1. 脳梗塞とは?
脳梗塞という疾患名はよく知られており、罹患する人も非常に多い疾患です。
脳梗塞は、脳細胞に栄養・酸素を供給する動脈が閉塞する、または流路が狭くなる狭窄という現象によるものです。
この現象が起こると、一部の脳細胞に血液が届かなくなる「脳虚血」という状態になり、脳細胞、その細胞群が構成する脳組織が酸素、または栄養不足状態になり、細胞壊死、または細胞壊死にまで至らずとも細胞機能障害になります。
この状態が医学的に脳梗塞と呼ばれる疾患ですが、これらによって起こる症状をまとめて脳梗塞と呼ばれることもあります。
イメージとしては、突然に発症して意識障害をまねき、片麻痺、失語などの後遺症が残る疾患が脳梗塞とされる場合が多いようです。
突然に発症するばあいと、症状がゆっくりと進む場合、2つのケースがありますが、突然の場合は脳卒中、ゆっくりの場合は脳血管性認知症などと呼ばれることもあります。
日本における患者数は、毎年約50万人が発症するとされ、後遺症で治療中の患者も含めれば約150万人が脳梗塞と闘病しているとされています。
日本人では毎年多くの人が脳梗塞で亡くなっており、さらに後遺症がある状態で介護が必要となることが多く、寝たきりとなる原因の約30%です。そのため、患者の治療費は、日本における年間医療費の10%を占めており、医療費、福祉関連の費用からも大きな課題がある疾患です。
2. 脳梗塞の原因は?
脳梗塞の原因は、脳の血管の動脈硬化、脳の血管内に血の塊(血栓)ができ、それが血流を塞ぐことによって発症します。
血管の動脈硬化、血栓の原因は、喫煙習慣、飲酒習慣などの日々の生活、そして高血圧、糖尿病、高脂血症とも呼ばれる脂質異常症、高尿酸血症などの生活習慣病が危険因子とされています。
現在であれば、よほど注意していないとこれらのどこかには必ず引っかかってしまいます。
そして原因がよくわかっていない脳梗塞も医療現場から報告されており、脳梗塞については、「発症する原因は多岐にわたるため、生活習慣には生活の質を下げない程度に注意を払う」というくらいしか発症原因への対処のしようがありません。
そこで、脳梗塞の後遺症を少しでも改善し、患者が自立した生活を送れるようにする、という目標が掲げられています。
生活に注意したとしても、脳梗塞にかかってしまう場合はいくらでもあります。
しかし、脳梗塞の後遺症が軽減できれば、または完治させることができれば、患者だけでなく介護をしなければならない家族の負担を大きく減らすことができます。
広島大学は、脳梗塞の患者の損傷した神経の機能保護を誘導する幹細胞を点滴によって体内に入れ、後遺症を軽くするための臨床研究を始めたと発表しました。
2022年8月にすでにこの研究は開始されており、2023年末までに6人の患者にこの治療を行い、安全性と有効性を検証するとしています。
3. 脳梗塞の症状
脳梗塞は突然起きるものだけでなく、ゆっくりと進行するケースもあります。
脳梗塞によって起きた症状は、そのまま後遺症の症状になることが多く、いずれもある領域の脳機能が失われることによって起こります。
起こる領域は脳の広範囲に可能性があるため、様々な症状があります。
まず、片側の麻痺、片麻痺が上げられます。
身体の一部の脱力、思うように動かない、重く感じるなどの症状です。
これは運動機能の麻痺で、最も頻度が高いとされている症状です。
前頭葉の運動中枢の脳細胞壊死、脳幹で閉塞が起きたために錐体路が壊死することで発症します。
右側、左側どちらかの脚、腕、または顔面の脱力と筋力低下が起こります。
麻痺に似た状態で、感覚の麻痺、鈍麻も挙げられ、これは頭頂葉の感覚中枢が壊死することで発症します。
慢性期になると疼痛が現れることがあり、生活の質(QOL)へ大きく影響します。
脳幹の延髄部分が梗塞を起こすと、言語障害や嚥下障害が起こります。
