ヒトの発生は、精子が卵子と受精して受精卵を作ることで始まります。
受精卵は単細胞です。つまり、細胞が1つしかありません。しかし、これが分裂して増え、ある細胞は心臓になり、ある細胞は肝臓に、ある細胞は血液になり、ヒトを形作ることになります。
これは、幹細胞の2つの機能によるものです。
- 分化能(ぶんかのう) : 皮膚や血液など、体をつくるさまざまな細胞を生みだす能力
- 自己複製能(じこふくせいのう) : まったく同じ能力を持った細胞に分裂できる能力
今回の記事では、たった1つの細胞「受精卵」が細胞分裂して胎児となる過程と、「幹細胞」の関わりについて徹底解説します。
受精から出産までを解説する際、難しいのは「いつから日数をカウントするか」ということです。
一般的には、受精の前の最終月経(受精のおおよそ2週間前)の初日から妊娠日数としてカウントします。
しかしこの記事では、受精から始まるヒトの発生に焦点を当てて解説しますので、受精した時点をゼロとしてカウントしています。
おおよその目安として「受精後10週間」は「妊娠12週目」というように、妊娠日数として考える場合はプラス2週してお考えいただければと思います。
1. 受精から胎芽期(たいがき)
ヒトの発生は、精子が卵子と受精して受精卵を作ることで始まります。受精卵は単細胞です。たった1つの細胞です。これが分裂を繰り返し、ある細胞は胎盤に、ある細胞は胎児になっていくわけです。
このように、胎盤も含めてどの細胞にもなれる細胞を「全能性幹細胞」と呼びます。
受精卵(全能性幹細胞)は細胞分裂を繰り返し、2細胞、4細胞、8細胞を経て、桑実胚(そうじつはい)になります。
桑実胚はおおよそ16細胞から32細胞の時期を指します。この後、桑実胚は細胞分裂を続けますが、この過程で細胞の塊の中に、母親の体液で満たされた空洞ができ始めます。
この空洞は細胞に囲まれて作られていて、この細胞の層の中(つまり空洞部分)には、塊になっている細胞も存在します。空洞を作っている外側の細胞の層は「栄養芽細胞(えいようがさいぼう)」、空洞の中にある内側の細胞は「内部細胞塊(ないぶさいぼうかい)」と呼ばれる細胞集団になります。
この内部細胞塊は、発生が進むと胎児となります。そして栄養芽細胞は、子宮の子宮内膜に付着して胎盤を作り始めます。胎盤の完成は受精から16週間くらいです。
内部細胞塊を構成する細胞は、人体のあらゆる細胞になる能力を持っています。つまり、肝臓細胞、心筋細胞、筋肉細胞など、どの細胞にもなることができます。この細胞を「多能性幹細胞」と呼びます。
この内部細胞塊を取り出して、人工的に培養すると胚性(はいせい)幹細胞になります。胚性幹細胞は、ES細胞とも言われており、人体を構成する臓器、組織の細胞になる可能性を持っている細胞です。
ES細胞については、詳しくはこちらの記事をご覧ください。
全能性幹細胞は、それだけで胎盤にも胎児(人体)にもなることができる細胞です。
多様性幹細胞は、胎児(人体)のあらゆる細胞になる能力を持っています。しかし、多様性幹細胞のみでは胎盤になることはできず、またヒトの形(立体構造)を作ることができないと言われています。
つまり、全能性幹細胞はそれだけでヒトが誕生しますが、多様性幹細胞だけではヒトは誕生しないと言われているのです。
栄養芽細胞の集団が子宮壁に付着して着床する頃には、細胞分裂がさらに進み、胚盤胞(はいばんほう)と呼ばれる段階になります。ここまでが受精後約1週間です。
受精から2週間~3週間ほど経過すると、内部細胞塊の細胞集団の中で、将来背中側を構成する細胞と、腹側になる細胞が決まります。
これまで内部細胞塊は、「胎児の身体を作る」という事まで決まっていましたが、このタイミングで「背中側を構成」するか、「腹側を構成」するかが決まることになります。背中側を構成する細胞群は外胚葉(がいはいよう)、腹側を構成する細胞群は内胚葉(ないはいよう)と呼びます。
この頃から、細胞が将来どの臓器を構成することになるのか、少しずつ決められていきます。
背中側、腹側が決まると、その中間を作る細胞群が中胚葉(ちゅうはいよう)として区別されます。そしてこの頃には脳や神経系のもととなる神経管(しんけいかん)が発生します。
この神経管は、受精後4週間あたりで脳の基本となる細胞群を作ります。この細胞群を神経幹細胞と呼びますが、この神経幹細胞は脳などの神経系の細胞を構成する事が決まっている幹細胞です。神経幹細胞は神経系のどの細胞にもなれる能力を持っています。
このように特定の臓器や器官であれば、どの細胞にでもなることができる細胞を「組織幹細胞」と呼びます。
神経管が発生した時期と同じころ、心臓と大まかな血管網も作られます。
