- 動脈硬化は虚血性疾患の原因となり、心臓、足、脳が代表的な疾患となる
- 虚血性疾患の治療法は、薬(コレステロール値を下げる、血液をさらさらにする)、カテーテル治療(細くなった血管を風船で広げる)、バイパス手術(血管と血管をつなぐ)の3つ
高齢者に多い動脈硬化は、さまざまな病気の原因となります。
この記事では、虚血性疾患について、血管内皮前駆細胞(EPC)について解説します。
1. 動脈硬化と虚血性疾患について
老化により血管が硬くなり、血管が傷つけられやすくなることを動脈硬化といいます。
血管はもともと、栄養や酸素をスムーズに送るように血管はなめらかですが、加齢や食生活の変化により、動脈硬化を起こすことで、コレステロールの塊が血管の中で詰まって血管が細くなり、傷つきます。
動脈硬化が起きると、栄養や酸素を十分に送れず、身体の様々な組織に酸欠の状態を引き起こします。そして、酸欠の組織は酸素や栄養が届かないために死んでしまう、虚血という状態になります。
特に虚血性疾患の代表するものが3つあり、1つ目は心臓の病気、2つ目は足の病気、3つ目は脳の病気です。
1つ目の心臓の病気は、心筋梗塞などの心疾虚血性疾患で、心臓に栄養を送る血管である冠動脈が詰まることで、身体に栄養や酸素が送れない状態になります。
2つ目の足の病気は、下腿虚血性疾患と言い、足の血管が動脈硬化や炎症によって詰まり、栄養を送れなくなる病気です。代表例は、閉塞性動脈硬化症、バージャー病ですが、最悪の場合、栄養不足、酸欠になって足が腐り、足を切断しないといけません。
3つ目の脳の病気は脳梗塞ですが、脳の一部の組織が死んでしまうことで、身体の一部が動かなくなり、麻痺が起きます。また、脳梗塞の場所や大きさによっては命の危険が起きることもあります。
2. 虚血性疾患に対する血管内皮前駆細胞の移植
現在、そうした虚血性疾患に対する治療法として挙げられるのは、薬(コレステロール値を下げる、血液をさらさらにする)、カテーテル治療(細くなった血管を風船で広げる)、バイパス手術(血管と血管をつなぐ)の3つです。
しかし、重症になればなるほど、薬が効かない、カテーテルやバイパス手術の適応がないという問題点が多く、新しい治療法の確立が求められています。
また、手術を行ったとしても、血液の流れが悪く、栄養や酸素が届きにくいため、開いた傷が治りにくく、術後の発熱や感染などで、死に至ることもあります。
現在、手術やカテーテル、薬が効かない重症のものに対して、身体に手術より負担がかからない、幹細胞移植が注目されています。
特に、幹細胞の一種である血管内皮前駆細胞(EPC)を使用した血管再生療法は心臓および血管の虚血性疾患の病気に対する新しい治療として期待が高まっています。
3. 血管内皮前駆細胞(EPC)とは?