言語障害の場合、言語の了解障害、発語障害、不明瞭な言語が起こりますが、発語の障害は失語症、不明瞭な言語は構音障害とも言われています。言語だけでなく、喉頭、咽頭にも麻痺、感覚障害が起こり、舌の運動にも影響が出ることが珍しくありません。
この周辺への障害は、発生機能に影響しますが、同時に嚥下機能も障害を受けます。構音障害は失語とは異なり、脳の言語処理機能は保たれていますが発生が障害となってコミュニケーションが取れなくなる症状です。
嚥下障害は、摂食不十分を誘導するために社会復帰の障害となるだけでなく、誤嚥による誤嚥性肺炎の原因となります。
片目の失明も症状の一つとして知られていますが、この失明は痛みを感じずに失明してしまうものです。
さらに安静時にもかかわらず回転した感じが継続するめまいも症状の一つです。
めまいと関連して、平衡機能の悪化、歩行時につまずくことが多くなる、よろめくというのも症状としてあげられます。さらに身体の部分ごとに見られる協調運動が不十分となることも症状の一つです。
多岐にわたる症状は、「脳梗塞は脳の広い領域で起こる可能性」を反映したもので、脳のどの部分で起こるかによって症状、後遺症が決まります。
さらに脳幹の覚醒系に障害が与えられると、意識レベルの低下が見られます。
覚醒系だけでなく、大脳皮質が広範囲で障害を受けた場合、さらに急性期に脳の腫脹による脳活動抑制でも起きます。そして最後に、いくつかの脳障害が併発、たとえば失語と失認が同時に起こるなどの高次脳機能障害が挙げられます。
4. 幹細胞を使った治療方法
広島大学脳神経外科の堀江信貴教授らの研究チームは、脳梗塞の後遺症に対する治療方法に再生医療を使おうと考え、研究を続けてきました。
その結果、今回の臨床研究にこぎ着けたのですが、どのように治療を行うのでしょうか。
実際に行われる臨床研究は、脳梗塞によって開頭手術を受けた中等症以上の患者を対象に行われます。
まず、外した頭蓋骨のかけらに付着している幹細胞を採取します。この幹細胞は、間葉系幹細胞呼ばれる細胞で、採取後に4週間から6週間培養して患者への移植細胞の準備を行います。
発症からこの幹細胞を投入までの目途は2ヶ月から3ヶ月としていますが、体内への投与は静脈への点滴で行います。
点滴にされる細胞の数は約1億個を予定しており、患者から採取した細胞を培養し、点滴に必要な個数の確保は大阪大学医学附属病院が担当します。
今回用いる間葉系幹細胞は、骨髄、脂肪に存在している幹細胞で、体内で損傷した様々な組織の細胞機能の援護、そして細胞の栄養となる成分を分泌したりする効果が報告されています。
チームは頭蓋骨に由来する間葉系幹細胞は特に、神経の機能回復に効果が高いとみており、血流に乗って脳の損傷部位に運ばれた細胞が治療効果を発揮すると期待しています。
間葉系幹細胞は、多くの再生医療、臨床研究で用いられている幹細胞で、研究チームはいくつかの幹細胞候補からこれを選びました。
再生医療に有効であるという知見が他の治療で確認されていることも間葉系幹細胞採用した理由ですが、それ以上に患者に負担をなるべくかけないことも採用した理由です。
脳梗塞の手術で採取した頭蓋骨、その頭蓋骨に付着している細胞を使うため、幹細胞採取のための新たな負担を患者にかける必要がありません。
さらに、患者本人の間葉系幹細胞を使うため、自己・非自己認識による拒絶反応の心配もありません。
全く新しい技術を開発したり、細胞を作り出す治療とは異なり、この治療方法は手術で除去した頭蓋骨に付着した細胞を使うという新しい発想から生まれた治療方法です。
つまり、現在の臨床研究がうまくいけば、この治療が実際に行われるのはそう遠くない時期です。
現在、脳梗塞で闘病している患者の場合、手術は終わっているために間葉系幹細胞の採取というステップは必要ですが、場合によっては脳の機能が回復する治療を近いうちに受けることができる可能性があります。
さらに、介護の問題などの一部を解決する可能性が高く、社会的にも重要な臨床研究と言えるでしょう。