細胞数が少なかった時期は容易に栄養や酸素を手に入れる事ができていましたが、細胞が多くなり、細胞塊を作るようになると、細胞塊の内側の細胞は栄養、酸素が取り込みにくくなります。
そのため、心臓と血管は比較的早めに作られます。受精から3週間経つと、心臓は血管に血液を送り込み始め、すぐに赤血球が血液中に出現します。この時期、心臓は完成していませんが、血液を送り出す機能は持っているため、自らも発生しながら血液を送り続けます。
血液を送り出しながら発生を続ける心臓と平行して、血管網は胎児の成長に伴って次々と新たに作られていき、細胞塊を構成している隅々の細胞まで栄養と酸素を運びます。
受精から3週間~6週間が経過すると、基本的な組織や器官を作るため、将来が決定された細胞がその決定に従って、それぞれの役割を持つ臓器に適した細胞に分化していきます。
この頃になると、1cmくらいの胎児の形になり、外見が人間らしくなってきます。内臓はまだ分化、発生途中ですが、この頃を境にして、人間の身体を形成する臓器などがどんどん作られていきます。
2. 胎児から出産
受精から8週間が経過するまでは、胎児と呼ばずに胎芽(たいが)と呼びます。8週間を過ぎて胎児の形ができた頃に、胎児とみなされるようになります。
心臓は8週間でほぼ完成し、手足(上肢、下肢)もこの頃までにほぼ形ができます。10週間後には神経系、脊髄以外の器官はほぼ完成します。完成した器官はほぼ機能を備えていますが、誕生直前まで発達(大型化、高機能化)を続ける器官もあります。
受精から10週間ほど経過すると、胎児のサイズは大きくなり、子宮のほとんどが胎児で占められます。そして外性器の発達によって、12週間頃には性別の判定が可能になります。
14週から18週あたりで胎動が感じられるようになります。耳もこの頃には完成し、聴覚を持つと考えられています。そして受精から22週間ほど経過すると、胎児が子宮の外でも生存できる可能性が出てきます。
そして受精から38週間ほど経過した頃(妊娠40週頃)で出産時期を迎えますが、肺は出産直前まで発達を続け、脳の細胞数は生後約1年まで増え続けます。
3. 細胞レベルで胎児の発生を見ると
受精から出産までを身体全体、胎児のレベルで解説しましたが、これを細胞のレベルで考えるとどうなるのでしょうか。
受精卵は1つの細胞です。この細胞は「胎児の身体を作ること」と「胎盤としてそのフォローをすること」だけが決まっています。1つの細胞ではヒトの身体は作れませんので、まずは細胞を増やさなければなりません。
受精卵は細胞分裂を行い、細胞数を増やします。ある程度増えたところで、「胎児の身体を作る(胎児の身体を構成する細胞)」と、「胎盤として胎児の発生をフォローする細胞」に分かれます。つまり、細胞が2つの役割で分類されることになります。
さきほども出てきましたが、ヒトの場合、この受精卵のように胎児にも胎盤にもなれる細胞を「全能性幹細胞」と呼びます。
胎児の身体を構成する予定の細胞達は、「身体を構成すること」だけ決まっていて、心臓になるのか肝臓になるのかはこの時点では決まっていません。
つまり、どんな組織、器官にもなる事ができる可能性を持っている細胞です。このような細胞は「多様性幹細胞」でしたね。
次のステップで、細胞は身体の大まかな部分、背中側を作るのか、腹側を作るのか、どちらかの役割を与えられます。そしてその後、神経管、他の臓器になる事が決められ、その決定に沿って発生していきます。
この時点で、いったん心臓を構成する細胞になると決められた細胞は、他の臓器になる事はできなくなります。これは「組織幹細胞」と呼ばれると書きました。
つまり、一度役割が決められると戻る事ができないのです。
細胞はその決定通りにそれぞれの臓器、器官を構成するための細胞に分化していきます。そして分化した細胞は、周囲の細胞や神経、血管などとネットワークを作りながら、胎児の身体を作っていきます。
このネットワークを作る事と並行して、細胞自身の機能をより高い機能を発揮できるようにしたり、自分と同じ細胞を増やして臓器や器官を大きくしたりする、発達というステップも進めていきます。
4. まとめ
受精からヒトの誕生まで、「細胞分裂の様子」と「幹細胞」に焦点を当て解説しました。細胞分裂の段階に応じ「全能性幹細胞」「多様性幹細胞」「組織幹細胞」が存在し、これによりヒトが形作られることになります。
誕生後も幹細胞は存在します。幹細胞も含め細胞には寿命があり、常に新しい細胞と入れ替わりながら身体を維持していますが、この「新しい細胞」を生み出し補充することも「幹細胞」の役割なのです。
幹細胞については、別の記事で詳しく解説します。