血管内皮前駆細胞は、幹細胞の一種で、血管を作成するのに大事な役割を果たします。この血管内皮前駆細胞は、骨髄や血液の中に存在します。
採血だけで幹細胞を取り出せ、移植をすれば、虚血に陥った細胞をよみがえらせることができるのは夢のような治療です。自分の身体の細胞を使うため、拒否反応はありません。
血液は液体部分の血漿という成分と、細胞部分である赤血球、白血球、血小板という部分で成り立っています。
細菌などから身体を守る白血球のうち一部に単核球という血球があり、白血球のうちの5~6%を占めます。この単核球という血球のうち、特定の信号を発するものは、血管内皮前駆細胞を豊富に含むことが明らかになりました。
採血した後、白血球を分離し、その特定の信号を持つ単核球を取りだせば、血管内皮前駆細胞を得ることができます。
血管がぼろぼろで栄養や酸素が届かない組織に対して、その特定の単核球の移植をすることで、新しいしっかりとした血管を再生し、栄養や酸素が届くようになります。
4. 血管内皮前駆細胞の働きとは
血管内皮前駆細胞は血管内皮細胞に分化し、新しい血管を作るのに大きな役割を果たします。骨髄からの血管内皮前駆細胞はさまざまなサイトカインという信号に誘導され、血管を通り、各組織に到達します。組織に到達した後、3つの種類の内皮細胞に分化します。
1つめは、新しい血管の伸びる方向を決める細胞、2つめは新しい血管を形成する細胞、3つめは血管自体をしっかりと安定させる細胞です。
この3つの血管内皮細胞の働きにより、新しい血管が伸び、しっかりとした構造を作って血管を再生するのです。また、血管内皮前駆細胞は、新しい血管を再生するだけではありません。
血管内皮前駆細胞は、酸素不足や栄養不足で虚血になり死んでしまった場所に新しく生きた細胞として置き換わることのできる、幹細胞であることもわかりました。
5. 心臓の病気(心筋梗塞)に対する血管内皮前駆細胞の移植
心筋梗塞は、心臓を栄養する冠動脈が細くなり、詰まることで、心臓に栄養や酸素がいかなくなり、心臓が酸素不足になります。そうすると心臓を動かす筋肉、心筋が死んでしまい、範囲が広いと身体に血液が送れなくなります。激しい胸痛を伴う、命にかかわる病気です。
血管内皮前駆細胞を心筋梗塞が起きた部位に移植することで、血管内皮細胞となり、ぼろぼろになってしまった冠動脈の血管が再生され、心臓に栄養が届くようになります。
また、血管内皮前駆細胞は、血管を作る血管内皮細胞に分化するだけでなく、心臓を作る心筋にも分化することがわかりました。一度心筋梗塞がおきると、20分以内に治療を行わないと、心筋が死んでしまいましたが、いままでの治療では一度死んでしまった心筋が再生することはありませんでした。
詰まってしまった冠動脈だけではなく、心筋梗塞によって死んでしまった心筋を、血管内皮前駆細胞は再生できることがわかりました。まだ実験段階ですが、今後の心筋梗塞の治療として注目を浴びています。
6. 足の病気(閉塞性動脈硬化症、バージャー病)に対する血管内皮前駆細胞の移植
閉塞性動脈硬化症は足の血管の動脈硬化がおき、血管が細くなり、詰まることで、足に栄養や酸素が十分にいかなくなる病気です。バージャー病は喫煙をする男性に多い、原因不明の炎症により手足の血管が細くなる病気です。
足の血管に動脈硬化や炎症が起きると、足の血管が細くなり、詰まることで、足の細胞に栄養や酸素がいかなくなり、虚血が起きます。
症状として、最初は手足のしびれや痛みが起き、病状が進行すると歩くと足の痛みを生じます。さらに重症になると、安静時にも足の痛みが生じるようになります。
足に血液が流れず、それが改善しない状態が続くと歩けなくなり、最悪の場合、足自体に潰瘍ができ、足が腐ります。腐った足は感染の原因となり、熱が出て命の危険を脅かすため、足を切断しないといけなくなるのです。
軽症であれば、薬やカテーテル治療、バイパス手術などの適応ですが、重症になれば手術の適応はなく、従来は下肢を切断するしか方法はありませんでした。
しかし、血管内皮前駆細胞の移植もしくは、血管内皮前駆細胞を含む特定の単核球の移植を行うことで、足の血流が再開し、足の切断する必要がないことが治験によりわかりました。まだ治験の終盤ではありますが、今後は足の虚血性疾患の治療に大きな役割を果たす可能性が高いと思われます。
その他にも脳梗塞の治療や、肝硬変への治療として血管内皮前駆細胞による治療は注目を浴びています。今後の課題としては、加齢や病気により、血管内皮前駆細胞の数自体が減り、機能が落ちることも考えられるため、どのようにしてその数を増やし、機能を保っていくかなどが課題として挙がっています。