与しても厚さが不十分な場合があります。
着床不全を起こす子宮内膜の特徴は、血管の新生が乏しく、密度が低い、収縮能力が低く、弾力性が低い、そして、内膜増殖作用を持つエストロゲンに対する反応性が低いことが挙げられます。こういった場合の有効な治療方法は現在確立されておらず、少子化の改善に向けて研究が進められています。
その中で、有効な治療方法となり得ると期待されているのが、脂肪組織由来の幹細胞を用いた治療方法です。表皮、真皮の下にある皮下組織から脂肪組織を取り出すと、その組織には脂肪細胞、血管内皮細胞、細胞外基質、そして約1~5%の割合で脂肪幹細胞が含まれています。この中から脂肪組織由来幹細胞(ADRCs)を精製し、子宮内に注入します。
この治療方法は、非侵襲的、簡便に脂肪組織由来幹細胞を子宮内に投与可能、そして子宮内膜の血流を改善し、増殖を促進することが確認されています。これが実用化されれば着床不全が改善され、受精卵の着床率が向上し、妊娠率が改善することが期待されています。この研究は、マウスで行われており、子宮内膜増殖力の評価、血管新生能力の評価でいずれも好成績を挙げています。さらに着床率の研究でも好成績を挙げています。
そしてマウスを使って、ヒトの脂肪組織由来幹細胞を使って子宮内膜の増殖能力、血管新生能力、着床率が向上するかどうかも研究されており、いずれも良好な結果を得られています。現時点では、マウスではなく大型動物(ミニブタ)を使った脂肪組織由来幹細胞の安全性確認も完了しており、実用化はかなり現実的なものになっています。この治療方法はADRCs療法と呼ばれ、ADRCsの分離と同定、有効性評価、品質検証が特定認定再生医療等委員会での議論、申請を経て臨床研究に進みます。
人工授精、体外受精という生殖補助医療技術と併用することで妊娠率の向上が見込めるだけでなく、中絶手術、または流産、産後の子宮内容物の除去をする時に行われる掻爬術によって起こる事が多い、子宮腔内癒着症(アッシャーマン症候群)への治療効果も期待されています。
さらに、ADRCsは抗炎症作用を持つために、子宮内膜症の治療に応用、発展する可能性も考えられます。現時点では、この治療方法に必要な医療機器の開発、脂肪組織由来幹細胞(ADRCs)の精製ステップにおける精度の向上が解決すべき課題となっています。