1. 血液脳関門とは?
ヒトにとって脳は非常に重要な場所であり、様々なシステムで守られています。
頭蓋骨という厚い骨の層で囲まれているのも、脳を保護する手段の1つです。
そういった脳を保護するシステムの1つに、血液脳関門(Blood Brain Barrier: BBB)というものがあります。
脳の血管には、身体の他の部位にある血管とは異なる仕組みが必要です。
脳は多くの神経細胞で構成されており、その機能が障害を受けると、生命、身体に深刻なダメージを受けます。
血液中に、もし神経細胞にダメージを与える物質が含まれていた場合、影響を受ける可能性のある神経細胞の範囲は血流が存在する場所です。
つまり、かなり広範囲の神経細胞が血液中の物質によってダメージを受けてしまうため、そういった物質を神経細胞に届かないように防御しているのが血液脳関門なのです。
血液脳関門は、神経細胞に影響のある物質をブロックしますが、一方で酸素や栄養分といった神経細胞が正常に稼働するための物質は通過させます。
これは血液脳関門は「選択的」に物質を通しているということになります。
では、血液脳関門はどこにあるのでしょうか?
血液脳関門の実体は、脳の毛細血管であり、血管の内皮細胞が主な防御壁です。
2. 脳の毛細血管と血液脳関門
ヒトの脳毛細血管は、脳内に細かく張り巡らされており、総延長は、600kmから700kmであるとされています。
さらに、この毛細血管の表面積は約9㎡です。
つまり、毛細血管という非常に細かい構造の表面積は3m x 3mの面積を持っているわけです。
そもそも、ヒトの脳の表面積は、すべてのシワを伸ばして広げると広大な面積になりますが、脳毛細血管の表面積はこの面積の0.1%にすぎません。
この0.1%の脳毛細血管が血液脳関門を作り、残りの99.9 %の脳を守っているのです。
脳の毛細血管の表面積の占める割合は脳の中ではそれほど大きくないとはいえ、脳毛細血管は間隔の平均40µmという細かさで脳内に網目状に張り巡らされています。
この脳毛細血管を通過した物質(分子量が数百程度の大きさ)は、拡散によって素早く拡がり、脳を構成する細胞群に短時間で到達します。
この網目状の毛細血管の大部分に血液脳関門が設置されているわけですが、血液脳関門を通過した物質は、基本的に拡散によって移動して広範囲の脳細胞に届けられます。
拡散によって拡がる直前のステップに血液脳関門が設置され、拡散によって広範囲に拡がることを避けたい物質をブロックしていますが、この構造をもうちょっと詳しく見てみましょう。
脳の毛細血管の内皮細胞同士は、クローディン、オクルディンという密着結合構成タンパク質によって密着結合しています。
さらに、一部の内皮細胞にはさらに周皮細胞という細胞が接着し、ヒトデのような足突起をもつ細胞、星状膠細胞が突起を広げて包み込んでいます。
血液中の成分、薬物などは、内皮細胞の間隙を利用して中に入り込みます。
血液脳関門は、内皮細胞の密着と、それを覆う細胞構造によって間隙を使って中に入り込む物質が中枢神経系に入り込んでいることを防いでいます。
この構造は、逆に脳内で産生された物質の脳外への流出を防いでいます。
ただし、例外もあります。
脳室周辺器官と呼ばれている領域、終板血管器官、脳弓下器官、交連下器官、視床下部正中隆起、松果体、下垂体後葉、最終野では、脳毛細血管内皮細胞の密着結合が見られず、一般的な体の組織における末梢血管と同様に、物質移動の自由度があります。
3. 大事な物質の移動はトランスポーターが担う
血液脳関門によって厳しく守られている脳、そして神経細胞ですが、血液脳関門は、どのようなメカニズムで物質を通過させるのでしょうか?
血液脳関門を通過する方法は、次の3つが代表例です。
- 脂溶性物質の拡散
- 特定の水溶液物質は、積極的輸送や、エネルギー依存性の受容体介在輸送
- イオンチャンネル
この3つのうち、比較的重要な経路は、2の「積極的輸送とエネルギー依存性の受容体介在輸送」です。
この輸送システムは、決まった物質を運搬するトランスポーター、受容体などから構成されています。
どうしても神経細胞に必要な物質は、こういったトランスポーターが専門的に運搬することによって、血液脳関門以降の物質量、物質濃度を維持します。
さらにトランスポーターは、細胞内から細胞外へと運搬する役割を持つもの、細胞外から細胞内に運搬する役割を持つものと役割が非常に細かく決められており、必要な物質の積極輸送を支えています。
4. 血液脳関門にも弱点はある
我々の脳と、それを構成する神経細胞を守ってくれている血液脳関門ですが、弱点もあります。
この血液脳関門は、脳に有害な化学物質を全てブロックしてくれるわけではなく、通してしまう化学物質もあります。
その代表例は、アルコールです。
ヒトの生活、社会性から考えると、アルコールは脳においては有害な化学物質と位置づけることができます。
しかし、血液脳関門はこのアルコールの通過を許してしまいます。
さらに、カフェイン、ニコチン、麻薬の構成成分の一部も血液脳関門を通過します。
どれも、使い方によっては「依存性」が出現する化学物質です。
しかし、血液脳関門がなかった場合は、これらの物質以外にも脳に影響を与える物質が脳に届いてしまうため、ヒトはもっと多くの化学物質に対して依存性の問題を抱えていたかもしれません。
そして、脳や神経細胞に作用して欲しい薬物は、この血液脳関門を通過しなければなりません。
創薬において、血液脳関門の通過という問題は非常に大きく、せっかく効果のある薬ができたとしても血液脳関門を通過してくれないために世に出せないという例もあります。
抗うつ薬などは、血液脳関門を必ず通過しなければならず、ある程度の量を接種しないと、血液脳関門に大部分が防がれてしまい、少量しか標的神経細胞に到達しないということもあります。
さらに血液脳関門の弱点として、ある種の疾患に罹った場合、血液脳関門の機能が低下するというものがあります。
この代表的な疾患として、髄膜炎、脳炎が挙げられます。
これらの疾患時には血液脳関門の働きが低下し、防御だけでなく、必要な物質の積極輸送にも影響します。